再会(話す)

どうやら工藤くんには連れの女の子がいたようで、私との会話が終わったすぐ後に、その子のそばへ行って楽しそうにおしゃべりを始めた。兄妹と判断するにはあまりに初々しい態度の二人。どんな関係かは知らないが、他人の私から見ても互いを憎からず思っている事が見て取れた。
もう中に割って入れる雰囲気でもなかったので、泣く泣く引き下がった。好きだと自覚するには十分な時間でも、執着を覚えるにはあまりに短すぎた。また会えるかなあ、なんて確率の低そうな事を考えながら額に手をやる。ビビりな上に消極的だからいつもこうしてチャンスを逃すのだ、わかってる。きっと後悔する。わかってる。でも、圧倒的に勇気が足りなかった。

楽しそうな二人が見てられなくて、もう容疑者でもなくなったし席に戻ろうかと後ろを振り向くと、丁度こちらに歩いてくるお母さんが目に入った。

「ちょっと、大丈夫?」

「……うん、まあね」

亡くなった人の遺体を見せられた事は……まあ、言わなくてもいいことか。

「まさかあんたが容疑者にされるとは母さんも思ってもなかったわよ」

と言いながら苦笑するお母さん。私がトイレへ連れて行かれそうになったとき実は激怒していて、「なんでうちの子が事件の容疑者に!」とあの太ましい警部に詰め寄っていたのだけれど、今はその怒りも落ち着いていたようだった。しんどさで言えば事件の方だったけれど、大変さで言えば、お母さんを大丈夫だからと警部さんと一緒になってなだめすかしたあの時が一番かもしれない。

「私もビックリ。まあ、旅行に差し支え出ないみたいだからいいんだけどさ、災難だったなあ」

「そうねえ。向こうついたら美味しいものたらふく食べさせたげるから元気出しなさいよ……ってあらら」

お母さんがふと視線を逸らす。その先に何かを見つけたのか、数秒凝視してから頭の上まで手を上げて、そちらの方に声をかけた。

「ねえ、そこのあなた!もしかして、毛利蘭ちゃんじゃない?」

「え……わ、私ですか?」

お母さんが話しかけたのは、工藤くんの連れの女の子。彼女は毛利蘭さんと言うらしい。とても可愛い名前だと思った。……それにしても、なんで知ってるの?

「ああやっぱりそうだった!偶然ねえ、元気だった?」

「ええっと、失礼ですがどなたでしょうか……?」

毛利さんはお母さんを知らないらしかった。工藤くんも毛利さんも見ず知らずの人が話しかけてきているということに警戒心を抱いているようだったけれど、お母さんはお構いなしにペラペラと語りかけている。周りの人も数名何事かとこちらを見ている人がいるようなので、ちょっと恥ずかしい。

「あらごめんなさいね、私よ……苗字珠子!何度か英里ちゃんの事務所で会ってるんだけど、覚えてない?」

「職場って……ああ!お母さんの先輩弁護士さんですよね!どうも、お久しぶりです」

そこで、毛利さんは合点がいったかのように笑顔になった。

「ほんと、すっごい大きくなったわねえ」

「お母さん、知り合い?」

とうとう我慢ができなくなって、話に入り込む。弁護士の英里ちゃん……どこかで聞いたことのあるような気がする。胸につかえができた。

「そうそう、蘭ちゃんのお母さんとね、独立開業する前に同じところで働いてたのよ〜」

「英里ちゃん英里ちゃん……あっ、もしかして、妃さんのこと?」

そこで私もようやく納得した。あの美人なメガネの女の人か。昔女二人でウチで酒盛りをしていたのだ。もうずっと会っていなかったから、すっかり忘れていた。

「ってことは」

妃さんが連れていた同じ年頃の女の子はまさか……。
と、毛利さんを見る。毛利さんも私を見ている。この反応は、間違いない。

「蘭ちゃん!?」
「名前ちゃん!?」

私たちは顔を見合わせて驚き合った。幼い頃に時々遊びにくるかわいい女の子の存在が、記憶の中で膨れ上がった。そう、そうだ。頭の中の蘭ちゃんも、こんな顔をしていた。さっきまで思い出せなかったのが不思議なほど、記憶と現実の彼女が重なり合う。
懐かしさで頭がふやけそうになった。

「へえ、偶然ってあるもんなんだな」

「そうだね、ビックリしちゃった!名前ちゃん、何年ぶりだろう?」

「どうだろう、10年近くかな?」

記憶の蓋が開かれて、私たちは一気に打ち解ける。口調も打って変わって、くだけた物に早変わりした。

「懐かしい〜、一度思い出したら色々出てきちゃった。ほら新一も一回会ってるんだよ、覚えてない?」

「どうだろーな、わり、出てこねーわ」

蘭ちゃんの軽い口調に釣られたのか、工藤くんまで気安い態度に変わる。驚いたけれど、悪い気はしなかった。

「ううん……私も覚えてないや」

そうか、私、工藤くんに会ってるんだ。覚えてないなんて、惜しいことしたなあ。と自分の記憶力にがっかりする。

「あ、でも、蘭ちゃんが昔よく言ってた"しんいち"くんならちょっと覚えてるよ。意地悪だけど優しいんだって」

「んなっ」

「ちょ、ちょっと、名前ちゃん!?」

ああ、この反応は。と、胸が締め付けられる。
顔をほんのり赤くした二人に向かってにししと笑いながら、少し傷ついた心に蓋をする。

それから私たちは連絡先を交換して、ロサンゼルスの空港出口までの行動を共にした。そして日本に戻ったらまた会うことを約束して、別れたのだった。


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