瀕死 | ナノ


▽ 04


顎の腫れが大分引いてきた。
単純骨折が幸いして、流動食に切り替えることとなった。
もう長いこと胃が空っぽであったので、それを聞いて少しだけ嬉しくなった。点滴だけの栄養摂取は流石に堪える。
……なんて、思っていたら、違った。
口から食べるのではなく、なんと鼻から胃にチューブを通して、そこから流動食を流し込むのだとか。しかも、今後しばらくこのまま過ごさなければならないらしい。なんという直通運行。

「はーい、それじゃあ、鼻に入れますよ」

栗色でショートカットの看護師さんが言った。普段は女性にしてはやや低めの声であるのに、今日は気持ち声が高めな気がする。何故だ、なんて決まってる。きっとこの人はドSなのだ。私の鼻に流動食を流し込むことが楽しいに違いない。なんて人だなんて人だなんて人だ。

「ゆっくり入れますからね〜」

……と、いうのは余裕のない私の被害妄想であるのはわかっている。看護師さんは、細くて長いチューブのようなものを、私の鼻にスルスルと入れ始めた。

「ひいん」
「ちょっと痛いかもしれませんが、ごめんなさいねえ」

しばらく我慢していれば、ようやく胃に入り込んだらしい。そこから流動食を流し込まれたそうだが、香りも味も、全くわからなかった。
これなら点滴でもかわらないな、と私は少しふてくされた。

一体いつになったら私は物を食べられるのだ。食べることが好きな私にはかなりの苦行なのであった。

そこで、舌がないということについて、ふと考える。

きっと、会話にかなり苦労することになるのだろう。滑舌は舌が命だ。
……ということは、大好きな歌もまともに歌えない。そしたら、今組んでるバンドのボーカルなんか、すぐに降ろされてしまうだろう。それに、味蕾が持って行かれてしまったということは、大好きな食べ物をしっかり味わうことができないということだ。
どれもこれも一時的なものなどではない。永久に、手に入れられないものになってしまった。

「……」
「ねえ、」

流動食を流し込んでいる間、手持ち無沙汰になったのか、看護師さんが話しかけてきた。

「その……やっぱり、落ち込みます?……ええと、舌がないって」

そりゃあ、まあ。落ち込むに決まってる。
言いたいことはなんだと、わりときつい目つきで看護師さんを睨んでしまった。

「いや、その……舌が半分ないっていったって、笑えないわけでも、話せないわけでも、歌えないわけでも、食べられないわけでも、ないじゃないですか。今は何もできなくて、ひたすら落ち込む時期かもしれませんけど、その……落ち込みすぎるのも毒だと思いますよ」

……それは果たして、わたしを励ましているのだろうか。

「ごめんなさいね。余計なお世話、だったかな」

ええそりゃあもう。
他人のあなたにはこの喪失感はわからないと思います。
と、トゲついた私の心は叫んだ。
腹が立ったので、その後私は寝たふりをしてやり過ごすことにした。大人気ないかもしれないが、私にはほとんど余裕がないし、返事をする術もないのだ。勘弁しておくれ。

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