瀕死 | ナノ


▽ 10


「おお、ハルちゃん、大分動けるようになったね。すごいじゃあないか」

何にも捕まらずにまっすぐ部屋を一周してみせた私を、リム先生は手放しで褒めた。ついこの前まで力を入れれば震えてしまった足は、しっかりと地面を踏みつけている。そう、しっかりと。
それに対して反射的に胸がざわりと波打ったので、私はその衝動に逆らわず、流れるように思考の海に飛び込んだ。

「……」

自分の回復の程度に、私は相変わらず、何か途方もなく不気味なものを感じていた。
なんせ一ヶ月も寝たきりで、トイレにすら満足に行くことができなかったのだ。
それが、だ。一週間で日常生活に支障がないほど回復してしまったのだ。

確かに私は栄養のあるものをしっかり食べて、全身を余すことなくマッサージし、身体を動かせるようになるための筋肉トレーニングに励んだ。

だが、筋肉がこんなにあっさりと回復するわけが、していいわけが、ない。
丸一日動かずにいたら、衰えた筋肉を取り戻すのに一週間ほどかかるとどこかで聞いたことがある。
私は一日どころか、その何十倍もの時間、ベッドに縫い付けられていた。正直異様だ。自分のことが、わからない。

『……リム先生、その、私、回復するの、ちょっと早すぎやしませんか?』

わたしが話し出すのを辛抱強く待っていたリム先生に、教わって日の浅い手話で話しかける。
名詞や動詞に対応する手話というものもあるのだが、そういう類のものは私にとってまだまだ高度なサインなので、一文字ずつ表す指文字という種類の手話での会話だ。
慣れれば普通の速度の会話にもついていくことができるそうなのだが、そこまで簡単に取得できるものでもないので、今の私の手の動きは非常にたどたどしい。

「早すぎる?いいや、至って普通……いや、普通よりも少し早い程度の回復速度だよ。筋肉は鍛えた分だけ自分に還元されるものだからね、今ハルちゃんが動けているのは自分自身の努力の結果なんだよ。よく頑張っているね」

リム先生はそう言って私の頭を撫でた。
しかし、私はリム先生の筋トレ理論に首をかしげる。

『……筋トレって、長い時間をかけて行うものじゃあないんですか?普通、リハビリってもっと長い時間をかけて行うものだと思うのですが』
「いいや。筋肉とは、負荷をかければかけるほど鍛えることができるものだよ。だから筋肉を取り戻すことさえできれば、リハビリはそんなに時間のかかるものじゃあないね」
『あ…の、あの!私が知ってる筋トレとは、随分と違った見解なんですけれど……』

それでも私は突っかからずにはいられなかった。この自分の身体に対するどうしようもない違和感を解明するヒントが、そこにあるような気がしたのだ。

「なんと?しかし、出版されている数々の武道書やトレーニングの理論の根底にある、ごくごく一般的な考えなのだけれどもねえ。ハルちゃんは、あまりトレーニングとかに興味がないのかな?」
『いえ、ジムに通ってましたし、筋肉トレーニングは好きです。いい筋肉を付けるために、ちゃんとした勉強をしたこともあります。だから、リム先生の言うことと私の知ってることにある、かなり大きな差が気になっちゃって……」

なにおう、知らないのはリム先生じゃあないか。と、リム先生の物言いにちょっとムッとしながらも、答える。

「……フウム、もしかしたら……ブツブツ……違いが……ブツブツ……」

「……イムへんへい?」

私が初めてリム先生と話をした時のように、リム先生は何かを考え込み始めてしまった。私が声をかけたことでハッとした様子を見せたリム先生に、私は自分の知る限りの筋肉トレーニングについて、話して聞かせることになった。

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