07

 ――まりちゃん、ご飯美味しそうに食べてくれてありがとう、とっても嬉しかったわ。また遊びに来てね。
 ――目暮 みどり

 ――まり君、いつでも歓迎するよ
 ――目暮 十三

 朝目を覚まして前日貰った紙に目を通してみると、そんなことが書いてあった。
 嬉しい。とまりは素直に思った。だが、しかし。

「(め、目暮!?まさか、それって……目暮警部じゃ!!)……え、ええええ」

 まりはその名に聞き覚えがあった。漫画でコナン等と頻繁に絡んでいた警察官のうちの一人だ。
 なんとも奇妙な巡り合わせであった。とまりは後に思う。

 その後、それについて存分に驚いたあと、ビジネスホテルの適度に硬いベッドの上で、胡坐をかいてまりは悩み始めた。
 どうしたら帰れるのか。また、それが達成されるまで、ここでどうやって生きていくべきか。

(挙げられる選択肢は二つ。男の人を引っ掛けて寄生するか、働くか。

……でも、選択肢は実質一つかな。前者はあまりいい手とは言えないと思う。
ある程度の生活が安定していれば融通の聞く男の人も引っ掛けられるかもしれないけど、今のあたしじゃ行きずりの女が関の山だろうし、なにより気が乗らない。人の親切を過度に利用するようなことは、できればしたくない。
それに、養われるばかりの女なんて、絶対に嫌。……となると。やっぱり働くしかないか。)

「……だけど、まず間違いなく、一般的な職には就けないんだよねえ。身分証も家もない女なんか、あたしが雇用側なら不審すぎてまず一番に落とすし」
 
 では、どうやって働くか。うーんと唸るまりのグラスを持つ手に、思わず力が入る。
 引き算をしていってまりに残った道といえば……残りはこれだけ。

「……水商売……かなあ……」

 仮に水商売を職業とするなら、振り落とされないだけの容姿がまりにはあった。自信過剰などではなく、まりはまさしく美人なのであった。それを、まりは正しく理解していた。
 それにマメな性格であるし、まず埋もれてしまって稼げないなんてことにはならないだろう。

 けれども、まりは踏ん切りをつけられなかった。

 水商売はいわば人の欲で儲けることに特化した仕事だ。そんな中に飛び込んだとして、果たしてまりは今のアイデンティティを喪失することなく生きていくことができるのだろうか。いや、出来まい。色んな感覚が狂ってしまうに違いない。

 そんな風に考えたからだ。
 また、まりが元居た日本に帰ることが出来た時に、果たして両親に顔向け出来るのか?ということも一因にあった。手塩にかけて育てた娘がキャバ嬢だか風俗嬢だかになっていたことを知れば、きっと気絶ところでは済まない話だ。

 手に持っていたグラスの水を、ちびりと飲む。

 しかし、実際問題まっとうに生きられそうにない今、まりに一番必要なのはお金だった。それも、多額の。

「身分証ないからかなり身動き制限されるし、保険証も作れないから怪我とか病気も出来ないんだよなあ……リスクうんぬん、言ってらんないし……」

 ふと、先日までバカみたいに楽しみながら大学生をしていたことを思い出す。
 うるさくて治安もあまり良くなかった街だが、それでも家は住みやすく、そこは北塚家の城だった。

「……ハア」

 いや、今は感傷に浸るべきじゃない。先のことを考えなくては。

 ぐびりと水を煽って、まりは気の抜けた声を出しながら立ち上がった。

「あー。ハア……お父さんお母さん、ほんとうにごめんなさい」

 今のまりにとってはできる限り良い、しかしまりの両親にとってみたら最悪の決断を下すことにした。



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