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「(ちょっとコナン君、何があったのか知りませんが、あまりまりさんのこといじめないでくださいよ)」

「(いじめてねーって)」

 まりがどう算段つけたら何事もなく自宅へ戻れるのかということを考えて現実逃避しているさなか、光彦とコナンは小さな声で言い合っていた。

「(彼女、顔面蒼白じゃないですか!)」

「(悪かったって)」

 光彦の言い分に頷いて、少々自分を省みるコナン。だが、自身が掴んでいる事実を教えてしまえば、十中八九彼が抱き始めた淡い恋心に大きな傷をつけてしまうことだろう。光彦は25にもなる十分な大人であったが、幼い頃からの保護者心が抜けないからか、コナンはそのように考えていた。できるだけ友人を苦しめるようなことは言いたくなかったし、彼を傷つけるかもしれない可能性のあるまりを放っておくことも憚られた。

 そんなことを思いながら、コナンの頭脳は自然と、光彦の知りたがっている記憶を掘り返し始めた。


ーーーーー


「……まり?それって、彼女の苗字だったりするか?」

「いえ、お名前ですけど……」

「……ごっそーさん」

「っえ!? ちょ、ちょっとコナン君!?」

 千円札をカウンターに叩きつけるように置いて勢いよく扉から飛び出せば、喫茶店のベルが荒々しい音を立てた。左右を素早く見比べると、コナンの視界の端でちょうど角を曲がろうとするまりが目に入った。

「……駅の方角か」

 そのまま早足になって後をつけると、まりは電車をひとつふたつ乗り継いで、慣れた足取りでラブホ街に入り込み、とあるホテルの中に一人で入っていった。それを見るよりも早く、コナンはまりが何をするつもりでここに来たのか、見当をつけていた。そして、ホテルへ入って行ったところを見たことで、確信を抱いた。

(……なるほどな。っつーことは、黒羽は顧客ってことか)

 快斗のところに事情を聞きに行った際、彼は、レイカは俺がかわいがってる子だとしか答えようとしなかった。
 埒が明かないので、その時は快斗に対して暫く彼女には近づかないように言い含めるだけにとどめていた。快斗も思うところがあったのだろう。それを守ろうとし、少し距離を置いたのである。他人の事情に口を挟むのはどうなのかという葛藤がなかったわけではないが、コナンは自分の判断はけして誤りではなかったと思った。

(黒羽お前、青子ちゃんとの話し合い終わってねーだろうがよ……下手すりゃ彼女に知られて民事、それにもしかすると売春防止法違反か、仮にあの子が18歳以下なら児童ポルノ規制法違反で引っ張られるぞ、アホ)

 そのまま立ち去ることも出来ず、結局コナンは再び彼女が現れるまで隠れて見張っていた。そして、ラブホテルから出てきたまりを追う。再び三軒先のホテルに入っていく彼女を写真に収めながら、コナンはため息をついた。





 結局その日は日をまたいで、ようやくまりの自宅を突き止めることができた。彼女が入っていったのは明らかに高級マンションの類いで、それが快斗からの貢ぎ物だということは一目瞭然だった。

 ちなみに、まりと初めて会ったときにタクシーを呼び紳士的な態度で帰宅を促したコナンだったが、実はそれはさりげなく自宅を特定しようとしたからであった。判れば御の字といった程度のことだったので、警戒に警戒を重ねたまりが自宅までタクシーを走らせなかったがために失敗していたことだったが、今度はそうもいかなかった。

(摘発対象にはなりうる……けど、ここで捕まえちまうのもな)

 高層マンションを見上げ、コナンは考えた。どうするのが一番よいのか。
 光彦と話している時にまりと遭遇したことはまったく予想外の出来事だったが、彼女の人柄に少し触れたことで、気づいたことがあった。

(……なんつーか、楽したいって理由でやってるわけでも、誰かに貢ぐためにやってるってわけでもなさそうなんだよな)

 喫茶店で垣間見た暗い表情と、光彦の言っていたこと、それから、オーナーという男と話していた時のまりの様子からあわせて考えると、どうも仕方なく働いているというようにしか見えなかった。

(……なにか、事情がありそうだな)

 断片的な情報を頭の中で繋ぎ合わせてその結論に至ると、コナンはしばらく様子を見ることにしたのだった。


ーーーーー


これが、数日前の話。今日コナンがまりと遭遇したことは、けして偶然ではなかった。


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