02

「な、な……」

 まりは驚きながらも、彼の口元をよく見てみる。しかしごくごく自然で、少しの乖離も見あたらない。おまけにその姿と雰囲気があまりにも人間味にあふれていて、まりにはとても作り物には見えなかった。毛穴も見えてしまいそうなほどカメラが寄ったときにも、それは変わらなかった。むしろ、この人は人間であるという信憑性が増しただけであった。

(まさか!ありえない!!) 

 それからしばらくまりはその液晶パネルに釘付けになりながら、唖然としていた。
 顔だけならまだしも、声までもがそっくりとなると、混乱せざるを得なかった。
 ついさきほど買った商品の入った紙袋を落とし、近くの人が踏みつけそうになった人の方が慌てていたとしても、気になりはしなかった。
 普段ならそれに悲鳴のひとつでも上げていただろうが、まったく、それどころではなかった。


 まりの状況など関係なしに、話は続く。
 女性アナウンサーが、江戸川という青年の受け答えに深くうなづいて、こう切り出した。

「なるほど〜。では、もしもの話ですが、宇宙人がいるという証拠が出たら、江戸川さんはどのように捜査や推理をするのですか?」

(はあ?)

 アナウンサーのズレた質問に、一瞬まりの意識が奪われる。

「……は?……あ、いや失礼。まず、捜査の上で不可能なことがらを消去していき、どんなにあり得そうにないことでも残ったものこそが真実だと仮定するところから推理は出発します。ですから僕としては…………」

 そして、うんぬんかんぬんとややこしい話が続く。

(……きっと質問がアホ過ぎて、難しい話でお茶を濁そうとしてるんだなあ。何言ってるか全然わかんないや)

 透けた意図に、思わず少し和む。

(に、しても……"どんなにあり得そうにないことでも残ったものこそが真実だと仮定する"……か)

 その後もインタビューは続いていたし、ウインクをする彼の姿も見えていたが、どんなキザな言葉とともにその放たれたのかまではわからなかった。なぜなら、彼の言葉によってさまざまな考えがまりの頭を縦横無尽に駆け巡り始めたからだ。

 (あたしに大した推理力なんてないけれど……でも、今あたしが大変な状況に陥っているというってことは、わかった。だって、新宿なのに携帯がうんともすんとも言わなくなったし、街並みとかニュースとか、色々おかしなことばっかりだし……ああもう、ほんと、どうしたらいいわけ!?)



 その後、まりは駅前に行くことにした。このおかしな新宿から抜け出そうと思い至ったのだ。
 きっとここから出れば、なにもかも元通り。そうまりは考えた。

 しかし、まりの前に大きな壁が立ちはだかることとなる。

「な……なにこれ!!空宿!?新宿じゃなくて、からじゅく!?」

 駅名が、別のものになっていたのだ。駅名だけではない。ここは新宿ではない都市だ、とその建物全てが訴えていた。

(なんで駅の名前が違うの!?なんか、駅の雰囲気も違うし!!何ここ!!



……ハッ!そ、そうだ。路線図見よう、路線図!!)

 まりの家は高田馬場にある。山手線に乗って帰るならば、新宿、大久保、とくれば次はもう高田馬場だ。それだけならば非常に簡単に帰れそうにも見える。しかし、そうは問屋が卸さない、とばかりに迷路のような道をあてがってくるのが新宿だ。まりも新宿ユーザーとはいえ頻繁に迷子になる。
 だが、入り口から券売機くらいまでの道のりならば、ものともせずにまりにも行けるはずだった。そう、はずだったのである。

(あれ……どこ?どこにあるの?)

 まりは見覚えのない道ばかりの迷路で、迷子になってしまった。券売機にすら、辿り着く事ができない。

(空宿といい駅のつくりといい……あたし、こんなところ知らないよ……)

 まりはもう、泣きそうだった。
 心細くて、たまらなかった。

「もう、わかんない!」

 だからだろう。まりは元来た道を必死で辿って、視界に入った喫茶店に飛び込み、自分の世界に閉じこもってしまった。



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