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「こ、こんにちは」

「あっ、まりさん。いらっしゃいませ」

 後日、改めて光彦のいる喫茶店に来たまり。扉の影から少し顔を出して、扉のそばのレジで何か仕事をしていた彼におそるおそる声をかけた。光彦は彼女の姿にすぐに気がつくと、途端に破顔して出迎えた。

「それで……あの、この前は急に帰ったりしてごめんなさい」

 再びカウンター席に通されてから、まりはまず謝った。メールで謝った時にも気にしていたそぶりはなかったけれど、元々の約束をほとんど反故にしてしまった自分が恥ずかしくて、謝らずにはいられなかった。しかも理由が理由だ。とても、後ろめたかった。

「いえ、仕方がないです。また来て下さってありがとうございます」

「そんな、ありがとうなんて。光彦さんのコーヒーが飲みたかったんです」

「それは……腕によりをかけないといけませんね」

 手をぐっと拳にして意気込む光彦に、まりは思わずくすりと笑った。

「はい、よろしくお願いします」

「任せて下さい」

 親指の甲を唇に当てながら笑うまりの仕草に、光彦はほんのりと頬を染めた。一方で頭の他の部分では、別の意味で彼女のことを考えていた。

(なにか事件にでも巻き込まれているのでしょうか)

 光彦は思う。コナンのあの態度、あれが十中八九彼女と関連しているということにはとっくに気がついていた。だがその後いくらコナンに聞いてみても、守秘義務だなんだと理由をつけて、教えてくれることはなかった。

 探偵として秘密にしなければならないことがあるというのは二十年近い付き合いの中でいやと言うほど理解しているが、だからといって思考を止めることは出来なかった。推測せずにはいられない。

 ーー……まり?それって、彼女の苗字だったりするか?

 ーーいえ、お名前ですけど……

 ーー……ごっそーさん

 ーーっえ!? ちょ、ちょっとコナン君!?

 あれがきっと、コナンをあのように突き動かした決定的な理由だ。彼女の存在ではなく、その名前に意義があった筈。

 彼女はコナンにお世話になった、とも言っていた。顔見知りではあるようだったが、それほど親しさや気安さがあるようには見えなかった。コナンの隣に案内したのは、ただ彼がもうすぐ喫茶店を出ていくことを知っていたのと、彼女に自分がコーヒーを淹れている姿を見せたかったからだ。

(コナン君が何かまりさんの依頼を解決したのでしょうか? ……でもそれだけならあんな風に慌てて後を追わなくてもいいはずです。名前……がキーワードなのでしょうか。以前から顔見知りで……名前を聞いてあわてて出て行ったのですから……偽名でも使われていたのでしょうか? もしかするとそれを怪しんで、コナン君は尾行を……?しかし、"お世話"と”偽名”に一体なんの繋がりが……?
 ああもう、だめですね、わかりません)

 なんてことを考えながら、光彦はめいいっぱい丁寧に、そして素早くコーヒーを仕上げていく。頭の中は疑問でいっぱいだったが、それを彼女に悟られまいと努めて平静を保った。


 一方で、まりも考え事をしていた。


(……やっぱこの人、あの「少年探偵団」の光彦さんだよなあ……。江戸川さんと一緒にいたし、仲良さそうだったし、名前が光彦だし)

 まりが知っている名探偵コナンの世界の人間に対して有する知識は、彼女のいる時代よりも十八年も前の出来事だけだ。それが本当に実際に起こったことなのかも、本当のことがえがかれているのかも分からない。ひとつひとつ真偽を確かめることも出来ない。

 以前会ったときに光彦がコナンと会話をしているのを見て、自分が知る彼だということについてはなんとなく気付いていた。だが、たとえこの光彦がまりの知る光彦だとしても、あまりに記憶とかけ離れてしまっていて、しっかりと線と線で結びつけることが出来ないでいた。彼女は今までに工藤新一、円谷光彦、目暮夫妻、黒羽快斗と出会って来たが、一番頭に残った姿から乖離しているのが彼だからだ。
 それを、再び会ったことで、コーヒーを黙々と淹れる顔の造形と立ち居振る舞いをよく見ることで、ようやく確かめたのだ。

 幼い頃特有の、ありのままの外見ではもうない。若者らしく、眉を整え、整髪剤で髪を遊ばせている。声だってあの可愛らしさの面影がないほど低くなっている。だが、薄くなってはいるがそばかすもあるし、柔らかな物腰も彼女の知っている少年の時のものだ。彼は円谷光彦、25歳の青年に間違いなかった。

 そして、自分の知っている漫画のキャラクターとよくもまあこんなに遭遇するものだと、つい感心してしまう。彼を知っているからと言って何が変わる訳でもないが、この世界での初めての友人になってくれるかもしれない男なのだ。ただ少し、感慨深かった。


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