17

「あーはいはいはい、なるほど、そういうわけね」

 まりはパソコンの前でようやく得心いったという表情でしきりに頷いていた。

 液晶には黒羽快斗の華々しい経歴を綴った文章と、舞台の中心でスポットライトを浴びている、まりのよく知った男の写真が載っていた。

(新一さんは黒羽快斗さんで、昨日の江戸川コナンさんが本物だったと、そーいう訳なのね)

 眠っている間に頭の中で整理がついたのか、寝起き一番で結局新一が誰であったのか、ということにピンときた。……ものの、その人物の名前を思い出すことが出来なかったので、まりは思い出せる限りのキーワードで探すつもりだった。
 しかし"マジシャン"で検索をかけると、"もしかして:黒羽快斗 マジシャン"と出てきたため、あっさりまりの求めていた答えに辿り着いたのであった。

「ああスッキリ。やーっぱりあそこで江戸川さんに踏み込んだこと聞かないでよかったあ」

 むっねのつかえがとーれた取れた、と自作の歌まで口ずさみながら、軽い足取りでキッチンへ向かうまり。すでに頭の中は甘い紅茶とパンをひたひたに浸けたコーンスープのことでいっぱいになっていた。

 あまりに素早い思考の転換だが、まりは決して他人に興味がないわけではない。しかしいくら快斗がまりを可愛がっていたとしても、根底には客とデリヘル嬢という関係性が成り立っていた。だからお互い素性も明かさないし、素も見せない。マンション内での疑似恋愛を楽しむだけの間柄なのだ。ゆえに、隠されていたことに気がついたとしても心を乱されるほどの怒りや寂しさは覚えない。

 まあ、まりだって人間なので、この事実に対して心が動かないほど快斗への情を持っていないわけではない。接客のプロではあるが、だからといって完全に彼を金蔓だと割り切ることができるほど冷たい女でもないからだ。だが、まりは身の程を知っていた。これは知っていてもなんの得にもならない情報だと、よく理解していた。

 更に言うならまりはコナンの関わっていた危ない組織のことや薬のことを反則的に知っているので、わざわざそれに絡んだ話題に首を突っ込もうなどという考えが浮かぶことなど、到底あり得ないのである。

「……あ、そういえば」

 トースターに薄切りのパンを入れ、お湯を沸かしたところでまりはふと気がつく。怪盗キッドは現在どうしているのか、ということに。

(黒羽さんの名前わかった途端にこっちのことも思い出しちゃった)

 首を突っ込むつもりは毛頭ないが、コナンの足跡を辿った際同様、非常に気になるところである。

(黒羽さんの怪盗やってた理由って確か、江戸川さんと同じく黒の組織絡みなんだったっけ?ううん……じゃあ、もう活動してないのかなあ)

 まりはここで自分のパソコンを使うという愚行は犯さない。快斗のテリトリーであるこの部屋で、コナンと接触した翌日にそのようなことを調べたことが万が一露見したら、目も当てられないからだ。
 まりは自分が必要以上にリスクを犯すことへの恐怖に怯えていることに気がついている。しかしそれで危険が減るならば、と以前より臆病になった自分の性格を受け入れていた。

(よし、この前みたいに図書館行こ)

 午後から出勤の予定になっていたことを確認しながら、午前にやるべきことを頭の中で組み立てていく。
 昨日はコナンのことと慎重になって持ち帰った金のことで頭がいっぱいになってしまって、洗い物と洗濯物ができなかったのだ。

「サクッと終わらせて、早く調べちゃお」

 相変わらず家事は苦手だが、以前よりは技術も効率も上がった。そろそろ食洗機買おうかなあなどと考えつつ、まりはコーンスープのよく染みたパンを口に放り込んだ。


-18-
*prev next#

back to top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -