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(えっ……えっ?待って、どういうこと!?)

 まりは盛大に混乱していた。

「あの……もう一度お名前を伺っても?」

「はい、私は江戸川コナンと申します。」

 そう。目の前の男が、こう名乗ったからである。

 男は口が非常に達者だった。歩道で帰宅を阻まれてから、あれよあれよといううちに、二人で喫茶店へ入ることになっていた。
 引きとめられた時には(ナンパ?それとも何かマズイこと言っちゃった?)などと思っていたものだが、後者であることはすぐにわかった。

(「もう何年も行方が知れない従兄弟の名を私の顔を見て口にしたので」って言われた時から嫌な予感がしてたけど……してたけどさあ)

 耳に心臓が移動し、血の気が引いたような気分になりながら、男の名を口にする。

「江戸川……コナン、さん」

「ええ、探偵をやっています。ご存知でしょうか?」

「……え、っと、そうですね、有名ですから」

(ちょ、ちょちょ、待って、この人もコナン!?)

 頭に浮かぶ"コナン"……だとまりが思っている"新一"……と名乗る、快斗の顔を思い浮かべる。(ややこしいったらないが)

 そして、コナンと名乗った男の顔をちらりと見る。

 似ている……が、別人である。
 まりは浮かべる疑問符を増やした。無理もない、男の言うことが正しいならば、彼女の頭の中では、江戸川コナンが二人も存在することになってしまうからだ。

 しかし、まりにとっての江戸川コナンとは、(再びややこしいことを言うが、)"新一"と彼女に呼ばせている"黒羽快斗"のことなのである。そしてその"新一"が"コナン"なのであるとまりは独自に解釈して、そしてそれを信じ切っていたのである。つまり快斗=コナン、そう思っているのだ。

 故に目の前の男の言うことを、すぐには飲み込むことが出来ずにいた。

「失礼いたします」

 コトリ。
 そんな折、注文した飲み物が配膳される。ウエイターは、向かい合うそれぞれに丁寧な給仕をする。まりはとっさに目礼で対応したが、男はにこやかにお礼を言っていた。

「お嬢さん、お名前をお伺いしても?」

 見覚えのある顔、聞き覚えのある声にそう言われ、咄嗟にレイカと答えるまり。

(しまった、源氏名じゃん)

 悪気があった訳ではないが、訂正する気にもならず、まりはもうそのままで通すことにした。

「ではレイカさん、少々お伺いしたいことがあるのですが…よろしいですか?」

「構いませんけど……」

「では、遠慮なく。


 先ほどぶつかった際に、私の顔を見たあなたは「新一」と呟きましたよね?そして、訂正までに3秒ほどかかっていた。このことから、レイカさんの知る新一とは、私に良く似た顔立ちをしていることが伺えます。
 また、私の顔を見た途端、反射的ににその名前を口にしたことからも、あなたとその新一さんは最近顔を交わした、顔見知りである可能性が非常に高い。……そうですね?」

(質問じゃなくて断定ですか)

「ええと……そうですね。彼と江戸川さんは、よく似ていると思いますし、最近会いました」

 この男が話術に長けていることは、わずかに交わした会話からもよくわかった。短時間でそう思わせるというところに内心驚嘆しながらも、下手な嘘はつかない方が身のためだろうということを感じ取った。

 まりは江戸川コナンが二人いるというありえない事態に対する把握を済ませるためにも、出来る限り協力することにした。

「新一さんの姓はわかりますか?」

「いえ、わかりません。名前だけですね」

「では、その他何かご存知の点は?交友関係や仕事、性格、口癖……なんでも構いません。お願いします、行方知れずの親戚かもしれないんです」

(……親戚?)

 コナンの言葉に引っかかりを覚えながらも、齢20にも満たない小娘がキャリア20年オーバーの探偵に口答え出来るわけもなく、"新一さん"について思い出したことを口にする。

「あまり自分のことを話さない人なので、交友関係はわかりません。ああでも、友達の幅はかなり広いと思います。砕けた英語で電話をしていたり、友達が送ってきた写真を見せてくれたことがあるので。
 何の仕事をしているのかはわかりませんが、多分、とてもお金持ちです。性格は、そうですね。人懐こくて、素面でこっちが恥ずかしくなるようなことも口にするようなすごくキザな人、かなあ。口癖は…ちょっとわからないです、すみません。
 あとは……ああ、そういえばマジックが得意みたいです。一瞬で部屋に風船が大量に出現した時はもうどうしようかと……

 ……あ、あの。江戸川さん、どうかしましたか?」

 コナンは、まりの話が終わる前に頭を抱えてしまっていた。

 まりが怯むほどの真剣な眼差しから一転、揉みほぐしたくなるような皺を眉間にたたえ、絞り出すように「あんニャロ……」と呟くコナン。

「え?」

「ああ、いや、なんでもありません。ですが、誰だかわかりました」

 そう言ったものの、コナンがまりに詳細を語ることはなかった。気になるところではあったものの、追及するのはやめておくことにした。

「色々質問責めにしてしまって申し訳ありませんでした。不確定のことが多いため後日連絡させていただきたいのですが、連絡先を教えていただけますか?」

(この人が本物の江戸川コナンなら店長の契約した携帯アドレス教えるのはまずいかもなあ)

「ええと、携帯はちょうど修理に出しているので、パソコンのアドレスでいいですか?」

「もちろんです」

 そう言って喫茶店を出ようとすると、いつの間にか支払いが済まされていた。

「ご馳走様です」

「いえ、私が引き止めてしまったので当然のことですよ。タクシーを呼んだので、それで用事のあるところまで行ってください。料金については迷惑料ということで、こちらが負担します」

 喫茶店の前には、黄色のタクシーが停車していた。

(い、いつの間に……)

 全く気付かせないそのスマートさに、まりは感心しきりだ。

「えっと……私、お役に立てましたか?」

「ええ、バッチリ」

 コナンは自分を見上げるまりに、ウインクで返した。

(あ)

「なら、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」

(わたしが初めてここに来た時の、液晶越しに見たウインクだ)

 お互い何処かピリピリしていた空気が、和らぐのを感じた。
二人で同時に笑みを零し合ってから別れを告げ、まりはタクシーに乗り込んで自宅へと戻った。


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