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 結局その日の残り時間全てを、まりは快斗に買われた。快斗は延長に延長を重ね、まりの持つオプション全てを買い取り、果ては多額のチップまでまりに与えた。つまりまりは、快斗に非常に気に入られたのであった。

 また、快斗は娼婦の扱い方をよく心得ていた。故に、何故まりほどのような女があのような店で働くことになったのか決して質問することがなかった。それはまりにとって非常にありがたいことだった。

 空気の読める者や礼節のきちんとした者は大抵どこでも重宝されるが、風俗業界に勤める者にとって、そういった客はそれだけで好意を持つに値した。
 それは何故かと言えば、無駄な詮索をしてくる男や説教を垂れる男が余りに多いからだ。まりもそのような客にはうんざりするほど遭遇してきた。まだ風俗業界の新参者でさえこれだ。
 快斗のように女の扱い方がスマートな男は、まず風俗なんか使わずに済む。ゆえに、面倒くさい男の数の密度が高い。率直に言えば、女に慣れてない男が多すぎるのだ。

(ああ……)

 まりの隣には快斗がおり、互いに余韻を楽しみながら横になっていた。
 快斗のほどよく厚みのある胸板が目の前にあって、まりを無理ない体制で包んでいる。たったそれだけなのに、まりにはむせ返るような色気が彼の体から感じられた。

 まりがこのようにまどろみながら商売相手と共に床に就くのは滅多にないことだ。
今こうしているのは、互いの心がどろどろに溶け合ってしまったかと錯覚するほど快斗が全力でまりを愛おしみ、まりの快楽優先で快斗が動いていたためまりの体力が尽きてしまったからだった。

 ちなみに、なぜ普段そのようなことが起こらないかといえば、客がまりを眠らせまいと必死だからだ。元を取ろうと必死でまりを追いたてたり、まりに好意を抱いてもらおうとひたすらピロートークに勤しむ輩ばかりなのだ。また、先ほど述べたように、説教してきたり詮索してきたりする輩も非常に多い。
 しかし、まりもそれに応えようとして、いくらベッドの上で時を過ごそうとも、まりが仕事中に眠ることはほとんどなかった。
 他の嬢はうざったいと眠ったり、適当にやり過ごしたりするようだが、まりはそういったことはしなかった。
 そんな面倒な客ほどまりにぞっこんの客が多く、まりの収入のうち結構な割合を占めているため、いくらうんざりしようとも愛想を振りまき続けるのが常だったからだ。

 また、ホテルの環境やまりの心象的にも客の前で睡眠を取ること自体に抵抗があったということも否めない。−−それはつまり、(薄汚いとは言わないが、)あまり居心地のよくないベッドの上でまりにお金を落とすためだけにいる好きでもない男に、一番無防備な姿を見せたくなかった、ということだ。


 それがどうだ。

 まりは快斗の前ではひどく無防備であった。

 あまりの快楽に、警戒心も薄れてしまったのだろうか。
 もしくはひたすら愛される、という自然な行為があまりに久しく、ほだされてしまったのだろうか。
 または、まりは相手の男が工藤新一ではなく江戸川コナンだとにらんでいたからだろうか。幼い頃から彼の存在を一方的に知っていたがゆえ、知らず知らずのうちに"彼"を知った気になってしまっているのだろうか。

 −−おそらく、そのうちの全てが当てはまっているのだろう。

 時折つつ、と快斗の細く長い指がまりの体のラインをなぞる。
 背中を数本の指が何度か往復したとき、まりはとうとうくすぐったくなって声を出した。

「ん、新一さん……くすぐった、」

「ふ、……。レイカの喉、枯れちまったな。のど飴と水、持ってくっから」

 思わずもぞりと動くと、快斗が喉の奥で柔らかく笑った。まりよりも少々高い体温が、まりのもとから離れていく。半分夢うつつの中、そっと目を開けて快斗の姿を探すと、キッチンの方で何かを開く音がした。恐らくそれは冷蔵庫で、水道水ではなくミネラルウォーターをまりに与えようとしていることがまりにも伺えた。

「レイカ、ほら、水。起き上がれるか?……よっと」

 戻ってきた快斗がぐにゃりとするまりを抱き起こす。甲斐甲斐しくまりの世話をする快斗は、であって丸一日も経たぬ内に、まりに愛着を感じ始めていた。

「ありがと、ございます」

 こくり、と渡されたグラスの水を飲む。そこで初めて、喉を潤すそれを体が求めていたことに気がついた。まりは快斗にお礼を言い、ちらりと快斗を見る。

「ん」

 快斗の唇からは、黄色くて四角い飴玉が顔を覗かせていた。

「ふふっ」

(きっと、のど飴だ)

 まりは快斗の行動をかわいらしく思うと、その唇に自分から顔を近付けた。



 二人は互いに本当の名前を知らなかった。互いの素性も、何も知らなかった。
 ただ、その時間は、確かにやさしい空気が流れていた。
 


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