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 翌日、まりは既に丸一日の休みをとっていたので、早速支度を始めた。

「ええと、頑丈な斜めかけエナメルバッグ……まあちょっとダサいけど、お金いっぱい入れるんだからしょうがないよね」

 以前酔っぱらった勢いでなぜか買ってしまった鞄を取り出して、そう呟いた。
 お金のことは最後にすることにして、自らの支度を始める。
 アイロンで髪をゆるく巻いて、かわいい洋服を着る。若いまりにとっては、それだけで心が上向きになった。それから、夜中に覚えた憂鬱さを晴らすように、丁寧にメイクを始めた。

 案の定、まりは前日よりも、元気になってきた。

「んー、いい感じ!」

 自分のメイクの腕前に惚れ惚れしながら、まりは鏡の前でにっこり笑った。




 −−−−少々時を遡ろう。

 それは、まりが"新一"に始めて出会った時にまで戻る。



 「ッあー、久々の休み!
 ここんとこ取材ばっかだったもんなあ……俺もうマジで疲れた。心が疲れた」

 帝都ホテルの一室で、とても嬉しそうな声を上げながら、男が伸びをした。
 彼は、久々にとれた丸一日の休みに、浮かれきっていた。
 あまりに多忙で休む暇も取れないので、頼み込んでなんとかスケジュールに都合をつけてもらったのだ。
 とはいえ、特にやりたいこともない。羽を伸ばせればいいということだけ考えていたので、何をしようか全く考えていなかった。
 やりたいことは多い方だと思っていたが、いざ時間ができると何をしたらよいのか途端にわからなくなってしまった。

(あークソ、働きすぎたかな)

 典型的なワーカホリックの症状に顔をしかめながらも、思考する。

 「今日何すっかなー。

 ……ま、とりあえず、アイツらとでも酒飲みに行くか。積もる話もあるし」

 と、ポケットから出した携帯で友人に電話を掛けるが、誰も彼も通じることはなかった。
 少し考えて、今日が一般的な人にとっては休日でないことに思い至った。仕事に就いていない者がいれば話は別であっただろうが、友人に優秀な人材が多いことが仇になった。

 (……あー、そか。今日平日だし、アイツら働いてるもんな)

 つい、頭をガシガシと掻いた。

「やっぱ疲れてる?……いや、こーいうのは認めちまったらそこで試合終了なんだよ。認めねーよ俺は、若いよまだ。うん、若い!」

 そんな、独り言を漏らした。

「んー。……やっぱ遊ぶか」

 頭の中で呼び出しが可能な女を何人も思い浮かべる。……が、食指が動かない。溜まっているはずなのだが、と首をかしげる。
 そしてなんだか今日に限って、冒険したい気分になっている。冒険とはRPGゲームがやりたいとか、そういった意味ではない。
 新しい地を開拓するという意味では同義だが……ここでの冒険は女遊びにおいてを意味する。

「……ゲ、俺気づかないうちに性癖変わってた?」

(嗜好がゲテモノに……?嘘だろ……?)

 頭を抱える。……とりあえず、確かめてみよう。そんな無駄な行動力が生まれた。





「−−よし、かける。かけるぞ……」

 ノドをごくりと鳴らして、発信ボタンを押す。電話先は、知っている中でも屈指のツワモノ・キワモノ揃いの店だ。未だ嘗て利用したことはないが、噂だけは聞き及んでいた。

「……あ、もしもし。地雷さん?……あーはいそうそう。うん、初めて。年は…そうだな、なるべく若い子がいいな……あとは、その、お、任せで。……あ?名前?

そーだな……シンイチ、新一で。ホテル?はそんなら……帝都グランドホテルの1203号室。じゃ、あとは女の子と相談して決めるんで……ハーイ」

 ぴ、とそのまま電話を切る。

「……勢いって怖ぇなオイ」

 そして、そうつぶやいた男は、テンションの任せるまま、デリバリーヘルス"地雷"の客となったのだ。

 ……もう気付いているだろうが、まりの太客であるあの男は江戸川コナン扮する"新一"ではない。世界的に有名なマジシャンである黒羽快斗扮する"新一"なのだ。


 何故彼が新一と名乗ってしまったのか。これはまあ、要は彼のプライドの問題であった。
 何も考えずに地雷の嬢を頼んでしまったが故に、自分の名前を使うことが憚られたのだ。

 まさか世界的に有名な黒羽快斗ともあろう男が、デリヘル嬢で度胸試しをするような人間であると思われることに抵抗を感じてしまったのだ。小さい男である。
 かといってただの遊びに顔を変えて臨むなんてこともしたくなかった。
 故に、偽名を使うことにしたのだが……怪盗KIDを廃業して久しく、偽名を使うことがあまりに久々であったため、思わず"新一"の名を使ってしまったのだった。
 何故その名を?と言えば、偶然付けていたテレビに写る江戸川コナンの顔を見て、快斗はコイツ相変わらず俺と顔似てんなー。ああ、そういえばコイツって元は工藤新一なんだっけ。という思考を電話と並立して行っていたため、"新一"とつい口から飛び出てしまったのであった。
 IQが高く、かつては怪盗KIDとして名を馳せていた男にしては、非常に迂闊な言動であった。

 (いやー名探偵……色々ゴメン!)



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