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 まりは簿記の勉強がてら、家計簿を付けていた。
 何故簿記かと言えば、まりが商学部生だからだ。いつ戻っても困らないよう、自主学習は欠かせない。……とはいえ、自分で出来るという範囲にも限りがある。難易度が上がるたびに複雑になっていく内容を全て理解出来るほどまりの頭は出来ちゃいない。
単位落とさないでいられるかなあ、と遠い目をせざるを得ないのであった。

 そうそう、家計簿。
 話を戻すが、収支の記入の最中、まりは笑いが止まらなかった。
 なんせ、大黒字。収入が大きいのだ。
 まあ、代わりにまりの精神と膣はあまりいい状況ではないのだが。

 ともかく、その手にすることも初めてなほどの大金が弾き出された家計簿に、まりの頬は緩みっぱなしであった。

「えへ〜。そのうち、札束風呂とかできるんじゃないの?これ」

 と、そこで、それほどのお金を手にいれた時のことを想像する。

「…………重そう」

 喜びよりも、真っ先にそんな気持ちになった。そう、お金は重いのだ。まりにはここから逃亡する想定も常にしていなければならない。
 つまり、そんな重たいものは持ち歩けないのだ。まりにとって、財産は手軽に持ち運べるものの方がいい。どうしようか?そう考えるが、すぐに思い至る。

 そうだ、金を買いに行こう。……と。

 金なら簡単に何処ででも取引が出切るし、グラムで5000円ほどの価値があるから、資産を持ち運ぶというまりの希望にもかなっていた。まさに、彼女にとって最高の資産だった。

「あ、やば。そろそろ支度しないと」

 とりあえず、近いうちに丸一日休みを貰うことにしよう。
 そう決めて、全ての片付けを済ませて出勤するのだった。



***



「ただいま……」

 誰にも迎えられることのない玄関をくぐって、まりはそう言った。深夜12時半、仕事を終えて帰宅した。真っ先に向かうのは風呂場である。帰宅途中の電車で営業メールは全て済ませた。ちなみに、まりが元々持っていた携帯は使えなくなってしまっている。そのため、その携帯はオーナーに用意して貰ったものだ。

 今日の客も、本当に気持ち悪かった。そう思いながら、シャワーを浴び始める。
 日に何度も何度も水にさらされているせいでまりの肌はとうに油分不足だ。しかし、一日の終わりのシャワーは彼女にとってなくてはならないものとして、日常にこびりついていた。

「うっわ、髪にまだ付いてたの?ハアァ…………いやだなあ」

 パリついたそれをお湯で溶かして、指通りをよくする。まりはシャンプーとリンスをいつもより更に念入りにすることにした。

 まりの仕事はセックスで、彼女が生きるためにはそれしか方法がない。そのため、仕事中は割り切りからサービスから笑顔まで、全てが完璧といっていい。同僚からアドバイスをもらえる訳もなく、インターネットで必死に調べて身につけた技術は、既にかなり様になっていた。

「今日は……あんまりだったな。−−まあ、ご新規さんばっかりだったしね…………」

 客に真摯に対応し、料金以上の満足を与える。まりはこの世界に来てサービス業の鏡となった。
 なぜなら、頑張れば頑張るほど成果が出るからだ。まりに付けられた値段は、あまりにも安い。それ以上の金額を稼ぐには徹底した奉仕が必要なのである。
 貯まり続けるお金が、まりの心の拠り所になっていた。

 とはいえ、まりは自らの仕事に誇りなど持っていない。娼婦である自分を軽蔑しているし、仕事には不満だらけ。
 ゆえに一日の終わりにその仮面を剥がしてしまえば、漏れ出るのは不満と惨めさばかりだ。
 底辺のデリヘルを呼びつける男はそれに相応しく、たいてい身なりが汚い。呼び出されて行くホテルの壁は薄く、隣のみだらな声がうるさいほどだ。

「−−ッ、……ふ、うう……」

 日中はけして崩さない笑顔も、仮面を付けていないこの時間だけは泣き顔に変わる。
 まりにとって、この日常はまるで悪夢だった。

 流れた涙は、降り注ぐ湯に混じり続けた。



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