０９
案外、なんとかなるもんだ。
まりはこの数ヶ月で、そう思えるようになった。
まりが勤めるのは"地雷"という名の格安デリヘルであった。一応店は構えているが、電話対応オンリーのヘルスだ。ホームページも顔写真の掲載もないため、客は「お任せ」もしくは「こんなかんじの子がいい」という要望を店にするか、「あの子がいい」と本指名するかの三択しかない。この時点で経営する気があるのか、と疑いたくなったのは至極当たり前のことであろう。
しかも店名だけでなく、店の噂について回る文言も"地雷"という恐ろしさ。地雷と自称するだけあって、店は汚らしく、勤める女性は容姿も性格も、店名にふさわしい地雷っぷりなのだ。
だが、それ以外は、おそらく、そこそこまともであった。基本料金(ヤるだけ)は格安だが、オプションは安いわけでもない。病気の有無も調べてくれるし、お金の面も割としっかりしている。むしろ、そんなにもらって経営は成り立つの？というほどだ。
それに、格安の地雷店ではあるが、全く客が来ないという訳ではない。定期的な客はほとんどいないが、漢気あふれるチャレンジャーや安いからという理由で利用する客がお金を落としていくのだ。
店長に気に入られたまりは、そういった客を優先的に客を回してもらっていた。
まりの容姿は一目見た人からも美しいと言われるものである。それをうまく利用して、地雷だと思ってビクビクしながら待っていた男の胸を大きなギャップで鷲掴みにし、更にマメで丁寧な気持ちのいい(・・・・・・)接客で虜にしていた。ゆえに、風俗業界に入って日が浅いにも関わらず、固定客を何人も手に入れることに成功していた。
同僚のモンスターからは恨まれてはいるものの、底辺のデリヘル嬢としてはかなり成功している方だった。
店長との仲は……まあそこそこだ。外見や性格は言葉にしがたいほどではあるが、意外に気の利く男である。彼に気に入られたことで細やかな対応をとってもらえるようになったので、まりにもある種の余裕が生まれてきているのであった。
そんなこともあり、最初のどん底な気分よりは、マシな気持ちで毎日を過ごせるようになっていた。きっと、お金の成せる技だろう。
そんなまりの最近の一日は、こうだ。
朝は、真っ先に太客となった男に与えられたマンションの一室で目を覚ます。(家がないというまりにいたく同情したからだそうだが、押し切られる形で強引に住むことになったまりは微妙な心境であった。)
お昼頃までは自由で、その後は出勤して休憩を挟みつつ平均5人とのセックス。オプションやチップで余分に稼ぎ、夜中の十二時程になってやっと帰宅し、そして二時間かけて体を綺麗にしてから就寝する。週に一度ほどマンションの持ち主がまりを訪れるときにはもう少し頑張って、朝まで共にする。
そんな日々だ。
ひたすらお金を貯めることに必死だったため、まりは今のところ休みは五日ほどしかとっていない。
通帳すらも作れないまりは、給料を貰って真っ先に頑強な金庫を買った。中古の指紋認証型の金庫だ。痛い出費だったが悪くない買い物だったとまりは思っている。
そんなまりには、新たに出来た悩みがある。例の−−マンションをまりにプレゼントしたという、太客の男のことだ。
「レイカ、ただいま」
レイカとは、まりの源氏名である。
その名を読んだのは、話題に出したその男だ。
週に一度の男の訪問。愛想を良くしない訳にはいかないので、玄関まで迎えに出て笑顔で迎え入れる。
「こんばんは。−−新一さん」
新一と名乗るこの男。
まるで、ニュースやテレビでよく見るリアル江戸川コナンのような容姿であった。しかしテレビで見るよりずっと存在感があるし、大人の色気がムンムン漂っている。地雷デリを頼んだり、そんな底辺の嬢を囲わずともいいような、そんな美貌の持ち主だ。
その新一が、まりを強く悩ませていた。
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