02

 先ほど姿勢を正しはしたが、それからも授業をする女性の話を聞いているふりをしながら考え事にふけっていた。
 脳内議題は相も変わらず三日前のこと。
 仮にまりの脳内を誰かが覗くとして、その人はまりに悩みすぎだ、と言うかもしれない。しかし、いくらまりが娼婦だからといっても、本気で出した嬌声を四十人もの人間に聞かれて平気でいられるほどに強い精神力は持ち合わせていなかった。
 その場に居合わせた子供たちにしてみれば、クラスメイトの少女が奇声を発して気絶したようにしか見えていなかったことだが、現在のまりにとっては"自分がしてしまったこと"が最も大事なのであって、"他人から見えたまり"はさして重要でないのである。

 そんなことで頭がいっぱいになっていたまりは、自分を心配して話しかけて来る子や友達として話しかけてきてくれる子供全てになんとか対応しきって、午前中をやり過ごした。

 そして、給食の時間。
 一日目は気絶し、二日目は一日中十三宅で寝ていたため、まりが幼くなってから初めての給食であった。給食という制度が非常に懐かしく、沈んだ気分の中でも密かに心を踊らせた。ひとりぼっちであるという意識が強いまりには、手料理と名のつくものへの執着の気があるのだ。

 食べてみると、記憶の中の給食よりもずっと美味しく感じたが、背後から聞こえてくる会話が耳に入った瞬間、それ以上の思考を強制的に辞めさせられたような気分に陥った。

「コナンくんと哀ちゃん、ズルいよねー!歩美も行きたかったのに!」
「そーだよな、ズリぃよアイツら!俺たちみんなで少年探偵団じゃねーのかよ!」
「本当ですよ、僕たち抜きで軽井沢に行くだなんて!しかも事件に遭遇してるんですよ!?これを抜け駆けと言わずしてなんと言うのでしょうか!!」

(……まさか)

 まりのいる教室は、昼になると教室を上手に七分割し、各座席の向きを回転させ、四〜六人で構成される班を作っている。その内緒話は、背中合わせになっている背後の席から聞こえてきた。つまり、隣の列・隣の班の子供たちの会話だ。周囲に配慮しているのか密やかな声であったものの、まりにはよく聞こえる程度の声量だった。

 恐る恐る振り返ってみれば、三人組の男女が、顔を付き合わせて会話していた。平均体重からは程遠い体格の坊主頭が、カチューシャをした可愛らしい少女が、細身の少年が、まりの視界に写り込む。

(タイムスリップって……タイムスリップって……)

 まりはようやく理解する。ここが、先ほどいたところから20年近くも前の世界なのだと。

(……ああでもそういえば、色々ヒントはあったかもしれない)

 まりは持っていた箸を倒し、口元に手をやって考え始めた。
 十三たちがずいぶんと若かったことや、街並みが一昔前を思わせる雰囲気だったこと、どの電化製品も一様に古臭かったこと、などなど。思い返してみれば、おかしなところだらけだった。

 それらにまりがもっと積極的になっていれば、もう少し早く状況把握ができていただろうに。と、まりは深く息を吐いた。羞恥心に囚われて注意深く周りを見るどころじゃあなかったな、とも思ったが。

「ねえねえまりちゃん」

 すると突然、前の席の女の子に話しかけられた。彼女はお腹いたいの?とまりに声をかけた子で、名前をさちという。
 彼女はまりの隣の−−つまり、さちから見ると右斜め前の−−女の子に目配せをして、うんとうなづいた。

「えっと、なあに?さちちゃん」
「あっあのね、みっちゃんがね、おはなしがあるの!」
「みっちゃんが?」

 隣を見ると、ボーイッシュな髪型をした女の子がまりを見ていた。そばかすがなんとも可愛らしい彼女は、みっちゃんと言うらしい。
 ちなみに、班であるから隣なだけで、普通の席順で言うならさちが隣でみっちゃんが前の席である。

「うん、あのねー、まりちゃん、オバケはもうだいじょーぶ?」
「オバケ?」
「えっと、昨日の前の日の!」
「……!!(それって一昨日の……)え、えーっと、うん、だいじょうぶだよ!」

 恐らく、急に奇声を上げたかと思うと辺りをキョロキョロとして気絶したまりを至近距離で見ていた彼女たちは、まりが霊的な何かに憑かれたに違いないと彼女たちなりに考えたのだろう。
 この年代は何かとオカルト好きな子が多い。"オバケ"云々も、恐らく何かの影響だろう。

(ハ、ハハハ……オバケね……うん、そうだね、きみらもあと十年もすればオバケ(・・・)になれると思うよ……)

 なんて考えながら、まりはあまり浮いてしまわないように、その後も必死で小学一年生を演じた。
 近いうちに戻ってくるであろう二人の目に留まらぬように、少しでも早く馴染むために。



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