01

 まりは頭を抱えずにはいられなかった。

「あのさああのさああのさああああ」

 机に突っ伏してそれだけを小さく呟き続けるまり。いとけない指先についている可愛らしい爪が、彼女の頭皮に猛威をふるっていた。

「まりちゃん、どうしたの?おなかいたいの?」

 隣の席に座る女の子にこっそりと話しかけられる。まりは殆ど脊髄反射で猫を被って返事をした。

「う、ううん。なんでもないよ」

「そうなの?だいじょうぶ?」

 話しかけてきた女の子がとても幼かったので、思わずまりまで幼い言葉の調子になるが、それは今のまりにとっては正しい話し方であった。

「うん、ありがとう」

 少女に話しかけられたことで、今は机に突っ伏すべきではないということに気付いて、まりは身体を起こし、姿勢を正した。

女の子はそっか、と言うと、再び正面を向いた。正面では、担任と思しき女性が何かを話している。
 先生の視線はまりに向けられていたので、恐らく自分があと少し起き上がるのが遅ければ、容赦なく怒られていただろうとまりは密かに考えた。

 しかしまりには今はどんな言葉を聞いても胸に染み込みはしないだろう。今の彼女には全くもって余裕がなかった。

 そう、まりはまた(・・)おかしな状況に陥っているのであった。もちろん一度目のおかしな状況が「気付いたら名探偵コナンという漫画の世界のパラレルワールドに居たこと」であることは、言うまでもない。

 まりの周囲には今の彼女と大して目線の変わらない子供が大勢いる。皆でクリーム色の壁に囲まれた部屋で、揃いの椅子と机を使って、同じように前方を向いていた。そこはまるで学校のようだった。というより、学校そのままだった。
 まりの記憶にある小学校の風景の世界と合致する部分が多く、リアリティあふれる思い出に浸っているような気分でさえあった。しかしそこに懐かしさは介入しない。それよりも大きな、混乱と現実逃避の最中にいた。

(どー考えても現実なんだけど……ああああっ、信じたくない!!イヤ!!)

 このように、現状を受け入れることを、まり自身が拒否しているからである。

 彼女がこんな状況に陥ってから、既に丸三日が経過していた。
 ついでに言えば、まりはこの三日、ずっと同じ調子であった。目の前にある全てを現実として受け入れられずに、拒否し続けていた。

 その理由を話すにはまず、事の起こりである三日前に遡らなければならない。


***


 −−三日前。


 まりはそのとき、新一という皮を被った快斗に、濃厚なセックスで手酷くいじめられていた。狂いそうなほど気持ちがよくて、まりは何が何だか全くわからないまま、ただ快斗に身体を預けていた。
 そして、遂に達するぞ、達するぞ、ああ、達した!という、まさに絶頂の最中にパッと周囲の景色が変わって、なぜか小学校の一生徒としての鞘にスッポリと収まっていたのだ。
 急に体が小さくなり、交わっていた快斗も突然いなくなった。
 高級なベッドの上であられもない格好をしていた筈が、次の瞬間にはしっかり服を着込んで姿勢をよくして椅子に座っていたのだ、周りの状況の変化に気付かない筈がない。
 しかし、何が起きているのかを判断するいとまさえなく、そんなことは知るものかといわんばかりに、脳はまりに快感を与えた。まりは堪え難い快楽に身体を弓なりにして、抗う術もなく達してしまったのだった。

 そしてその時、幼い身体にあるまじき艶やかな声が、教室を支配した。

 寸前まで狂ったように叫んでいたため、どうしようもなく、声が漏れてしまったのだった。
 まりの肉体は教室の中にあり、そこでは授業が行われていた。教師の声とチョークが黒板に触れることで起こる独特の音と少しの話し声がほんの少し前まで聞こえていたというのに、まりの嬌声によって、シンと静まり返った。

 まりはそれで我に返ったが、その際の色々なショックで気絶してしまったのだった。


***


 と、まあ、こんなことがあった訳だ。
 それから半日ほど寝込んで目を覚ますと、やはり自らの身体が幼くなっていることに、まりは改めて驚いた。
 そして、気絶する前のことを思い出して死にたくなった。
 それから今まで、起きている間はずっと、そのことでまりは頭を抱え続けている。

 だからまりの目覚めた家が十三の家で、今のまりが彼らの娘であることを知っても、頭の隅に置かれはしたが、それがどれだけ嬉しいことかなどと考えることすらも出来なかった。

 翌日は突然倒れたということで、数件の病院を連れ回される羽目になった。しかし一切おかしなところはなく、むしろ健康体であることが判明したのみで、一日ベッドとお友達になったあとはまりがいくら引きこもろうとしても休ませてはくれなかった。
 そして意外と強引なみどりの手で登校することとなり現在に至るのだが、まりは未だ現実を受け入れられずにいた。

 どうして自分の年齢が後退し、十三の娘として米花町に住む一介の小学生になっているのかということについての疑問が止むことはなかった。
 だがそれよりも、醜態を晒したことに対する羞恥心がまりの心を蝕んでいたのだ。



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