03

暫く睨み合っていると、ジンは舌打ちをしてまりから離れ、何も言わずに部屋の外へ出て行った。

「っは……」

(こ、わかった)

自分はこれから一体どうなるのかと、身体が震える。目つきも言動も恐ろしい男たちに、拳銃と監禁部屋。明らかに普通じゃない。
そしてそのまま、何十分待っただろう。心細さに胸が震える。
絶対に泣くものかと歯を食いしばり、唇を強く噛んだ。そのうちにぶつりと歯が皮膚を破る音がしても尚噛んだ。痛みはないが、熱を帯びて痺れている。

程なくして、ジンは後ろに白衣を纏った女を連れて戻ってきた。

きっと街ですれ違ったら綺麗な人だと見とれるかもしれない、と心の隅で考える。けれどこんな状況下だ。まりは彼らの冷たい美貌に恐怖を覚え、一体何をされるのだろうかと気が気ではなかった。

「シェリー、やれ」

「ちょっと、こんな子に投薬ってしろいうの?」

「そうだ、丁度いい実験台にもなるだろう。死にゃあしねーさ」

「……」

「いいから早くしろ」

「……わかったわよ」

シェリーと言う栗色の髪をした女は、更に後から入ってきた凡庸な眼鏡の男から道具を受け取り、まりの腕にゴムのチューブを取り付けた。

(っ、注射!?)

「いや、止めて!」

「暴れないで。でないとおかしなところに刺さる上に折れるわよ」

「やっ……嫌あっ!!なにすんの、離して……っ」

「安心しなさい、ただの自白剤よ。強力だけど、大きな害はないから。」

「っ……。……」

細くてしなやかな女性らしい手が、注射器を手に取る。シェリーはまりの手を取ると、観念して暴れるのを止めた彼女の静脈に、先が見えないほど細く作られた針を刺した。確かに痛みはない。だが恐怖は刻々と大きくなって彼女の心を襲った。

ほどなくしてまりは身体に異変を感じ取る。

(頭が……ぼんやりする)

彼女が正気でいられたのはそこまでだった。


ーーーーー


「……ん」

目を覚ますまり。そこはどこかの部屋だった。
ベッドに寝かされていて、足には鎖がつながれている。
ひどい扱いだ。だが、先ほどよりはずっとマシな待遇だった。

(……体中が痛くて起き上がれない)

手をずっと上げていたせいなのかなんなのか、身じろぎするのも痛かった。
ギシギシ呻く首をやっと動かし手当たりを見渡せば、あまり広さのない部屋であることが伺えた。最低限以下のインテリアしか置いておらず、目に入ったのは黒一色で統一されたベッドとテーブル、それから椅子だけであった。

ため息をひとつこぼす。
自分の行く末が恐ろしくてたまらない心持ちだが、一方であまりにも現実離れしたことが続いたせいで、変に落ち着いてしまっていることも事実だった。
というよりも、心が追いつかなかったという方が正しいだろうか。痛みだけが彼女を現実につなぎ止めていた。

「自白剤打たれてから、あたしどうしたんだろ……」

自白剤というものは意識を混濁させて、普段よりも精神状態を開かせ、秘密にしていることを話しやすくさせるものだ。自分は一体何を口走ったのだろうかと考え込むが、思い出すことができなかった。

「っつつ、……?……うわ、血だ」

考え込む時の癖で痛む手を口元にやると、唇がぴりりとした。爪で触ってみれば、乾いた血がはがれ落ちた。噛み切った時の物かと思いきや、同時に頬が腫れていたことに気がついたので、もしかしたら自分は殴られたのだろうかと推測した。

「あっはは、容赦ないなあ……っ」

目頭がどうしようもなく熱くなる。耳元を伝って髪とシーツに冷たい涙が流れていったが、まりはそれを止めることができなかった。

「ふ、っく……っ」

一度こぼれてしまえば、次から次へととめどなくあふれだした。
やりようもない、自分でも判断のつかない類いの感情が胸を締め付ける。

と、そこで。

扉の向こうで扉をいじる音がした。鍵を開ける時の金属がこすれるような、そんな音だ。
誰かが入ってくる。あのジンという男だろうか。それは嫌だ。

まりは飛び起きる。身体の痛みも忘れて、転げ落ちるように扉とは反対方向のベッドの物陰に急いで隠れた。
意味がないということくらいわかってはいたが、彼女の本能は隠れること以外を要求していなかった。


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