血濡れのピーターパン.
02

「アレックスー、なーんか食べたいものとかある?」

「え?」

「俺寝すぎたせいかお腹ぺこぺこなんだよなー!なんか食べいこっ?あ、それともアレックスはご飯すましちゃった?」

「いえ、まだだけど…」

「んじゃ行こっ!」


きゅ、握られた手は私を引っ張る様にして外へと導く。

反対側の手で机の上にあったサングラスを掴んでポケットに突っ込んだマリオムは戸惑う私を特に気にした様子もなく外へと連れ出した。

外の喧騒はいつも通りで、ついさっき会ったばかりの見た目が女の子な男の子に主導権を握られ連れ出されるという非日常的なことが起こっているなんて考えるのも馬鹿馬鹿しい。

ふと考えてみれば、便利屋さんでお世話になり始めてからはそれまでの日常とはガラリと色を変えたんだった、なんて思い返す。

ウォリックに助けられて、ニコラスに守られて、テオ先生のところで診療を受けて、ニナと笑いあう。

それまでの灰色を色づけした色々な要素。

これもその中の一つの出来事なのかも知れない。


「パスタでいい?それともカフェとかでフレンチトーストとかにする?」

「…パスタがいい。」

「おっけ!れっつごー」


包帯を巻いたままであるのに何がどこにあるか全てがわかっているようにずんずんと進む彼に呆気にとられる。

確かに説明はしてくれたけど、やっぱり黄昏種って他とはどこか違うものなんだろうか。


そんなことを考えているうちに目的の場所に着いたらしい。

俺のお気に入りなんだー!とにこやかに笑う彼は尚も私の腕を引く。

とりわけ綺麗でも汚くもない外装は個人経営の普通のレストランに違いない。

カランカラン、そう音を立てて開いた扉が落ち着いた雰囲気を出していてどこか心地よく感じる。


「ここ、素敵ね。」


唇から滑り出るように出た言葉は私の本心だ。

内装は落ち着いたレトロ調に合わせてあり、流れるジャズにオーナーのセンスの良さが際立つ。


「だろー?」


機嫌良さげに言ったマリオムは空いている席にそそくさと座り、私も彼の前に座る。


「ここ、飯も凄くうまいんだ!クリームソースのパスタが特に好きでよく通っててさ。」

「じゃあ私もクリームソースのパスタにしようかな?どれが一番おすすめ?」

「海鮮が好きなら貝柱とほうれん草のやつがいいと思うよ。」

「じゃ、それにする!」


了解、といって店員を呼んで手早く注文を済ませるマリオムはどこか頼りになって落ち着いた。




パスタも食べ終わり、ゆったりとマリオムと話をしていると少し遠くの席からガタンッと大きな音がした。

ゆったりとした雰囲気に似つかわしくないそれは、ウェイトレスに絡んだギャング崩れのような者が原因らしい。


「やめ...っ!」

「別にいいだろーがよ、少しくらい相手ぇしてくれたってよぉ?」

「オニーサン、ここはそーゆー店じゃねぇの、わかる?迷惑なんだけど。」



いつの間にか目の前にいたはずのマリオムが男の近くまで近づいて話していた。

黄昏種だからそこら辺のギャング崩れに負けたりはしないだろうが、それでも彼は目が見えない。

まともに戦えるとは思えない。

背筋にヒヤリとした汗をかくのを感じた。



「おぅおぅ、オジョーチャン随分達者なお口でちゅねー?ぶち殺されてぇの?それとも―」


犯されてぇのか?いやァ俺には目暗相手にする趣味なんざねェんだがなァ?

男の顔が厭らしく歪む。



「よっぽど死にてぇらしいな、糞野郎。」


チャリ

マリオムのタグが持ち主の不機嫌を知らせるように音をたてる。

それに気がついた男が笑った。

心底可笑しそうに。



「クッハハハ、D/0!それで俺に挑んでるつもりかァ?そーいやぁ、今日は首にかけて無かったかねェ。」


残念だったな、オジョーチャン?

ポケットから取り出されたそれに周囲は呆然とする。

チャリ、音をたてたのはマリオムの首もとで揺れるものと同じ、黄昏種認識票(トワイライツタグ)。

C/0、それは彼ら黄昏種の強さを指す。

アルファベットでAに近づくほど、0に近いほど強い。

マリオムと男の力の差は一目瞭然だった。

二人が店の外に出ていく。

戦いでは生ぬるい。殺し合い、そう表現するのが最も最適だ。

はりつめた空気に、周りの者の呼吸音までもが聞こえるような気さえした。



「なーに、目暗の格下の嬢ちゃん相手に本気なんざァ出さねェよ!俺はそれほど外道じゃねェ。精々楽しませてくれよなァ!」

「手加減すんのは勝手だがな、後悔すんのはお前だって事だけは言っとく。嬢ちゃんか、残念ながら性別からして間違ってるよ、格上さん?それとなー」


シュルシュルと包帯が解かれ、そこにサングラスをかけるマリオム。


「誰が目が見えないなんて言った?」


言った瞬間マリオムが男に突っ込む。

男もそれを察知し素早く避けるが、壁を蹴り方向を上手く変えたマリオムが相手の鳩尾を捉えた。


「ぐっ...なんて言うと思ったかよっ!」

「浅かったかッ」


ザザ、と音をたてコンクリートの上を靴で少し滑るも態勢を崩さなかった男にマリオムは舌打ちした。

この体格差は大きなハンデになる。

攻撃が当たったとしても少ししかダメージを与えられないのならば長期戦になるのは必至。

更に相手の攻撃を食らえばかなりのダメージをくらい、それまでの力は出すことが出来なくなるだろう。


「嬢ちゃんでも坊主でもいいがよォ、戦闘中に考え事とはいただけねェ、なッ!」

「...クソッ」

「命のやり取りは頭でするもんじゃねェぞ、坊主!お前は獣だ!脈動を感じろ、四肢の声を聞け!目の前にいるのは敵じゃねェ!獲物だ!!!遠慮は要らねェ、食い散らかせ!!!!」


男が思いきり振り抜いた拳を体を素早く横に倒したことでかろうじて避ける。

マリオムの額からは粒になった汗が流れ落ちていった。








戦いはじめて一時間程たっただろうか。

シュンッと風を切る音と共に何か硬いものが折れたような鈍い音が響く。


「ぐぁっ......てめぇ、それは俺への侮辱ととって間違いないか?」


一進一退を続けていた、否、見るものが見ればマリオムの方が完全に不利に見えていた戦局は少しづつだが確実に色を変えてきていた。


「それほどの力、何処に隠していやがった!全力で戦うからこそ命のやり取りをする価値があるんじゃねェのか!?」


叫び声をあげる男はぶらりと垂れる動かなくなった腕を逆の手で掴んでいた。

心底信じられないようなものを見るような目で目の前のマリオムを見据え言う。


「興醒めだぜ、本気の殺し合いをしようとした相手が偽物(フェイク)なんてな!」

「俺はアンタに食って掛かった所からマジだった。薬を飲んでないのはアンタが一番わかってるんじゃないのか?一時間以上も遅く効くセレブレなんて開発されてないだろ。」

「しかし、てめェは一時間前よりも遥かに速く、遥かに強いッ!血に飢えた獣が蝶みてぇに脱皮したってェのか!?」

「ある意味そうかもな。ただ、薬が効いたんじゃねぇ、薬が―」



―切れたんだ。

マリオムは苦虫を噛んだような表情で言った。

それを聞いて目を見開いた男はそれと同時に地面へと倒れ込む。

男の体はすでにボロボロだった。

痛々しくも体を支えながら寝返りを打つようにして仰向けになるも息をするだけでやっとという状態だ。


「殺せよ、坊主。フェイカーに俺の命をくれてやるのは死んでも御免だがな、てめぇの言葉は何故だかすんなり信じちまう俺がいる。この殺し合い、楽しかったぜ。」

「ああ、俺も楽しかったよ。そうだ、アンタの名前、教えてくれよ。」

「俺は、俺の名はヴェルディオ.ガルシアだ。坊主の名前も教えちゃくれねェか?」

「マリオム、それが俺の名だ。」







真っ赤な夕日の下でガリッと薬を噛み砕く音がした。


(マリオム、あれで良かったの?)
(さあね、良かったかどうかを決めるのは俺じゃないから。でも、少なくとも俺はあれで良かったと思ってる。)
(貴方って変わってるのね。)
(よく言われるよ。)






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思っていたよりもだいぶ長くなってしまった割にキャラがアレックスしか出てないという酷さ(笑)
早く便利屋とかチャドさんとか出したい!

オリキャラをチョイ役で出そうとしたら結局気に入って名前まで付けちゃった...愛称はヴェル。
外見的にはゴツいオッサンイメージ。悪い奴じゃありません。
豪快に笑う感じの頼りになる兄貴キャラ。ただ、下品で節操なしの脳筋です(笑)



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