「自来也様、今日はこちらにいらして下さいよぅ。」
「自来也さまぁ、今日はうちにいらして下さるって言っていたじゃありませんかぁー。」
女郎たちの鼻にかかる甘い声が聞こえる
その声に混じり、聞こえてくる男の声に女は目を向けた
女はここの遊郭で最も位の高い花魁で、太夫にあたる遊女である
そのため、二階の自分の座敷の窓をあけ、外を眺めていたのだ
その先にいたのは、白髪の体の大きな男
その男を暫く見ていると目が合ったが、禿の優に「太夫、どうかされましたか?」と話しかけられ、目を逸らした
「いいや、何でもないよ。」と優の頭を撫でてやると優は「それなら良いのですが・・」と心配そうな顔をしていた
その時、部屋の襖が開いて忘八が入ってきた
その話によると、今日私に新しい客が入ったらしい
それを聞いて、「分かりました。」と言った私の声は、先ほど優にかけた声よりも随分と冷め切っていたのが自分でも分かった
実を言うと、女郎という仕事は好きではない
まぁ、小さい頃にこの遊郭に売り飛ばされたせいでココで働いる
自分を売り飛ばした父親と、それを買い取った忘八はどうしても頭の中で割り切っていても、態度が冷たくなってしまう
そんなことを考えていると、また襖が開いて今度は大きな白髪の男が入ってきた
先ほど下にいて目が合った男だ
「よろしくのぉ、自来也っつぅもんだ。」
「ご贔屓に。」
自分も名乗ると、良い名だのぉと返される
そう言われて、にこりと笑った女に自来也は手を伸ばす
その手に一瞬顔を強張らせるが、頭を撫でられただけだった
この名前は、大好きだった母が付けてくれた名だ
昔、どこかで同じ事を言ってもらった気がする
どうしても、誰だったかは思い出せないけれど、そのときもとても嬉しかった
「ありがとう・・ござい、ます。」
なんだか気恥ずかしくて変に言葉をきってしまった
照れ隠しで笑いながら頭を撫でている手を受け入れる
その時、懐かしい香りが鼻を掠めた
何故だろう、その香りになんだかとても落ち着いて頬が緩む
「床の準備が出来ました。」
禿が入ってきて、私たちに告げた
私はその後、布団の上になだれ込む様に押し倒され、自来也の逞しい腕に抱かれながら夜を過ごした
やはり、自来也から漂ってくる香りはどうも懐かしく
普段感じる「これは仕事だから・・・」という、諦めにも似た感情は沸きあがってこなかった
逆に、「今日が終わったら、もう遭えないのでは・・・」という感情まで感じる
変に不安になっている私に自来也が声をかけた
「お前は、こんな話を知っておるか?
昔、あるところにどうしようもない男がいた。
その男は弟子である青年を失って、守れなかったことを悔い、生活はすさんでいた。」
わたしは何を話し始めたのだろうと首を捻りながら聞く
自来也は私のことをチラとみて、続きを話し始めた
「ある日、その男はある少女に出会った。
その少女は目一杯に、涙をためて男に言った。
『助けて』どうしたのかと思い、男は聞いた『どうしたんだってェのぉ?』
男は口を開こうとしない少女を家につれて帰ることいにした。」
自来也は一息分、間を空けると話し始める
「家につれてくると少女は口を開いた。
『イヤ・・・あそこに帰るのは・・イヤ。』
話を聞いてみると、少女は遊郭の禿で自分の遊郭から抜け出してきたらしかった。
話をすべて聞き終わった男は少女に茶でも出すかと立ち上がった時、玄関の開く音がした。
少女を取り戻しに来た遊郭の若い男だった。」
「自来也さん、この話は何?」
「まぁ、聞いてろってェの。」
疑問を口にした私に、自来也は頭をワシャワシャ撫でて口を閉じさせると話し出す
「男は、少女が若い男に連れて行かれる前に泣いている少女と約束をした。
『お前が遊郭一の女郎になったら迎えにいってやる。』
少女は数年後、本当に遊郭一の女郎になった。
それを知った男は、少女を迎えに遊郭まで来たんだ。迎えに。」
私は、泣いていた
思い出した
昔、出会った白髪の男
その男からした香り
その男が私を泣き止ませようとして撫でた無骨な手
その男とした、たった一つの約束。
「ワシは、お前を、身請けしに来た。
お前は、こんな親父はもうイヤかのぉ?」
自来也が自嘲気味に問うと、
私は自分の涙でぐしゃぐしゃになりながら、「お願・・・い・・しま、す・・」と声を出した
あの日私は恋をした。
もう会うことが出来ないと思って、
連れ帰られる時本当は遊郭に帰りたくないんじゃなく、
この人と会えなくなるのが怖かった。
あの日から、一番の女郎になろうと働いていたけど、いつしか理由を忘れていた。
それは、この人に会うためだって事に。
人生を賭けた恋をしよう
大人になったシンデレラを迎えに来たのは、白くて大きな王子様
(2011.04.06 螺旋 提出。)