暑い夜 | ナノ



こんなの、絶対間違いだわ。


だって、あたし、思い描いてた人と全然違うもの。






手の中のグラスを強く握ったら、チリと胸の奥が焼ける気がした。
焦げ付くような胸を持て余し、グラスを傾ける。
少し氷が解けてしまったアイスティーの優しい香りに癒やされる気がして、ルーシィは寄せていた眉を緩めた。



暑い夜





窓を開け放ち、涼やかな夜風を招き入れるつもりだった。


「あんた達何しに来たのよ」


窓が開くのを待っていたかのように、するりと夜風を纏って侵入したナツとハッピーは、リビングのソファに我が物顔で座ってお菓子を食べている。
ルーシィが睨み付けたところで、そんなの意に介さない彼らは、頬に菓子を詰め込んだままで、


「あほびにひたんらろー」


半眼でルーシィに言った。


「汚いわね。食べるか喋るかどっちかにしてよ」


もう!
眉を釣り上げ、ルーシィは空になったグラスにアイスティーを注いだ。
スライスレモンを浮かべ、さっぱりした果樹の香りのするアイスティーに口を付ける。

火竜の体温のせいか、ナツがいると部屋が暑い気がした。
さっきからつい飲み物に手がでるのだ。


「それ俺にもくれよ」


「おいらもー」


「ちょっとだけよ?飲んだら帰ってよね」


「あん?冷たい奴だなお前」


「あい、ひどいです」


「あげないわよ?」


横目でチラリと睨み付け、ルーシィは立ち上がって台所の棚からカップを2つ取り出した。
いつも来るから、いつの間にかナツとハッピー専用になったものだ。
カップに氷を入れ、リビングに戻るとナツが空になったルーシィのグラスを持っていた。


「ちょっと!あたしの飲んだ?」


カップを取りに行ったとき、まだ半分くらい残っていたはずだ。


「ん?お前遅ぇからな」


「おいらちゃんと止めたんだよ」


青い子猫は、自分は悪くない。むしろ頑張ったと主張したが、ルーシィには大問題だった。
間接キスしたって言うのに、した相手は何も感じていないのだ。
胸の内で叫び、ルーシィは手の中にあるカップを取り落としそうになった。
認めたわけじゃないが、ルーシィはナツがとても気になっている。
こんな、無遠慮にグラスに口をつけるような相手に好意があるなんて認めるわけにいかなかった。
間接キスになるのも気にならないなんて、女として認識さえされていないなんて…
眉が寄るのがわかった。


「あんた達だしね…別にいいわよ。てゆうか、カップ持ってくる間くらいがまんしてよね!」


ナツとハッピーにアイスティーを注いで渡すと、自分のグラスをナツの手元から取り返した。
解けてなくなりかけた氷がグラスの中でツルンと踊り、小さな澄んだ音を立てた。


「あたしそろそろお風呂入りたいから、飲んだら帰ってね」


「なんだよ、今日はやけに冷てぇな…」


ツンと唇を尖らせ、ナツはカップをカランと傾け、ルーシィを見上げた。


「ま、いいけど…明日の仕事遅刻すんなよ」


「遅刻したことないわよ」


「あい」


空になったカップをテーブルに置き、ナツとハッピーは立ち上がった。


「じゃあ帰るわ」


「おやすみルーシィ」


「ん、おやすみ」


来た時と同じように、窓から二人が帰っていくのを見届け、ルーシィはベッドに顔を埋めた。
手に持ったままのグラスの飲み口を親指でなぞった。



「……………バカ……」



ちっとも意識されてない。
悔しいんだか、悲しいんだか、自分の気持ちがゆっくり沈んでいくようだ。
好きなんて認めたら負けなんだ。
ルーシィはベッドに顔を埋めたまま瞳を閉じた。








ルーシィの家の窓を見上げる。
彼女の姿が消えるまでそのまま時間が止まったらいいと思った。



「ナツ…ルーシィ怒ってたよね」


「ああ」


「ナツが勝手にルーシィの飲むからだよ」


「ぐ、」


ハッピーに間接キスした事を指摘され、マフラーを直すふりをしてナツは自分の唇をするりとなぞった。
そんなはずはないのに、甘いアイスティーの味が蘇った。


「のど乾いてたから…」


「おいらにまで誤魔化さなくていいよ」


「………絶対ルーシィに言うなよ」

真っ赤になった顔を、暑いのにマフラーで半分隠したナツを見上げ、ハッピーは小さくため息をついた。


「ナツかっこ悪い」


「うるせえ…」


くぐもった声でナツはそう言うと、ハッピーを捕まえた。


「こそこそしてないで言っちゃえば?」


呆れたようにそう言われ、ナツは肩を下げた。


「難しいだろ」


今日のルーシィを思い出したが、間接キスされたって意識していない。
単純に自分のものを取られて怒ってただけだった。
まず意識されない事には伝えたところで玉砕だ。
ナツはハッピーを抱いたまま月を見上げた。




終わり







山査子の氷野安芸様の所から10000記念作品をダウンロードフリーに甘えて頂いてきちゃいました。
2人のすれ違う気持ちが切ない。お互いに一歩が踏み出せずに、それでも想いあう心は通じ合ってる…こういうのすごく好きです!
氷野さん、おめでとうございます!


[ Gift | TOP ]


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -