5 | ナノ




「待てよっ!」
「いや!ついてこないで!」

僅か先、ルーシィの背中で飛び跳ねる金糸を見つめながら、がむしゃらに走り続ける。
今捕まえなかったら、きっとルーシィは二度と戻ってこない。…そんな気がして。

「ルーシィ!!」

街に溢れた人々から好奇に満ちた視線が向けられても、全てはね除ける。
目指すのは、ルーシィの背中ただ一点。

「いい加減に、…止まれよっ」

街を抜け、森へ足を踏み込んだところでようやくその腕を捉えて引き留める。
でもルーシィは前を向いたまま、地面だけを見つめて。
明らかに体を強ばらせて俯くルーシィの姿に、つきんと胸が痛んだ。

どうしても離れたいと言うのだろうか。

何故、――そんなにも頑なに拒む必要がある。

「ルーシィ」

必死に声を押し殺して、出来る限りそっとその名を呼んでもルーシィは俯いたままで。
ぴくりとも反応しない体に、苛立ちにも似た焦燥感がナツを追い立てる。

いつでも、どんな時でも、横を向けばルーシィがいて。
“何よ”なんて言いながらも笑っていてくれるのが当たり前だと思っていたのに。

お前はそうじゃなかったと言うのか?

「顔、上げろって」
「いや…っ」
「ルーシィ!」

びくっ、とあからさまに震えが伝わってきた腕に、ぎゅぅと胸が締め付けられ小さく喘ぐ。

違う。こんな事じゃない。
オレがルーシィに望んでいるのは、いつも通りの笑顔。…ただ、それだけなのに。

「頼む。ルーシィ」

さらりと綺麗な金糸に覆い隠された顔を、その表情を、確かめたくて。
思わず、ルーシィの手首を捕らえたままだった手に力を込める。
簡単に指がぐるりと一周してしまう程に細く、柔らかなルーシィの腕の感触が手のひらに伝わり、どきりと心臓が跳ねて。

あぁ、こんなにも女だったんだな、と。
最悪なタイミングで唐突に、気付いた。

“ルーシィは、女の子だよ?”
“あ?んな事ぐらい知ってるぞ”

そう答えたのは、オレだったハズではないか。

あの時、どうしてあいつがあんな苦笑を浮かべたのか。
――今頃になってようやく気付くなんて。

「ルーシィ」

出来る限り、最大限の優しさを含めて。
聞こえるのかと不安になるほど小さく、そっと呼びかける。
これが本当にオレの声なのかと疑いたくなる程に弱々しく吐き出された声に、ぴくり、と。

俯いたままだったルーシィが、反応した。

「な、つ…?」

拒むように逸らされていた顔がゆっくりと上がる。
そしてようやく見えたその表情と、その目元に溜まっていた雫に、―…ぱん、と頭の中で何かが爆ぜた。

「…っ!?」

どうして泣いているんだ、とか。
何で逃げたんだ、とか。

言いたい事も聞きたい事も沢山あったのに、それらを全部放り出して。
掴んだ腕を力任せに引き寄せ、抱き締める。
ルーシィの体はすっぽりと腕の中に収まってしまう程に小さく、そして。
そのあまりの軽さにナツはルーシィの背中を強く掻き抱いた。

「ナツ…!」

強く胸を押し返そうとする腕を、背中へ回した両腕により力を込めて押さえ込む。
こんな事をしたら、ルーシィに嫌われてしまうかもしれない。
そんな不安が一瞬、脳裏を過っても、…力を緩める事は出来ない。

手を緩めたらきっと、ふわりと飛んでいってしまうのだ。
風に乗り、ふわふわと空を舞う鳥の羽根のように。

――そしてもう、二度とこの手には戻ってこないのだろう。

「ナツ!離して!」
「嫌だっ!」
「ナツ!」

抗いながら叫ぶルーシィを正面から見つめ、奥歯をきつく噛みしめる。

どうして、こんなにも離れたいと願うのか。
どうして、そんなに泣く必要があるのか。

その理由は何ひとつとして分からない。

でも、瞳からぼろぼろと絶え間なくこぼれ落ちる涙が、ルーシィの心を、想いを、必死に訴えているような気がして。

「ルーシィ」

教えてくれと、懇願する。
お前が抱えている事を全てオレに打ち明けて欲しいと。

だが、ルーシィは静かに頭を左右へと振った。

「もう、いいの。分かったから」
「何がだよっ」
「どうして分からないの!?」
「言われなきゃ、分かんねぇよ!」
「…っ!あんたは、あんたの腕は…っ」

どん、とルーシィの両腕が勢いよく胸に叩きつけられる。
頬を伝い落ちた涙が、ぽたりと服に染みを作った。

「リサーナの為にあるんでしょう…っ!!」

吐き出された台詞に、オレは思い切り黙り込んで。
たっぷり30秒ほど考え込んだ後、ようやくこぼれ落ちた台詞は、と言えば。

「…あ?」

オレの言葉を聞いた途端、ぎりっと睨み付けてきたルーシィの目。

怒ってる。
明らかに怒ってる。
それも、かなりの勢いで。

何故分かるのかと問われれば、いましがたまで止めどなく流れていたはずの涙が綺麗にぴたりと止まっているから。

「あ?…ですってぇ…?」
「ル、ルーシィ?」
「何よそれ!あんた、まさか自覚ないとか言う訳!?」
「自覚ぅ?何訳の分かんねぇ事言ってんだよ」
「あぁぁぁ、信じられないっ」

さっきまでの様子から一転。
怒りを露わにし、ぎゃーぎゃーと喚き始めたルーシィにようやくホッとして思わずくくっ、と喉を鳴らす。

ヤバい。…と思った時にはもう遅かった。

「痛ぇ!おまっ、本気で殴っただろ、今っ」
「当たり前でしょ!笑ったあんたが悪いのよ!」
「何だよソレっ。笑って殴られる意味って何だよ!」
「少しは自分の頭で考えなさいっ」

ぷいっ、とそっぽ向いたルーシィの横顔はもういつも通りのそれで。
手からすり抜けようとしていた温もりがここに留まってくれた事を知り、ふっと全身の力を抜く。
ルーシィがいなくなる、と焦り、知らず緊張してしまっていたらしい自分に肩を竦めて。

「…何よ」
「いや、別に。…なぁ、ルーシィ」

まだルーシィの背中に回したままだった腕にきゅっと軽く力を入れ、抱き寄せる。
今度は、さっきのようにただがむしゃらに突っ走っている訳ではない。

愛おしいんだと。大切なんだと。
この気持ちが、ルーシィに伝わるように。

「お前、さっきリサーナが何とか、オレの腕が何とか言ってたけど。…あれ、間違ってっから」
「ナツ…?」
「オレがこうしたいのは、――ルーシィ。お前だけだ」

ようやく言葉にする事が出来た想いに、ルーシィは大きく目を見開いて。

「――うんっ!」

今度は満面の笑みを浮かべながら、ぽろりとひとつ、涙をこぼした。


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by 碧っち。様







Guroriosaの碧っち。様より、ケーキ入刀(仮)作品を頂いてきました!碧っち。様、ありがとうございましたー!碧っち。さんのこねたを見た時から、おお!この展開萌える!とテンションが高くなり、そのまま書き始めてしまったんですが、本当は承諾を得てからの方がとかったのかしら?と思いつつ溢れる妄想が止まらず^^;長々とすみません(汗)完結を碧っち。さんのお話で読めてものすっごく嬉しいです!というか、初の共同作業にドキドキ(>_<)わたしなんかがすみませんという気持ちと、光栄な気持ちが入り乱れておりました。途中でミラさんが初恋云々言ってましたが、初恋は実らないっていうジンクスをほのめかしてからかう的な感じにしたかったのに、重たい感じになってしまいましたね><ちょっとルーシィにはきつい展開になってしまったような。書き直す前のバージョンも美味しく読ませて頂きましたが、リメイク版もナツっぽいし、いつもの2人の雰囲気にキャー、とPCの前で悶えました^^忙しい最中でのupありがとうございました!碧っち。さん最高です!ありがとうございました!
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