その日も特に変わった事もなく、ルーシィはギルドのカウンター席に陣取り、カナやレビィ達と他愛もない話で盛り上がっていた。
「まったく、可愛いもんだよ」
「ん? どうしたの、カナ?」
見てよ、アレ、と指を向けた先に視線を向ければ、ナツとリサーナが楽しそうに騒いでいた。
二年前は、当たり前のように毎日見られたであろう光景。彼女が戻ってから、ギルドは以前よりもっと活気に溢れているように思う。
ツキン、と痛んだ胸を不思議に思いながら、思った事を口にした。
「――それにしても本当に仲良いのね」
「ね。初々しいよね」
「まあ、ナツだしね」
お子様だからね、と話題は昔の2人の事に逸れていく。
ナツの頬がほんのりと色付き、その視線の先には、リサーナが居る。
普段、男女の性差など微塵も感じていないナツが、唯一、意識するのはリサーナだけなんだと初めて実感した。
「リサーナの初恋はきっとナツだったのね」
それにナツもね、とカウンターの向こう側からミラジェーンの言葉に、今度は胸が苦しくなってきた。
「そう、なんだ。知らなかったな……」
どうしてそうなるのか分からないままに、曖昧に頷き、ルーシィは紅茶を一口飲んだ。
なおも続くナツとリサーナの話題に居心地が悪くなり、そろそろ帰るね、とギルドを出て自宅に着いて。一人になった時。
何故、あんな状態になったのかをようやく悟った。
妖精の尻尾の仲間は沢山いるけれど、ナツは他の誰とも違う。このままナツとリサーナが付き合う事になったら、もうここに遊びに来る事もなくなるだろう。
いつの間に、こんなにナツの存在が大きくなっていたんだろう。
――寂しい。
家を出てから、あまり感じなかったのに。
部屋の温度が下がったのか、それとも孤独感のせいか。ルーシィは震える体を抑えながら、星霊の鍵を取り出して、同じように震える友達を呼び出し、ぎゅっ、と抱きしめた。
ナツの一番はあたしじゃない。だから、もう甘えられない。同じように思って欲しいだなんて、望んではいけない。仲間の誰もが祝福する2人の邪魔は出来ない。
それから、少しずつ、不自然にならないように心掛けながらナツと距離を置くようにした。傍に居なくても大丈夫なんだと言い聞かせて。
でも同じチームである以上一緒に仕事に行かなくてはならない。
ルーシィは敵を倒して行くナツの背中を追い掛け、今までの事を思い出す。
時には助けた事もあるけれど、いつでも守られていた。ナツが居れば、自分は安心して闘えた。
仕事中だというのに。離れて行く事を決めたのは自分だというのに、視線はナツを求めてしまう。
だから、背後から近づく敵に気付けなかった。
「ルーシィー!! 何やってんだ!」
「え?」
ナツが覆い被さり、地面に強かに打ち付けられた直後、頭上から飛び出す火の柱が、辺り一面を焼き付くした。
「ったく、加減ってもん知らねえのかよ」
「っ、うるせえ!」
「おまえには困ったもんだ。後で仕置きだな」
「な、なんでオレだけ!」
「しょうがないよ、ナツ。」
あたしがぼんやりしてたからだ、と言い合う皆の輪に入れずにいたルーシィに気付き、エルザが慰めるように言った。
「これでは満足に報酬も出ないではないか。ルーシィ、今月の家賃は大丈夫か? ……どうした?」
「……あ、うん」
「やはり、足りないのだな?」
「っ! だ、大丈夫よ。ありがとエルザ」
結局、守られてばかりだ。あの頃の守られるだけの自分になんて戻りたくない。
隣に居れないのなら、せめて仲間として共に闘えるぐらい強くなりたい。
こんな調子では、本当にナツが居ないと何も出来なくなる。無意識に甘えてしまう。
――本当は、ナツの傍に居るのがツライから。傷つくのが怖いだけなのに?
分かってる。けど、こんな自分が嫌でたまらない。大好きなギルドの仲間の事まで裏切っているような気がして、自分が許せなくなる。
自分の奥底から聞こえる声に耳を塞いで――ルーシィは覚悟を決めた。
チームを抜けたいと、エルザとグレイには先に話を通した。ナツに言ったように、本当の理由は伏せたまま。最初は止められたけれど、あたしの決意が変わらないと知り、最後には納得してくれた。
――自分が納得するまで頑張れ。納得出来なくとも、疲れたらチームに戻って来い。いつでも私達はおまえの味方だ。それだけは忘れるな。
エルザの言葉が嬉しくて。本当は逃げでしかない事が申し訳なかった。
だから、この決断を無駄にしたくない。胸を張って、あたしは妖精の尻尾の魔導士だと言えるようになる。
それは、離れて行くナツに耐えられず、かといって気持ちを伝える勇気もない臆病なあたしの最後の意地で。
出来るだけ長くギルドを離れる仕事を選び、他に残された道をすべて塞ぎ。せめてこれだけは、逃げずに一人でやり遂げようと決めて、最後にナツに伝えに行ったのに。
――あんなに怒るなんて思ってもいなかった。
『オレの事を、どう思ってんだよ…っ!』
息が止まりそうになる。あれは、どういう意味?
仲間だと思われていない、そう勘違いしての発言だと、最初は思った。
ナツはリサーナの事が好きなんじゃなかったの?
なのに、抱きしめる腕の強さが、切ない叫び声が、胸を押した時の驚いた表情が。
期待していたから、そう感じたのかも知れないとは思えない程、真剣で真っ直ぐに――
全てが、ルーシィを求めていた。
「今更、どうしろって言うのよ……」
溢れる涙を止めるすべなど、何処にも無かった。
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by トム
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