じゅーまんだ企画`学ぱろリレー小説 | ナノ



鏡花水月さま
[じゅーまんだ企画`学ぱろリレー小説`]


※学ぱろ

***

揺れる琥珀に映る月は眩しい程輝いて、吸い込まれそうな闇の中を明るく照らす。
さらりと零れ落ちた金糸を撫でて、脳裏に浮かんだ過去を振り払うように伏せた瞳を固く閉じた。

「明日から新しい学校、か」

小さく零した声に呼応するようにぱちり、と部屋に明かりがついて。
スーツを身に纏った彼がにっこりと微笑む。

「まだ起きてるの?」
「…ロキ」
「眠れない?」

ゆっくりとベッドの端へと腰を下ろして。
幼い子を宥めるように問いかけるロキからはお酒と煙草と香水の匂いがした。

「今帰ってきたの?」
「うん、明日もあるからね」
「…なんだかどきどきして眠れないの」

恥ずかしそうに逸らされた視線と薄く染まった頬にロキは目を細める。
優しく乗せた掌にふわりと金糸が揺れた。

「大丈夫だよ」
「…ん」
「そういえば、バルゴが明日のお弁当は気合入れて作るそうだよ」
「ふ、普通でいいのに」

穏やかに告げられた声がじんわりと響いて、忙しなく鳴っていた鼓動が少しだけ落ち着く。
小さく頷きながらも照れ隠しに唇を尖らせるルーシィは頬を赤く染めた。
そんな彼女にロキは柔らかな笑みを浮かべて、口許を緩ませる。
こうして、眠れぬ夜は穏やかに明けていった…―――。

「だーーー!!寝坊したーーっっっ!!」

バタバタと騒がしい音を立ててリビングに駆け込んできたルーシィにいつもの鉄壁の無表情でバルゴが朝の挨拶をする。

「おはようございますお嬢様。本日の天気は晴れ、気温は25度、湿度は30%、花粉情報は…」
「そんなのいいから、早くお弁当ーーっ!!もう、何で起こしてくれなかったのよ!」

夕べ遅くまで寝付けなかったせいかすっかり遅くなってしまった。ルーシィは大急ぎで焼きたてのクロワッサンを頬張りながら同時に髪にリボンを結ぶ。焦っているせいでリボンの形がうまく決まらない。イライラしながらルーシィはバルゴに非難の視線を投げかけた。

「お嬢様が新しい学校になったら一人でお起きになるとおっしゃいましたので」
「ぅぐ…」

ルーシィの八つ当たりにも、幼少の頃からお世話係りを努めてきたバルゴにはどこ吹く風、その表情に何の変化もない。ルーシィもそう冷静に返されてはグウの音も出ない。

「そ、そうは言っても、初日なのよ、初日!まったく、転校初日なんて洒落にならないわ。ところで、…あれ?ロキは?」

そこでようやくルーシィはロキの姿が見当たらないことに気がついた。せっかく一緒の学校に転校したのに。

「ロキ様でしたら、先にお出になりました」
「ええーーー?」
「僕と一緒に登校したら騒ぎになってお嬢様が面倒な事になるだろうから、とおっしゃいまして」
「そ…そうか、そうよね…」

ルーシィはロキの心配りに関心しながらも、心の片隅に一抹の寂しさが湧き上がるのを抑えきれなかった。
ロキは人目を引く容姿に加え、あの年にして完璧なエスコートぶり、最近始めたバイトによりそのテクニックはさらに磨きがかかっている。
学校でのことはあまり話してくれないけれど、かなりモテているだろうことは想像に難くない。

「でも、そうよね、あたしだって今までの生活を一新するために転校してきたんだから、ロキに頼ってなんかいられないわ。よしっ!気合入った!行ってくるわね!!」
「ご無事のお戻りを」
「ありがとバルゴ、いってきまーす!!」

バルゴの出陣を見送る妻のようなセリフで見送られ、ルーシィは期待に胸を膨らませながら新しい学校へ向かって走りだした。

「あーんもう、転校初日から遅刻寸前なんてツいてないわ!!」

ぜいぜいと息を切らせて、ルーシィは新しく通う学校へと足を速めた。
肩からかけたかばんの中身が、がたがたと騒がしく音を立てたが、そんなことに頓着することもなく、ぎゅっとローファの踵を鳴らしてブロック塀に囲まれた曲がり角を曲がる。

その途端。

「いって〜!! 何処見て歩いてんだよ!!」
「歩いてないわよ、走ってるわよ!!」

まるで良く出来たコントのように、塀の陰から顔を出した少年と正面衝突を果たした。
良く見てみれば、その少年はお約束のように、口に食パンを銜えている。

あまりにもといえばあまりにもな展開に、ルーシィは一瞬遠い眼をしたが、すぐに我に返って、ぶつかってきた少年にぴしりと指を突き付けた。

「とにかく急いでるの。言い訳はまた後日改めて訊くわ!!」

出会い頭の正面衝突なら喧嘩両成敗だろうが、そんなこと知ったこっちゃない。
ルーシィは鞄を肩にかけなおすと、ぶつかってきた桜色の髪をした少年にくるりと背を向けて、再び学校へ向けて走り始めた。

ぽかん、と靡く金糸を見送って。
嵐のような唐突な出来事に数秒呆気に取られたが、不意に予鈴と思われる鐘の音が耳に入る。

「…――やべ、俺も遅刻するっ」

かじり掛けのパンを飲み込んで、彼女の走り去った方向へと地を蹴った―――。

「よかった、ギリギリセーフね」

ルーシィは時計を確認し、ほっと胸をなで下ろした。
荒い呼吸を整えながら校門の向こうに見える校舎を見上げる。以前通っていた超ウルトラお嬢様学校の校舎とは比べ用もないほど簡素だが、ちょっとクラシックな感じの色合いや洒落た時計台はとても感じがいい。

「ここが今日からあたしの青春を過ごす場所になるんだ」

転校にこぎつけるまでの長い道のりを思い、ルーシィがじーんと感慨にふけっていたその時、後ろから何やら薔薇の香りが…。

「Salut Enchanté、何という美しさ!夕べ見た夢の残像に出会ったようなスピリチュアルエレベーション!これはデジャヴといえるだろうか(翻訳=やあ、君、見かけない顔だけど転校生かい?)」
「ウザ!何こいつ!背中に薔薇しょってるし!」

目の前の男は完璧に創り上げられたリーゼントに気取った眼鏡をかけ、左手を胸に当てルーシィに跪いた。

「僕の名はラスティ・ローズ。お近づきの証にこれを我がアフロディーテに」

彼の髪の中からするすると取り出されたのは一輪の紫の薔薇。

「マジシャン!?」

ルーシィがこの怪しい薔薇を受け取ろうかどうしようか迷っていると、朝練を終えた柔道部らしき胴着を着た二人組がマラソンから帰ってきた。そのまま校門の正面に跪いていたラスティを虫けらか何かのように踏み潰す。
ラスティは「ぐえぇっ」と蛙の潰れたような声を出してべちゃりと地面に貼りついた。

「おお、ラスティ、悪いな、気が付かなかった」
「ジュラ先生、そんな馬鹿に構っているとスクワットと腕立て伏せの時間がなくなってしまいます」
「おお!そうだなアズマくん!!始業までの5分でスクワット100回、腕立て100回、やるぞ全国制覇のために!!」
「はいっ!」

二人はおもむろに上半身を脱いで見事な筋肉に汗を光らせつつその場でスクワットを始めた。

「ジュ…ジュラ先生…、アズマ…よくもこの美しい僕を…」
「…なんか、ツッコミどころ多すぎなんですけど〜…」

思い描いた青春ドラマのような学園生活のイメージが崩れていく…一瞬そんな気がしてルーシィは慌ててふるふると首を振った。
気を取り直して、視線を戻すとジュラと呼ばれた教師と目が合う。

「あのぅ…今日転校してきたんですけど、職員室は…」
「なんという悲劇的な運命!!これは愛し合うふたりへの試練だね」

個性的な髪形ばかりだ、なんて改めて感じながらもさっさと事務的なことは終わらせようと言葉を切れば、手慣れた仕草でラスティローズが両手を覆った。

「ちょ、いきなりなんですか!?」

手を握られたあげく、サングラス越しに見つめられ、図らずも頬に熱が集まってくる。
強引に振りほどく事も出来ずに、助けを求めて視線を彷徨わせても、先生もアズマと呼ばれた人も、こちらを見たままスクワットを続けて助けてくれる気配は無く。
あまつさえ親指を立ててくる2人に、生徒ならまだしも先生まで、とルーシィは頬が引きつるのを感じながら、薔薇の香りを漂わせるリーゼントに向き直り、意を決して口を開いた。

「あ、あの、」
「オイオイ、またやってんのか?懲りねえ奴だな」

突然降ってきた声に驚き、振り向くと、黒髪の男子が呆れた顔で立っていた。

(あ、この人は普通の髪型なのね…)

「やあ、グレイ」
「シャツくらい着たらどうかな」
「うおっ!?」

グレイと呼ばれた少年は上半身裸にネクタイを締めている。

(髪型は普通だけど、変態なんだー…)

なまじちょっと格好よかっただけにルーシィは残念に思った。それよりもこの手…。
試しにぶるぶると握られた手を振ってみるが、まるで粘着シートでも貼りつけたようにいっこうに離れる気配がない。ルーシィは必死になってぶんぶんと振ったがやはり離れない。

「ちょっとーー!?なにこれ!離して!!気持ち悪い!!」

「僕達の愛は例えオリンポスの神々とて引き離すことはできるものか。さあ二人の愛の舞台はもうすぐそこだ。行こうかアフロディーテ!」

ルーシィの腕をぐいっと引き寄せ、夢見るように校舎を仰ぐラスティの身体が強い力で引き離された。

「僕の幼馴染に手を出さないでくれるかな。ラスティ」

キラリと光った青いサングラスの男の後ろから「きゃーー!!」っ一斉に上がる黄色い歓声。

「ふん、きみか。相変わらず品がないね」
「きみに言われたくないな。このキザ男」
「フェロモン野郎」
「女ったらし」
「色ボケ男」
「どっちも相手のこと言ってるとは思えないわ…」

二人のあまりの低レベルの争いに呆れるルーシィの肩がぐっと引き寄せられた。

「転校生なんだろ?職員室に連れていってやるよ」
「あ、はい…ありがとうございます」

肩をつかんだのは先程の黒髪の男だった。
漆黒の瞳、髪…容姿だけを取るなら本当に格好良いかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら優しく引かれた手に倣うように歩を進めたが、溜息一つ。
ぴたり、と立ち止まる。

「その前に、服着て下さい」

夢見た学園生活には程遠い環境かもしれない。
ルーシィは諦めるように深い溜息を吐き出した。

「あーあ。素敵な出会いがあると思ったんだけどなぁ」

小さく零した声は誰に聞こえることもなく、廊下へと吸い込まれる。
彼は慌しくシャツを着直すと徐に首を傾げた。
そうしてゆっくりと腕を上げる。

「ここが音楽室」
「…へ?」
「で、あっちが体育館」
「あ、う…うん」
「一年の校舎は向こうだな」

廊下の窓越しに小さく見えた校舎に自然と頬を緩めれば、丁度タイミング良く始業の鐘が鳴り響いた。
忙しなく教室に入る生徒たちを横目に漆黒の彼は職員室と思われる扉を引く。

その途端、

「きゃっ!」
「ってーっ!」

ルーシィは中から飛び出してきた物体とぶつかった頭を押さえた。

「あれ?お前、さっきの…」

怪訝そうな声と共に間近で吊り目がちの瞳が覗き込む。その声、その桜色の髪…

「あーーーっ!!あんた、さっきのーっ!…つか、近あいぃぃーっ!」
「おっと!」

ルーシィが反射的に付き出した右手を少年は簡単に掌で受け止め、にかっと太陽のような無邪気な笑顔で笑った。

「お前、面白い奴だなー」
「あああんた、初対面のレディに対して、面白いなんて失礼よ!」
「ナツ、お前また呼び出しかよ」

呆れたようなグレイに、ナツと呼ばれた少年はぶすっと不機嫌そうに眉を顰めた。

「じっちゃんがどうしても来てくれって言うからさー」
「くぉらーっ!!学校では理事長と呼ばんかーーっ!大体お前が学校の塀を壊すからだろうがぁ!」

職員室の一番奥から小柄な老人がその体に似合わぬ威厳のある声で怒鳴るがナツはいっこうに動じる様子はない。

「だって、あそこが一番近道なんだよー」

ふて腐れたように答えるナツにグレイがバカにしたようにニヤリと笑った。

「だからって、何も壊すことはないだろうが。脳味噌に一つしか細胞ねぇだろう、てめえは」
「なにおーっ!?一個ありゃ十分じゃねーか!」
「馬鹿野郎、単細胞って意味なんだよ」
「朝から訳わかんないこと言ってんじゃねーぞ、この変態が」

睨み合う2人に職員室から喝が飛ぶ。

「いいから教室に戻らんか!この馬鹿たれどもが!!」
「おっと、一時間目体育なんだ、こうしちゃいられねぇ。グレイ、この勝負は昼休みに購買部でつけようぜ」
「おうっ!特製焼きそばパンはぜってー譲らねー!」
「あのー…あたし、今日転校してきたんですけどー…」

ルーシィの呟きは始業の慌ただしい雰囲気の中、誰の耳に入ることもなく虚しく職員室に吸い込まれて行った。
小柄な体で飛び跳ねんばかりに叫んだ老人は盛大な溜息一つ。
ぽつん、と入口に佇むルーシィに気付いた。

「む。転校生かのぅ」
「あ、はい」
「よろしくね!」
「……え?」

良かった、と安堵したのも束の間。
求めた対応とは裏腹に満面の笑顔で差し出された手を握り返しながらルーシィは肩を落とした。

「理事長、その子が僕の新しい生徒ですか?」

下げた視線を上げれば、まるでホストと見間違うような派手なスーツに整った髪形。
馴れ馴れしく肩へ置かれた手に身体を引き寄せられる。

「僕は担任のヒビキ。じゃぁ、遅くなったけど教室へ行こうか」

流れるような動作で促されるままに後へと倣って。
丁寧に案内される校舎の中をゆっくりと眺めながら漸く新しい学校なのだと実感が沸いた。
教室から漏れ聞こえるざわめきに耳を傾けながら静かな校内を進めば、くすりと笑みが零れ落ちる。

「ここが、君の新しいクラスだよ」

爽やかな程綺麗に微笑んだヒビキはがらりと扉を開けて、招き入れるように背を押した。
新しい教室は、以前通っていた学校なんて比べ物にならない程に騒がしい。
そう思ったのが最初の印象。
簡単な自己紹介、そして示された席。
隣には儚げに微笑む黒髪の少年。

「じゃぁ、ゼレフくんはルーシィさんにいろいろと教えてあげてね」
「よろしくね、ルーシィ」

ゼレフは俯き加減で恥ずかしそうにルーシィに微笑みかけた。

「こちらこそ、よろしくねゼレフ」

控えめで大人しそうな、少年…かと思ったけど…

(あれ?もしかして女の子…?)

どことなく中性的な感じがして、よく見れば女子の制服。スカートから覗く脚は白く長い。

(危なかった!ショートカットだから男の子かと思ったーー)

もう一度横目でちらりと横顔を確認すれば、同じくちらりとルーシィを盗み見たゼレフとぱちりと視線が合って、にこりと微笑みを交わす。

(ちょっと内気そうだけど、可愛い子だわ。いいお友達になれそう)

そして始まった一時間目。気のせいかゼレフは窓の外が気になるらしく、頻繁に外ばかりチラチラと見ている。
開け放した窓からひよひよと頭のてっぺんに立ち上がった癖っ毛が風にふわりと揺れた。
先生が資料を取りに職員室に戻った隙にルーシィは思い切ってゼレフに話しかけてみた。

「何見てるの?」
「え?あ…その…」

ひょいと校庭を覗けばランニングををしているクラスが見えた。その中でひときわ目立つ桜色の髪が目に留まる。

「あ、ナツだ」

ナツは先頭を馬鹿みたいな勢いで全力疾走している。ルーシィは笑いながらナツを指さした。

「あいつ、可笑しいわよねランニングで全力疾走するなんてさ。さっきも…」

--ガタリ---

突然ゼレフが椅子から立ち上がり、上からぞくりとするような冷たい視線でルーシィを見下ろした。

「ナツさんを笑う奴は僕が許さない」
「ひっ…?」

さーっとルーシィの全身が氷のように冷えていく。

「僕はこの学校において何かをする気はないよ。でももしナツさんを悪く言ったりしたら…」
「わわわ悪くなんて…別にそんな!!!」
(なにコイツー!???しかも…僕?僕って言った??)

「おーい転入生、ゼレフを怒らせると殺されちまうぞ、そいつ、中学では相当有名だったからな」

後ろの席に固まっていた男子生徒がニヤニヤしながら呼びかけた。

「ナツさんに手を出したら許さない」
「は…はいーーっ!」

最後にドスの利いた声でルーシィに囁くと、ゼレフはぷいっとそっぽを向いてしまった。

「びっくりしたでしょ?ゼレフくんって怒ると怖いからさ。あ、あたしレビィ」

前の席の青い髪の女の子が振り向いてクスクス笑いながらルーシィにウィンクしてみせる。

「えっ?…男の子?でも、スカート?ナツ…??」

まだ胸がドキドキしてる。どうなってんの?この学校…。
まだ転校初日、しかも一時間目?!

(とりあえず…、なんでスカート履いてんのよーー??)

新しく始まった学園生活は驚くことの連続で、`新鮮`なんて言葉では片付けられなかった。
騒々しい雰囲気もマイペースな教師たちも変わったクラスメイトたちも変態染みた上級生たちも全部。
唖然とすることも多いけれど、笑顔に包まれたこの学園がすぐに大好きになれそうな―――そんな予感が確信に変わる。

あれから数日経って、大分学園生活にも慣れてきた。
ロキは相変わらず家と学校では態度が違うし、クラスメイトのレビィたちとも少しずつ仲が良くなって転入初日に出遭った人物たちのことも少しずつ知っていく。
新しい生活は今までやったことのないことばかりで、大変なことも多く、朝は相変わらず慌しい。
けれど、バルゴやロキに手伝って貰いながら自分自身で出来ることが増えていく過程が充実していて嬉しかった。
緩む頬を押さえながらぱたぱたと小走りに学校へ向かっていると不意に正面に現れた見慣れた黒髪に声を掛けられる。

「よぉ、姫さん」
「あ、グレイ…ってなにその呼称」
「あ?だってお前んとこのメイドが弁当持ってきた時にそう言ってたから」
「バルゴ…」

肩を落として溜息ひとつ。
小さく零せば、ふわりと金糸が撫でられた。

「ま、ロキも言ってたしな。大事な子だって」
「…ロキのことも、知ってるの?」

立ち止まって見上げたその表情は、肯定も否定もせずにただ静かに微笑んでいて。
優しく揺れた瞳がロキみたいだ、なんて頭の片隅で感じているとくしゃり、と無造作に髪が混ぜられる。

「ほら、急がないと遅刻すんぞ」
「わ、本当だ!」

遅刻、という言葉に腕時計へ目をやれば、時刻は予鈴まであと五分と少し。
駆け出さんばかりに一歩踏み出してからグレイが反対方面へ向かっていることに気付いて足を止めた。

「って、グレイは?」
「…今日はちょっとな。野暮用」

彼は苦笑交じりにそう答えるとひらひらと手を振ってゆっくりと歩き出す。
その後ろ姿が少しだけ寂しそうで、ルーシィは何も言えずに黙ってゆらゆらと靡く漆黒を見送った。
気がつくとすぐに服を脱いでしまう変態。
だけど、黙っていれば格好良くて、脱ぎ癖さえなければ優しくて紳士的で言うことなし。
転校した日からずっと、会えば気遣ってくれて。
わからないこともひとつずつ丁寧に教えてくれて。
ナツとは折り合いが悪いみたいでよく喧嘩しているけれど、実は誰よりも面倒見がいい。
そんな彼の時折見せる遠い視線の先には、何があるのだろうか。

「ロキと、仲良いのかな」

思い浮かんだロキの笑顔に重なったグレイ。
ぽつりと零れ落ちた声は誰に聞こえることもなく静かに掻き消えて。
同時に鳴った予鈴に現実へ引き戻される。

「―――ち、遅刻しちゃう」

半ば焦り気味に地面を蹴って、曲がり角を曲がれば、まるでお約束のように勢いよく正面衝突を果たした。
衝撃に目の前が真っ白になって。
ごつん、とぶつかった額を押さえながら溢れ出る涙を余所に顔を上げれば、桜色が視界を覆う。

「い…ってぇ」
「――ったぁ」

互いに合わさった視線に目を丸くして、数日前の出遭い頭衝突を思い起こした。

「なんだ。ルーシィか」
「…あのね、なんだじゃないわよ」

満面の笑みで挨拶をするナツに盛大な溜息一つ。
文句のひとつでも言ってやろうと口を開いた瞬間、小さく、けれどはっきりと、本鈴の鳴り響く音が耳に届いた。

「…もう!ナツの所為で遅刻じゃない!!」
「なんだよ、俺の所為か」
「そうよ!」

口を尖らせて反論するナツへきっぱりとそう言い放って涙目のまま睨めば、彼は諦めたように嘆息する。

「仕方ねぇじゃん。こっちの方が近道なんだから」
「こっちって…裏庭の方」
「いあ、その手前」
「…あんたまた壁壊す気だったの?」
「…オレの邪魔する方が悪い!」
「何言って…、っいたたた」

ぶつかった額がジリジリと痛い。派手に鳴った音を考えると、赤くなってるのは多分きっと間違いないだろう。
はあ、とため息をつくとナツが驚いたように声を上げる。

「うわ、ルーシィでこ真っ赤」
「誰のせいよ誰の!」
「オレは平気だぞ?」
「あんたと一緒にしないでよ!?」

噛みつく勢いで文句を言うルーシィに、それをものともしないナツは笑いながら距離を詰めて。
覗き込むように近づいたナツに肩を揺らすと、額にゆっくりと影が落ちる。

「なんだっけな、あれ」
「ひあ…っ!」

意外にも骨ばった男らしいそれは額を優しく撫でるように触れて。

「…痛いの痛いのとんでけ?」

首を傾げて覗き込む仕草と同時に揺れた桜色。
見上げた表情は悪戯に笑っていて、釣られて思わず笑みが零れ落ちた。

「はーい、朝からほのぼの学園ラブコメはここまでにしてもらえるかな!?」

ほんわりとした空間の真上からピシャリと冷却水を噴射したかの如くふたりの背中をぞくりとさせたのは転入間もないルーシィにも瞬時に顔を思い浮かべる事が出来る人物だった。

「ひ、びきせんせー…」

ナツは不貞腐れた顔で、ルーシィは恐る恐る顔を上げると溜め息を吐きながら怒ったような困ったような顔をしてふたりを見下ろす担任の姿。

「なんでヒビキがここにいんだよ」
「ナツ―…先生と呼びなさい、理事長に言われてね!?これ以上壁を壊したらいくら君でも停学も辞さなきゃいけないよ?」
「そんで見張ってたのかよ!?」
「そろそろ生活態度を改めてくれないかなあ、先生は朝からいそがしいんだよ残念だけど君ひとりだけに構ってあげられないんだ」
「じゃあほっときゃいーじゃん」
「そうもいかない、僕の評価にも関わってくる事だし」
「うわ大人のじじょーってヤツかよ!?あーやだやだ大人って」
「―ナツ、朝10分早く起きるのと、強制的に期末考査オールAカリキュラム実践するのとどっちがいい?」

にこりと完璧な笑顔でヒビキが提案するとナツはぐっと言葉を詰まらせる。

ナツを黙らせるなんてさすが先生だわ、そうよ大体が粗暴すぎるのよね、ナツってば。
ルーシィがふたりのやり取りを密かにニヤリとしながら見ていると、ふとヒビキと視線がぶつかった。

「ルーシィ、笑ってる場合じゃないよ?」
「…え?」

にっこりと、爽やかな程綺麗に笑みを浮かべた彼は真っ黒な気配を背負っていて。
ひゅ、と思わず吸い込んだ空気が止まる。

「学生と言えば青春。別に登校中にいちゃつくのは構わないけれど…」
「い、いちゃついてませんっ!!!」
「いちゃついてねぇっ!!!」
「――息もぴったりで仲が良いのはいいことだけれど…」

淡々と告げられる言葉に自然と熱が上がっていき、言葉にならない音がぱくぱくと動かした口から発せられて。
どうにか言い訳を絞り出そうと空気を吸い込めば、見計らったようにヒビキが溜息を吐き出した。

「こんなお子様なナツよりは僕の方がいいと思うんだよね」
「……は?」

てっきり遅刻に対する注意なり説教が始まると思っていたルーシィには予想外の台詞がその甘い声で囁かれたと思えば、ふわりと身体が引き寄せられる。
すとん、と収まった腕の中で恐る恐る顔を見上げれば、彼は悪戯に笑みを浮かべてナツを眺めていた。
疑問が浮かぶままに首を傾げて、半ば茫然になりながらもその視線の先へ意識を向けると特徴のような桜色に負けない程に顔を真っ赤にさせたナツの姿が視界に映る。
怒っているようでも恥ずかしそうにしているでもなく、ただ呆気に取られているように眼を見開いて、次いで悔しそうに口許が歪んだ。
満面の笑みが印象に残る彼にしては珍しい表情だ、なんて呑気に感じながらその様子を眺めていると頭上から楽しそうな笑みが零れ落ちる。

「さ、ルーシィさん。学校へ行きますか」
「…せ、せんせー?」

呆気に取られて固まったままのナツを放置してくるり、と方向を変えたヒビキは爽やかな笑顔を崩すことなく、ゆっくりとルーシィの手を引いた。
唐突の出来事を理解しきる前に引かれるままその後へ数歩進めば、思い出したかのように歩みが止まる。

「あ。まずは壁を壊さないことから始めないといつまででも邪魔するからね?」

可愛らしく頭を揺らしたヒビキは真っ直ぐにナツへそう言い放つと再び綺麗な笑みを浮かべて笑った。
働かない思考の中で映る視界の景色はまるで知らない世界みたい、なんて思い浮かんだ言葉にひとり頬を染めて。
不意に冷静になった思考に次いで心臓がうるさく鳴り響く。
恥ずかしさを誤魔化すように俯けば、遠くで悔しそうな叫び声が聞こえてきた。

「な、なに…?」

止まらない足取りのまま横目に視線を向ければ、ヒビキが小さく溜息を吐き出して。
仰いだ空には白い雲が優雅に流れて、広がる青は太陽の光を映えさせる。
独り静かに過ごしてきた日々を思い出すこともあるけれど、慌しい毎日が笑顔を絶やさせない。


`わたしは元気に暮らしています。`


届くことのない手紙に今日も文字を綴ろう。









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*Special thanks*

*夏初月さま
*稲荷ギンカさま
*トムさま
*彼方さま
*ぎゃらさま

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鏡花水月のゆんさまより[じゅーまんだ企画`学ぱろリレー小説`]を頂いてきました。

リレー企画おつかれさまでした!前の時も楽しくて足繁く通ってました。今回も楽しみにしてたのですが、自分の下手な文章で雰囲気をぶち壊したら嫌だな、と思いつつドキドキしながら参加させて頂きました。ロキの立ち位置に興味深々でしたが、寝る前の会話にきゅんとしました。一緒に住んでるんだ、とかホストのバイトしてるんだとか色々考えながら、次の日。お約束の展開に、ナツキター!!とテンションが上がり、ラスティ・ローズが出てきたときのセリフに翻訳があって嬉しいのと、ルーシィの「マジシャン!?」ってツッコミに笑いました。その後まさかのジュラとアズマにやられました。楽しすぎる!ロキとラスティの会話も面白かった!ラスティ→ロキ→グレイの順にルーシィが渡っていくのがまさにリレーのバトンのようでした(笑)そしてナツとグレイのやりとりにニヤニヤして、気になっていた担任がヒビキだったので思わずメモで叫んじゃいました。イケメン好き。ゼレフの”僕はこの学校において何かをする気はない〜”のセリフが上手い!と思い、まさかの女装にまたしても笑ってしまいました。グレイの野暮用ってなんだろうと気になりながら、お兄ちゃんなグレイにロキを思い出すルーシィのあたりはドキドキしました。そしてナツ。いたいのいたいの!?……悶えたました。最後にヒビキ先生がきたあたりのやりとりがもう、ツボでし!ナツだけじゃなく、グレイとかロキにも同じように牽制してたりするのかな、とか思ったり。カウンターを回さないように気をつけてたので最後の見に行けてなかったんで、とても楽しみにしてました。特典のDVDっぽくてすごく面白かったです!ゆんさんの編集力が半端ない!*Special thanks*のところ、トムの所にも”さま”がついたままで、自分にさまをつけてるみたいで恥ずかしのですが、頂いた作品なのでそのまま載せますね(照)決して、おれさまは、とかいうキャラじゃないですよ?
ゆんさん十万打おめでとうございましたー!!

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