ゴキゲンな王子様
「ふーんふーんふふーん」
ゴキゲンな鼻歌とともに勢いよく扉が開く。
ひとときの冒険を終えて躍るような心のままに。王子様のご帰還である。
「シャルロット様ァ!」
玄関を開いて、すぐさま飛び込んでくる無数の声。
帰りの遅い主人の身を案じて、まだかまだかと待ちかまえていた部下たち。シャルロットの姿を目にして、その表情が一様に華やぐ。
「ドチラヘ行ッテラシタンデスカ!」
「心配シマシタ!!」
わっと押し寄せるように主を囲む、その様子はまるで親鳥を前にした雛のようだ。
そして彼らは主の嬉々とした様子に気付く。
「シャルロット様、ナンダカゴ機嫌デス?」
「うむ! 有意義な探索であったのだ」
よくぞ聞いた。そう言わんばかりの顔で、シャルロットは満足げに成果を語る。
「チキューはなかなかに趣深く良いところであるな。なにより美味である。ワタアメとかタイヤキとか、実におもしろい食べ物なのだ!」
「ワタアメ……タイヤキ……? ステラステルデハ聞イタコトノナイ響キデスネ」
「うむ。こんどお前たちにも持ってきてやるのだ」
「オオー、マコトアリガタキ!」
「それに、良きチキュー人にも出会ったのだ。我の家臣候補としてなかなかに悪くない」
「家臣候補……!?」
我々を差し置いて地球人が? という顔で一同はシャルロットへと不安げに視線を送る。
「心配するでないぞ。我は部下を大事にする。我が星よりともに運命を果たしにきたおまえたちを邪険にすることはしないのだ」
「シャルロット様……ナント素晴ラシキ我ラガ王!」
バンザーイ!
王子を称えるコールが巻き起こる。
「ふっふー! もっと敬うのだ!」
それを受けてますます得意になったシャルロットは鼻高々にふんぞり返る。
このまま登り調子で龍にすらなれそうなシャルロットであったが、もちろん彼を称える声だけがこの場にあるわけではない。
「シャルロット様。いったいどちらに行っていたのですか?こんな遅い時間まで遊び呆けるとは。どのようなお考えで?」
体感温度が下がりそうな、淡々とした声が後ろから聞こえてくる。
せっかくのよい気分が台無しだ。シャルロットはむっとして、振り向かずに答える。
「……ジルか。我自らチキュー探索に赴いたまで! 将来支配することになる星を知ることは当然のことなのだ。文句は言わせないのだ」
「勝手な行動は困ります。我々には計画があるのです。綿密に組み立てた計画を貴方が滅茶苦茶にしてどうするのです」
「むー! なんでそんなこと言われなくちゃならないのだ! 我は王としてのつとめを果たしただけなのだ」
ジルドレは王から直々に補佐を命じられて侵略に同行している。それゆえにシャルロットへの態度はほかの部下たちに比べて厳しい。叱られるよりも誉められたいシャルロットにとってはどうも面白くない相手だった。
その物言いにシャルロットは思い切りむくれて反発の意を示す。しかしそれに動じるジルドレではない。
「その王が真っ先に討たれる様なことがあったらどうするのかと聞いているのです。侵略が失敗に終われば、ステラステルは希望を失う。腐っても貴方はステラステルの後継。星の未来を背負っているのです。その自覚がおありですか」
「ぐちぐちやかましいのだ! それくらいわかっておるもん! 我はこうして無事であったし、侵略は順調! チキュー人は我らの影におびえきっておる! 問題はないのだ」
「……はぁ」
「ため息をつくでない!」
「まったく、父君はあんなにも聡明でおらせられるのに。どうして……まあ良いでしょう。今後、勝手な外出は控えるように」
冷ややかな視線を残して、ジルドレは去っていく。
「べーっ、なのだ!」
その背中に全身全霊の悪態をつくシャルロット。
「ジルは頭が固いのだ。ガッチガチなのだ。それではステラステルの未来もガッチガチになってしまうのだ。それに、厳しいばかりで敬意が足りない。もっと我を見習って愛想をふりまくとかすればいいのに!」
それはそれで気持ち悪い気がする。
想像して背筋が寒くなる。
「ジルなんてもう知らない! ……そういえば、ナオはいないのか?」
「直央殿デスカ? 朝カラオ出カケサレテイルヨウデスヨ」
ジルを恐れてか、いつの間にかどこかに隠れていた部下たちがぞろぞろと顔を出す。
「ふーん、つまらんのだ」
土産話でも聞かせてやろうかと思ったのに。シャルロットは唇を尖らせる。
理由は知らないし興味もあまりないのだが、直央は家を空けることが多い。広い屋敷ではあるが、たまに来る掃除婦を除いて彼以外の人間がこの家にいるところを見たことがない。
そのお陰で壊れた宇宙船を庭に隠しつつ、大所帯が隠れ住んでいても問題がないのだが。
「直央ももっと我を構うべきなのだ。そう思うのだ?」
「ソウデス! ソノトオリデス!」
「やはりそうであるよな! ……まあよい、我は部屋へ戻るのだ。皆、ご苦労であったのだ」
「ハイ! オツカレサマデシタ!」
部下たちに見送られながら、少しふてくされたシャルロットは二階へと階段を上る。 長い廊下の端っこ。角にある一室を空けると、シャルロットの自室が広がっている。それは従来その部屋が有するであろう空間を大きく越えた、物理的にねじ曲がった空間であった。
元々ある部屋を塗り替えて、宇宙船とリンクさせることで屋敷にいながら宇宙船の部屋を利用できるようにしたのだ。これもすべてステラステルの技術である。
いろんな星から集めたお気に入りで埋め尽くされた部屋。遠い惑星で発掘された那由多の輝きを放つ鉱石や、昔父親に買ってもらったプレゼントのぬいぐるみ。ほかにも様々な珍しさや思い出で飾り付けられたお気に入りの場所である。
星の雲から作られたふかふかのベッドに身体を沈ませて、サイドテーブルにおいてある日記帳をひらく。
地球に来てからの出来事はすべてここに記されている。母星にいたときから日記を書くのはシャルロットの日課であった。母親に言われたことがきっかけだったが、将来伝記を書いたり博物館が建ったときのために記録は欠かせないと気付いてからはより熱心に記すようになった。
右手に握るのは直央からもらった鉛筆。シャルロットはこれを非常に気に入っていた。文字を記す道具という物は当然ステラステルにもあるが、紙に黒鉛を擦り付けることで記録する独特の書き心地は味わえない。書けば書くほどどんどん減っていくというのも面白く、これまで何かを記してきたという軌跡を物語るようで好きだった。
おもむろにページを開いて今日の出来事を綴っていく。
すれ違ったいろんな顔の生物。雑多でありながらもきらきらと輝く町の景色。
そして、出会った一人の人間。少しばかり子供扱いが過ぎるような気はするが、穏やかで寛容。けして悪くはない。あの人間はきっとよき家臣となるだろう。短い交流の中で、シャルロットはそんな予感を抱いた。思い出すと、また口元が綻びそうになる。
ああそれよりも、チキューはとても美味であった。
一口食べれば口の中に広がる幸福。全身をふかふかであたたかい毛布で包み込まれたような、至福の時間。
多くの星の美味しいとされる食は堪能してきたグルメな舌を唸らす食文化。簡素でありながらも奥深く。形にとらわれない無限の楽しさが広がるようだった。彼は思った。この星がステラステルと名を変えても、この文化は守らなくては。今日であった料理人を城お抱えのシェフにするというのも悪くはない。
「むふ!」
想像が膨らみ笑いが漏れる。
無事に侵略を達成した暁には、父上と母上、そして星に残った配下にも食べさせてやろう。きっとよろこぶに違いない。
「うむ! 決めたのだ!」
――我はこの星が気に入った。チキューが好きだ!
何が何でも絶対に、この星を我のものにしてやるのだ。そうすればステラステルの王位を継いで、愛すべき文化を守っていくことができる。
「みておれチキューの民よ。貴様等を守り導く真の王が誰なのか。今にわからせてやるのだ!」
星色の瞳は超新星のまばゆさのごとく燃えていた。
ここから宇宙史に残る快進撃がはじまる。
……かどうかはまた別のお話で。