ヒーロー短編 | ナノ





秘めた想いはひとかけら

 ああ、ああ。どうしよう。

 心臓がばくばくと脈打つ。不安と後悔、かすかな期待が心中でせめぎ合って、いまにも爆発しそうだ。火照る頬の温度を両手の平で感じて、私は自室のベッドでごろごろと転がる。

 ついに渡してしまった。あいつへの思いを込めたチョコレート。

 幼馴染みの私たちにとって、何の変哲もなかったはずの習慣。
 それはずっと、日々の感謝を渡す日だった。友達やお父さんに渡すのと同じように、何気なく。喜んでくれればうれしいなと、その程度の気持ちだった。
 けれど、今年は違う。
 いままでのチョコレートとは全く違う、新しい気持ち。苦くて苦しくて、だけど心躍る。高まった気持ちを溶かして固めて。やっとできたハートの形。
 渡したことのなかった初めての形に、あいつは気づいてくれただろうか。

 どきどき。

 考えるだけで居ても立ってもいられない。
 枕に顔を埋めて、こみ上げる感情を呻く。

 気づいて欲しい。
 気づかないで欲しい。

 相反する気持ちが、ぐるんぐるんと渦巻いて。
 苦しいったらありゃしない。

 やだやだ、もう。
 胸がいっぱいで、勉強も何にも手に着かない。
 渡さなければ良かったかな、なんて後悔すらわいてくる。
 なんで私がこんな気持ちにならなければならないのだ。心苦しさがあいつのせいなんて、なんだか悔しい。

 明日になれば、あいつと顔をあわせれば。
 嫌でもわかる。チョコレートの感想。

 知りたい。
 知りたくない。

 でもやっぱり、どうしようもなく気になってしまう。

 閉めたカーテン、窓ガラスの向こう側。
 あの部屋で、いまごろあいつは何をしてるだろう。チョコレートの中に紛れた小さな気持ちを、見つけてくれた頃だろうか。

 明日にならずとも、この窓をあければあいつに会える。
 すべて冗談に隠して、誤魔化してしまうこともできる。
 
 でも。

 やっぱり私はどうすることもできない。
 誤魔化して笑ってしまうには、この気持ちは大きくなりすぎたから。
 込めた気持ちは本物だから。偽りにはしたくない。


 この想いが届いても。
 届かなくても。
 
 ただひたすらに、激しい感情の揺らぎに耐えて明日を待ちわびる。
 密やかなる心の形は私の本当の想い。それが少しでも伝わりますように。味わい深いものでありますように。
 明日会う君の笑顔がいつも以上に輝いていることを、今はただ小さく願う。
  
 今はこれで精一杯。
 けれどいつか、チョコレートに隠した想いを、言葉にして伝えられたなら。
 そんな未来を思い描いて、とたんに恥ずかしい。
 甘くてほろ苦い、特別な日は過ぎ去ってゆく。高鳴る鼓動に、君への想いを噛みしめて。