ヒーロー本編 | ナノ

1

 キーンコーンカーンコーン。
 今日も変わらず、いつもと同じ時間でチャイムは響く。
 お昼休みの始まりを告げるその音に生徒たちはどこか浮き足立って、次々と席を立っていく。購買へ行くもの。廊下や中庭といったそれぞれのいつもの場所へ向かうもの。机の上にそのままお弁当を広げて、集まってくる友達とくだらないおしゃべりを始めるもの。人それぞれの自由な時間。
 教科書を机に閉まったわたしは、午前の授業で凝り固まった筋肉をほぐすようにひとつ大きな伸びをする。気の抜けたその時に、空腹のおなかがぐぅ、と間抜けな音を立てた。
「今日も盛大なこって」

 お弁当袋を片手に、いつものようにやってきた小彩がにやりと笑った。

「仕方ないでしょう、空腹を知らせる重要な身体の警告音なんだから!」

「はいはい。危機迫る智沙子ちゃんの腹の虫を早くおさめてあげないとねー」

「小彩だってなるでしょう!」

 前の席の椅子をくるりとわたしの机に向けて、そこに座った小彩がお弁当を広げ始めた。その口元は未だ愉快さに歪んでいて、どこか人を馬鹿にしたようだ。

「わたしは自分の腹の虫の管理はちゃんとしてるの。授業の合間に小腹を満たしてあげてるからね。あんたみたいに無様な醜態は晒さないのよ」

「腹の虫にそこまで言うか――むぐ」

 突然口の中に放り込まれたプチトマト。
 じゅわりとあふれる果汁が、それ以上の文句を喉の奥に封印する。
 口を塞ぐだけでなく、苦手なプチトマトを人に押しつける。小彩の常套手段だ。
「ほら、智沙子も早いとこお弁当準備しなよ。食えるときに食う。戦士の常識でしょう」

「もぐ――、戦士じゃないし」

 プチトマトを呑み込んで、突っ込みを入れる。
 それから彼女に促された通り、お弁当を広げた。
 キャラクターの絵があしらわれたカラフルな色合いの弁当箱。お気に入りの蓋を開けてみると、その愛らしさは失われ、質素な茶色一色に染まっているのだが。
 一方で小彩のお弁当は彩りが豊かで、栄養バランスも整っている。定番の唐揚げから、ふんわりふっくらの卵焼き。先ほどのプチトマトをはじめ、レタスやブロッコリーといった瑞々しい野菜達も堂々と自らの役割を果たしている。真っ白なご飯はさめても艶やかで、真ん中に君臨する梅干しはまるで天板付きのベッドに眠るお姫様のように高貴で誇りに満ちている。
 いつ見ても美味しそうだ。自らの弁当と並べてしまうのが申し訳なくなるほどに。朝の時間がないと言うのは言い訳にしかならない。なぜなら小彩は、毎日の朝練をこなしながらこの素晴らしいお弁当を作ってきているのだ。しかも、激しい運動量に見合うように大きさはかなりのビックサイズ。これをぺろりと平らげて、かつそのすらりとしたプロポーションを保っているのだから、頭が上がらない。我が友達ながら天晴れだ。
「っていうか、プチトマト苦手なら入れてこなければいいのに」

「何いってんの? プチトマトの味は嫌いだけど、お弁当におけるその存在感は好きなのよ!」

「意味わかんない」

「っていうか智沙子お弁当それだけ? そんなんじゃその腹の虫は満足しないでしょ」

「節約だよ。今月いろいろ厳しくて」

「そうか……そんなかわいそうな腹の虫のために、もう一個プチトマトをあげよう」

「いらないよっ」

 そんな他愛のない会話をしながら、お昼の時間はすぎていく。
 些細な話し声や、物音が合わさって教室は賑やかな喧噪に溢れかえっていた。
 しかし、その喧噪は突然の来訪者によってかき消される。
 ガラッ

 教室前方のドアが勢いよく開け放たれる。その瞬間、ぴたりと教室の時が止まる。
 静まりかえった教室が一斉に開かれたドアを見た。そこに立つ人物に、皆が息を呑む。
 凍てつく氷を思わせる鋭い眼光が、教室内を睨んでいた。サイドに三つ編みをあしらったふわりと揺れる軽やかなボブヘアーの女子生徒。胸元に輝く校章のデザインは上級学年、さらに上流特進学科を意味する意匠があしらわれていた。
 普通であれば、こんなところに現れるような存在ではない。エリート学科が一般学科の校舎に現れることなどこの学園では滅多にないことなのだから。
 教室内を震撼させた理由はそれだけではなかった。ひときわ目を引くのは彼女の左腕。そこにつけられた腕章には『生ト会』という文字が刻まれていた。
 雪の積もった静かな朝に響く、夜明けの鐘の音。
 教室に響いた彼女の声をたとえるなら、そんな音色だっただろう。
 凛然と、彼女は告げた。
「――井上智沙子。生徒会室に来なさい」


ようこそ! 尚陽学園生徒会


 一体何がどうして、どうなればこんなことになるのだろう。
 前を歩く生徒会役員の背を追いながら、わたしの心中は刑を待つ罪人のような気持ちでいっぱいになっていた。嫌な汗が全身から吹き出して、自分が今息を吸ったのか、吐いたのかも判らなくなる。呼吸困難に陥りそうになりながら、必死で思い当たる罪状を探す。
 も、特に何も心当たりがない。
 高校生活、目立った功績はないが、その分悪事もしていない。あるとすれば始業ギリギリ登校や、授業中の居眠りが何度か。でも、それくらいなら大体の学生の通る道だ。わざわざ名指しで、生徒会に呼び出される程のことではない。
 
 尚陽学園生徒会。
 エリート学科と一般学科、二つに分かれるこの学園を束ねる生徒達の代表組織である。基本的な役割はどこの学校にもあるごく普通の生徒会と同じものだが、我が校の生徒会は特殊な点がいくつか存在する。
 その一つが、役員の選ばれ方だ。通常の学校であれば、生徒会役員は自発的に立候補した生徒たちの中から投票によって役員が決められる。けれど、この学校の生徒会役員は選ばれた一部の生徒たちのみしかなることが許されないのだ。
 詳しい選出基準はわからないが、現状この学園で生徒会に選ばれる資格がある生徒はエリート学科の生徒のみ。わたしたちのような、後から学園に入ってきた一般学科の生徒には立候補することができない。
 そしてもう一つの特殊な点。これこそが他の生徒会との最大の違いかもしれない。それは、現在の生徒会のメンバーだ。普通であれば、会長や副会長の他、会計や書記といった役割を担うメンバーで形成されるのだが、我が校の生徒会はたった二人の人間で成り立っている。
 そのうちの一人が、今私の目の前を歩いている女性。
 彼女の名前は五十嵐麻織。生徒会書記にしてただ一人、生徒会の腕章を掲げることを生徒会長に許された存在。凛とした立ち姿。所作のひとつひとつから漂う品の良さ。洗練された容姿から見て取れる、明瞭たる英知。生徒会長の右腕を担う、選ばれし人間だ。
 後ろ姿だけで、ぴりりとした威圧かんんを感じる。自分とは住む世界が違うのだと、ひしと感じる。後ろをついて歩くことすら、恐れ多く思えてくるほどに。
 そして、もう一人の生徒会役員。彼こそがこの学園を束ねる最高の存在。唯一にして絶対。けして折られることのない堅牢かつ剛毅な幹。それが――
 目の前にある扉。
 他の教室の扉とは異なる、片開きの一枚戸だ。上質な素材で作られているのであろう、深みのある焦げ茶色の木の質感が高級感を漂わせている。自分が通う学校の一部であるとは、にわかには受け入れがたかった。
 掲げられている『生徒会室』の文字。全身がこわばるような気がして、ごくりと唾を飲み干した。
 迫り来る重厚感に押しつぶされそうなわたしの心境とは裏腹に、軽いノックの音が響く。心の準備もなにも、全くできていなかった。
 無情にも、扉は開かれる。
「失礼いたします。お連れしました」

 一礼の後、五十嵐先輩が室内へと進む。
 内側でドアを押さえて、こちらに入るように促す。
 頭の中はもう真っ白だ。先ほどから呼吸もままならず、脳にうまく酸素が送れていない。できることなら逃げ出したいが、そんなわけにも行かない。
 覚悟を決めて、わたしは一歩を踏み出す。
 
「し、失礼します……」
 目の前に飛び込んできた光景は、ドアを開く前よりもさらに異質さを増していた。汚れ一つない真っ白な壁に、ぴかぴかに磨き抜かれた床。目に映るもの全てから、上質感が漂っている。足下に敷かれたのは異国の紋様があしらわれた絨毯。その上にあるアンティーク調の応接テーブルと、皮素材のソファ。壁に沿うように置かれた天井まで届きそうな本棚の中には、分厚い本がびっしりと詰め込まれている。
 窓に面して置かれたデスクはこの部屋全体を見渡せるような配置になっており、数多くの書類やファイルが効率的かつ規則正しく並べられていた。
 広さにしてみれば通常の教室より、僅かに小さいくらいだろうか。それでも、一生徒に与えられた部屋にしては十分すぎる広さを持っている。生徒会室というよりはどこぞの大企業の社長室といった方がしっくりくる。
「お前が井上か」

 心臓を捕まれたような息苦しさが一気に全身に走り、身体が強ばる。
 デスクの奥、背を向いていた椅子がゆっくりとこちらに回転する。
 そうして現れたこの学園の幹。すべてを支配する、王とも呼べる存在。
 ――生徒会長、槙尚直央。


 ◆
 この学園において、彼の存在は絶対的なものである。
 私立校である尚陽学園はその方針の全てを最高権力者である理事長によって決められている。その一言で全てが始まり、すべてが無に還る。いわば神のような存在だ。 そして、その神は自らの一人息子をこの学園の王と定めた。
 一般生徒はおろか、教師すらたどり着くことの許されない孤高の頂。そこにある玉座にひとり君臨する王様。それが、生徒会長である槙尚直央だった。
 
 ずっと、遙か遠くの壇上の上の存在だと思っていた。あまりにも遠く離れていて、この目にその姿を映すこともない、自分とは別の世界の人間。そう思っていたのに。
 身体が震えた。全身の毛穴がきゅっと引き締められる、畏れとも言える感覚。
 こちらの全てを見透かし、一瞬で心臓を射抜くような鋭い眼光。整った輪郭のなかで調和を生む、まっすぐに伸びた鼻梁と形の整った薄い唇。どこか日本人離れした美しさと、生まれ持った高貴さを感じさせる威風堂々とした佇まい。
 何よりもひときわ目を引くのは、まばゆささえ感じさせる金色の髪。太陽もつ豊かな熱情と、月のもつ凛と静かな才知。その二つの輝きを黄金の中に閉じこめたような、世界を統べる王様だけがかぶることを許された冠のような。そんな美しさが目の前にあった。 
 暫く、呼吸を忘れてしまっていた。息苦しさにはっとして、わたしは現実に意識を引き戻す。緊張も何もかも吹き飛ぶほどに、思わず見入ってしまった。これでは、校内イケメンコンテストぶっちぎりのナンバーワンも納得だ。8位の幼馴染みとは次元が違う。彼は本物の、神様が選んだ一握り。頂点に君臨することを許された存在なのだ。
 そう思うと同時に、ますますわからなくなる。
 どうして自分なんかがこの場所に呼ばれたのだろう。
「お前が井上智沙子か」

 やはり何かの間違いではなかろうか。その考えはあっさりと否定された。永き時間の中、大海を往く氷河のように静かで落ち着いた、堂々たる声がわたしの名前を呼ぶ。
 身体中の筋肉が緊張感に押しつぶされそうだった。思い切り力を込めた口元が、ぎゅっと歪な一文字を描く。
 生徒会長はすっと立ち上がると、すらりとした体躯を姿勢良く伸ばして、品定めでもするかのようにわたしをじっと見下ろす。まるでライオンに睨まれた野鼠のような気分だった。鋭い牙を首筋にあてがわれているようで、生きた心地がしない。
 いっそひと思いに補食してほしい。そう思ったときだった。生徒会長の口元が、ゆるやかに綻びを生じた。それは、盤上全てを見下ろす王様が数ある手駒の中からチェックメイトの一手を選び取るような、愉悦的で余裕に満ち足りていて、冷徹な微笑みだった。
 そうやって告げられた言葉は、彼にとっては戯れでほんのささやかなものだったのだろう。
 しかしわたしにとっては平凡を覆す、とんでもない宣告だった。
「本日よりお前を、生徒会役員に任命する」

「……へ?」

 思い切り間の抜けた声が飛び出してしまった。
 ドアの横に立っていた五十嵐先輩が眉をひそめている。
 いやでもしかし。変な声がでても仕方がない。今、生徒会長は何を言った?
 わたしが、生徒会?
 ――そんな馬鹿な。

 変な夢だなあ、そう思って頬を抓る。
 しかし何故だかじわりと広がるのは鈍い痛み。なかなかにリアルな夢だ。ならばもっと強く抓ってみよう。
「痛たた……」

「何をしている」

 液体窒素のような声と、怪訝を通り越して不快感を露わにした侮蔑と哀れみの視線がわたしを刺す。頬の痛みも、このいたたまれなさも本物だ。夢なんかじゃない。

「す、すみません」

 あわてて姿勢を正したわたしを、生徒会長は冷めきった視線でもって打ちのめす。こんな視線を人から向けられたのは初めてだ。普通であればそれなりに腹が立つものだが、相手があまりにも圧倒的なせいか苛立つ感情よりも先に、申し訳なさが油田のごとく溢れ出てくる。

「返事はどうした。一般学生。俗物は礼節すらわきまえていないのか?」

 驚くほどにストレートな物言いに、返す言葉を見失う。
 噂には聞いていたが、なんという傲慢不遜。先ほどまで心中で溢れかえっていた申し訳なさが、あっという間に枯渇し。一転して腹立たしくなってきた。
 突然呼び出しておいて何の説明もなしに。初対面の相手に対してここまで高圧的な態度をとるなんて。礼節をわきまえていないのはどっちだと言い返してやりたくなる。
 とはいっても、相手は王様。そんなことをしたらこの先の穏やかな学生生活とは未来永劫おさらばだ。自らの感情はぐっと呑み込んで、冷静にならないと。
 
「あ、えっと。生徒会長。お言葉ですが、わたしが生徒会役員ってどういうことです? なんのことだか、さっぱりわからないのですけど」
 話が突飛すぎて、状況の理解はまったくできていない。
 いきなり生徒会役員だ。などと言われて、理由もわからずに二つ返事で承諾できるはずもない。わたしには聞く権利があるはずだ。
 おそるおそる、でも果敢に。わたしは問いかける。
 生徒会長はそんなことも判らないのかと言いたげな視線をこちらに向けて、ゆっくりと椅子へと腰を下ろした。デスクに両肘をつくと、指先を顔の前で交差させる。
「……体制の見直しだ。元来、この学園の生徒会は学園設立に関わった一部の家計の生徒たちからのみ選出される。しかしながら、一般学科の流入に伴った生徒の質の多様化
によって、従来の閉鎖的な体制を見直す必要が生じている。それに対応するために、一般学科生徒を生徒会に引き入れ、その総意を反映させることにした」
 もっとこう、わかりやすいように言ってほしい。
 頭の中でクエスチョンマークが踊る。
「そこで、一般学科からランダムで生徒を選出し、生徒会の一員として活動させることに決めた。選ばれた生徒は一般学科の代表として学園を動かすとともに、生徒会の目として同学科の生徒たちを監視する役割を担うこととなる。それが、お前というわけだ。井上智沙子」

「ちょっと、待ってください」

 大まかな事情と背景はなんとなく理解した。けれど納得はできない。
 どうしてわたしなのだ。
「もっと適任がいると思います! 頭が良かったり、いろんな事情に詳しい子は一般学科にもたくさんいます。わたしみたいな凡人の極みみたいなのより、他の子を選んだ方が生徒会的にも有益だと思います。それこそ、選挙をするとか……」

「お前に拒否権はない」

 ばっさりと、生徒会長はわたしの言葉を両断した。

「勘違いをするな。あくまで選出の権限を持つのは生徒会だ。一般学科で生徒会選挙など行ってみろ、今まで選挙権を与えられていなかった特進学科の生徒の反感を買うだけだ。それに、自らを凡人の極みと称しておきながら、その言葉が俺の決定を覆すだけの力があるとでも思っているのか? 笑わせる」

 反論の言葉も出てこない。ぐっと息を呑み込んで、それでも承伏しかねる不満を押し込めたわたしの瞳を、生徒会長は流暢にあざ笑う。

「今回の選出はランダムではあるが、ある程度の条件を設けた上で行っている。生徒会業務を行うことで、勉学や部活動どいった学生生活事態に大きな影響が及ばない、といったように。それに、余りに交流関係が広く、密な者を選出してしまっては総意の中に私欲が混じりかねない。我々も、身内の中に反乱分子を抱え込むつもりはない。あくまで生徒会に従順であり、能力も特出しすぎない有能な手駒を選出した結果だ」

 まったく誉められていない。むしろ馬鹿にされているとしか思えない。
 そんな風に言われてわたしが従順な手駒になると本気で思っているのだろうか。だとしたら失礼にも程がある。無理矢理力で押さえつけたとしても、それはただ反感を買うだけだ。わたしだって、従う気は毛頭ない。
 そんなわたしの反発心を見透かしたのだろう。生徒会長の視線が鋭さを増す。
「拒否権はないと言っただろう。今、この時をもってお前は生徒会の一員として任命された。書類も承認印を貰っている。拒否したとて、手遅れだ」

「な……」

 生徒会長が差し出した一枚の紙にはわたしの名前と、生徒会役員として任命されたことを示す文章。そして校長や理事長の判子がしっかりと押されている。

「そんな勝手な……」

 悪質企業の勧誘よりも質の悪い、ダークマターもびっくりの手口だ。ていうか、これはありなのか。本人の意思そっちのけの決定が通るなど、許されていいものじゃない。
 認めてたまるものか。異議を唱えてやる。真っ向から戦ってやる。
「勿論。それなりの特典は用意している。内申点プラス。限定区域への立ち入り許可。授業料の免除……」

「授業料の免除!?」

「悪くない条件だろう?」

 なんて現金なのだろう。自分の愚かしさが悲しくなってくる。先ほどの決意はぐらぐらと歪んで、戦う意志はデコピンで吹き飛ぶほどに軽薄だ。
 でも、学費の免除は偉大すぎる。一般人に門戸を開いたといっても、ここは金持ち私立校。学費は家計を圧迫するし、アルバイトを探さなくてはと思い始めていた時にこの誘いは甘すぎる。魅力的すぎる。
 劣悪条件の中最低賃金の仕事を強いられると思えば、ちょっと責任を背負うだけで学費の悩みとおさらばできるのは安すぎる代償だ。
 ぐらぐらゆらいだ葛藤は、生徒会側へ完全に傾いてしまった。そもそも、わたしに拒否権などないのだけれど。まんまと丸め込まれてしまったのだ。
 こうして下した決断が、自分の首を絞めることになるなんて。甘い誘惑に捕らわれたわたしはそんなことを思いもしなかったのだ。