タイトル未定
『正義の味方』
それは、わたしたちの夢。
夢を背負って、希望を背負って戦い続ける。わたしたちのヒーロー。
それは夢物語。
世界を守るヒーローも、そんなヒーローが存在する世界すら。
わたしたちの生み出した、ただの夢。
そう、思っていた。
ごく普通の高校生が正義を背負うに至った理由
「正義の味方……」
わたしは、彼の言葉を繰り返していた。
言葉にすると、なんとも非現実的でおかしな事のように感じられる。
だけどわたしは知っているのだ。目の当たりにしているのだ。これは、本当のことなのだと。
「お前も見ただろ、昨日お前を襲った怪物。あれの正体は宇宙人なんだ」
「宇宙人!?」
正義の味方、宇宙人、つぎつぎと並ぶ単語はなんとも現実的ではない。
わたしが昨日出会ったあれは、きぐるみでもコスプレでもない。宇宙人だというのか。にわかには信じ難いが、これもまた鮮明に思い出せるわたし自身の記憶が事実であることを裏付けている。
「あいつみたいな宇宙人がまだまだいっぱいいて、そいつらから地球を守るために俺たちは戦ってる。そういうわけなんだよ」
「宇宙人から地球を守るって……それってどんなSF作品よ。っていうか、なんで淳平が?」
ただの幼なじみでなんの変哲もないごく普通の男子高校生だった淳平が地球のために戦っている?
事実だとわかっていても、なんとも突拍子のない話だ。まるで夢でも見ているような感覚がして、どうにもすぐには受け入れられない。
「嘘みたいな話だけど、淳平君の言ってることは全部事実なのよ。彼だけではない、わたしと、そこにいる託仁も正義の味方として戦ってるの」
「たまきちゃんも……?」
人気モデルの裏の顔は、宇宙人と戦う正義の味方。
まるでどこかの映画の設定のようだと笑い飛ばしたくなる話だが、それを語るたまきちゃんの表情は至って真剣。とても冗談を言うようなものではない。
「俺たちは司令官によってここに集められ、正義の味方として戦うことを定められたんだ。宇宙人の侵略からこの地球を守るために」
「言うなればここは俺たちの秘密基地ってことだな」
司令官に、秘密基地。どうやらかなり本格的な体制のようだ。
しかし、それらの単語から導き出されるイメージはもっと近未来的な最新技術に囲まれた特殊な場所、大きなモニタと最新鋭のコンピューターが設置され、正義の味方が乗る巨大ロボが収納できそうなくらい大きな施設。
……なのだが、この6畳半の薄暗い空間はそのイメージとはほど遠い。モニタはあるがただの置き型パソコンだし、棚に収納されているのは巨大ロボではなく美少女フィギュアだ。かろうじて戦いを連想させるものと言えば、フィギュアとは下の段に飾られたロボットのプラモデルとモデルガン、あとは壁際に掛けられている竹刀くらいだろうか。
ため息がでるほど、正義の味方の秘密基地からはかけ離れている。
「あの、司令官っていうのは……」
「お、俺です……」
ぼそり、注意深くしていないと聞き取れないほどの声でつぶやき、おそるおそる手を挙げた人物。
それは今まで空気と化していた、よれよれアニメシャツの男だった。
わたしの中の「正義の味方の司令官」像が音を立てて崩れていく。
「由良さんが俺たちの司令官でリーダー……なんだけど、どうにもそれっぽくないんだよな!」
冗談めいたように淳平が笑う。
しかしそれを真に受けたのか、由良と言われた男はびくりと肩を震わせる。
「おおお……俺だって好きで指令官やってるわけじゃないし……ここだって俺の部屋なのに、気付いたら正義の味方の秘密基地になってるし……そういう厨二っぽいことは流石にもう……卒業したというか……!」
見るからに司令官には向いていなさそうなのだが。
長く伸ばされた前髪に顔が隠されていてよく見えないが、見た感じではわたしたちよりも年上だろう。もしかしたら成人済みかもしれない。
その割には年上の頼りがいというものが微塵も感じられない。
「まあ、現状彼は肩書きだけの司令官であって、わたしたちの居場所を提供してくれてるだけって感じなんだけれどね」
肩書きだけの司令官。それはそれでどうなのかと思うが、たまきちゃんの言葉と今まで受けた彼の印象でわたしは納得する。
「でも、なんで正義の味方に……? 漫画みたいにある日突然力に目覚めた、とか?」
漫画やアニメでよくある話だ。主人公が生命の危機に瀕して、あるいは誰かを守ろうとして力を覚醒させる。
そういった王道展開は結構好きだったりするが、はたして現実にそんなことが起こりえるのだろうか。少し興味がある。
「頼まれたのよ」
「え?」
正義の味方の覚醒のきっかけが、『頼まれたから』だとは。あっさりと告げられたたまきちゃんの、まさかの回答にわたしは拍子抜けしてしまう。なんかこう、もっと劇的な背景があるのかと期待していたのに。
「俺も。ブラックさんにな」
「ブラックさん?」
ヒーローものでブラック。謎のにおいをちらつかせ、なんとも影の在りそうな登場人物だ。
「ここにいないもう一人の正義の味方だよ。一言もしゃべらない謎の人なんだけど、俺たちにこの変な石を託していったんだ」
そう言って託仁さんはわたしに石を見せてくれる。一見そこらへんに落ちてそうな石ころだが、よく見ると半透明の内側からわずかに青色に発光している。不思議な石だった。綺麗な球体をしていて、大きさはビー玉を二周りくらい大きくしたくらいだろうか。
「どうやらこの石が力を秘めているみたいで、これを使って俺たちは正義の味方として戦えるんだ」
「淳平も同じものを持ってるの?」
「ああ」
そういって淳平は制服の内ポケットから石を取り出す。託仁さんのものと違って、その光は赤色に輝いていた。
「と、まあこんな感じで、俺たちは正義の味方をしてるってわけ。わかった?」
「……うん、まあ、わかった、と言うしかないかな。正直、まだうまく飲み込めないけど。でも淳平が最近忙しそうにしてた理由はこれだったんだね」
夢みたいな話だが、彼らの話とここ数日の体験を思えば、納得するしかないのだろう。
淳平の様子がおかしかったのは、正義の味方をしているという隠し事をしていたからだったのだ。もともと隠し事は苦手な奴だ、様子がおかしくなるのも無理はない。
なにはともあれ気になっていたことがわかり、心のつかえがとれたようだ。
「それにしても、長谷を追いかけてここまで入ってくるなんてなかなかだよな」
「確かにそうよね。いくら秘密が気になったからって、ここまで追いかけてくるなんて。ただ事じゃないわね」
「そ、そんな大したことじゃないです! ほんとに隠し事されたのが気に入らなかっただけで……」
「本当にそれだけかしら?」
にこりと、たまきちゃんは何かを含んだような笑みを浮かべる。
まずい、このままではわたしが淳平に思いを寄せていることを感づかれてしまう。目と目が合えば心の内をすべて読まれてしまいそうで、わたしは必死にたまきちゃんから目をそらす。
「ちさって昔からそうだよな。俺がなんか隠し事する度にすぐ感づいて問いただそうとしてきやがる。まったく成長してないよな」
「うるさいわね! それはあんたが隠し事下手すぎてばればれなのがわるいんでしょ。どうせ隠すんならもっとうまくやりなさいよ」
「仲が良いのね」
くすりと微笑むたまきちゃんに、わたしははっとする。
いけない、この調子ではわたしの想いはたまきちゃんにばれてしまう。いや、もはや完全にばれてしまっているのかもしれない。すべて理解したとでも言いたげな、心から楽しそうな彼女の表情。どうみても嫌な予感しかしない。
かわいくて美人な人気モデル。しかしその実体をただの女子高生と思ってはいけないようだ。笑顔の裏に何を考えているのか全くわからない。なんとなく、わたしが焦っているのを見て楽しんでいるようにも見える。
彼女は敵に回してはいけない人種だと思う。
「そんなことないです」と否定はしたものの。彼女の前ではあまり意味はなさない気がする。依然としてにこにことした表情の、その裏側を一切読み取らせないたまきちゃんに、わたしは内心冷や汗がとまらない。
「それよりも、だ」
そう切り出すと、託仁さんはわたしの方へと視線を向ける。
あらたまって一体なんだろうか。
淳平の隠し事を知ることができてすっかり浮かれていたわたしは、彼のまじめな表情に身体を強ばらせる。
「智沙子さん。今日あなたが知ったことは俺たちの中で『秘密』にすべきと考えられていたことだ。それを知ってしまったということは、あなたにも秘密を共有してもらうということになる」
『秘密』
そうだ。淳平の隠し事が気になって彼を追いかけてきた結果、わたしは地球に侵略する宇宙人と、彼らと戦う正義の味方の存在を知ったのだ。
それは今までわたしが知る由もなかったこと。当然、この世界の中でこの場にいる人しか知り得なかったことなのだ。
「宇宙人が地球を侵略しようとしているなんてことが世間に知れたら、当然人々は混乱する。今までの平穏を脅かそうとする未知の存在を前にして、国家、世界と問題はどんどん大事になっていくだろう。なんせ宇宙規模の話だからね。世界中のあらゆる兵器・手段でもって彼らと人類との戦争……なんてことになる可能性もある」
「考えすぎだとは思うんだけどなー」
「未知の生命体相手なんだから、考えすぎるくらいがちょうど良いのよ」
まったくもって緊張感のない淳平に、あきれ顔のたまきちゃん。託仁さんの話は一介の高校生がするにしては規模が大きすぎて、わたしにとってもいまいちピンとこない。
しかしそんなことを言ってしまっては淳平と同じになってしまうので、わかっているような顔をしてうなずいておく。
「前園の言うとおりだ。少しでも可能性があるのだから、杞憂だとしても考えておくに越したことはないと思う。現段階で、ブラックさんに力を託され、侵略者の存在を知っているのは俺たちだけだ。ということは、この問題が大事になる前に俺たちだけで片づけるべきだと俺は考える」
いまいちピンとこないが、確かに、託仁さんの言っていることは理解できなくもない。わたしだって、今日こうして宇宙人の存在を知って多少なりと混乱しているのだ。一個人がこうなのだから、世界全体が混乱に陥ったのなら大変なことになりそうだ。
「そういうわけだから、智沙子さん。今日知ったことは誰にも言わないようにお願いします。できれば忘れてくれるのが一番助かるんだけど……」
忘れる。こんなにも衝撃的な話を忘れるなんてできるはずがない。コンクリートの壁に思い切り頭をぶつけたならば可能かも知れないが、そんなことをしたら他の記憶まで飛んでしまいそうだ。なにより痛い目にはあいたくない。
そんなことが頭をよぎって、そしてそのまま顔に出ていたのだろう。託仁さんは苦笑した。
「まあ、できるわけないよね」
「はい。できないです」
忘れることはできなくとも、とりあえずこのことを誰にも言わない。それだけを守れれば問題はないだろう。しかし託仁さんの表情は晴れやかではない。彼の背中越しに見えるたまきちゃんも、その名画さながらの表情を堅いものにしている。
「できれば、あなたにはこれ以上関わってほしくないの」
託仁さんに代わって、たまきちゃんが淡々と告げる。
「危険だからよ」わたしが理由を訊ねるより早く、たまきちゃんはそう続けた。
「私たちは対抗する術を持ってる。だけど智沙子ちゃんはそうじゃないわ。普通の一般人。いわば守られる側の存在ね。いくら事情を知っていても、為す術を持たない。だから、あなたは今まで通り、何も知らなかった事にして普通に過ごしてほしいの。私たちの事を忘れて、今後一切関わらないで」
「そんな、わたしにも何か協力させてよ。忘れるなんてできない」
「駄目よ」
はっきりとそう告げるたまきちゃんの瞳は真剣そのもの。凛とした視線、その美貌も相まって放たれる圧力は有無を言わせないほどだった。
わたしは思わず息をのんで、それから何も言えなくなってしまう。
「ちさ、悪いな。お前を危険な目にあわせるわけにはいかねえし、我慢してくれよ」
こういうときはめずらしく真剣な顔をするのだから、淳平はずるい。こんな状況でさえ、その顔に鼓動が高鳴るのがまた気にくわない。
今後一切関わらないこと。
確かに、それが一番なのだろう。彼らが言うように、わたしは何の力も持たない一般人だ。そんな人間が何かをしたいとでしゃばった所で、ただの迷惑、足手まといにしかならない。それに、世界に危機が迫っている。それを知ったからといって、普段のわたしならばきっと、何かをしようとは思わないだろう。
しかし、わたしは素直に引き下がれずにいる。
淳平がいる。彼が人知れず世界の危機と戦っている。その理由だけで何かが出来ればと、力になりたいと思うのは身勝手だろうか。
「解ってくれ、智沙子さん。世界に危機が迫っていることに不安を覚える気持ちは分かる。だけど俺たちがちゃんと世界を守るから、だから安心して日常を過ごしてほしい」
世界に及ぶ危機。たしかに、不安がないと言えば嘘になる。怪獣、もとい宇宙人は驚異的な力を持っていたし、その力をもってすれば地球の侵略なんて簡単に行えてしまうのかも知れない。
そうなったならば、わたしの日常は、家族や友達と過ごせる日々は、終わりを迎えてしまうのだ。そんなのはもちろん嫌だ。だけど、それよりももっと、嫌なことがあるのだ。今のわたしにとって、何よりも大切なこと。失いたくないことがあるのだ。
だから−−