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張りつめていた空気が盛大に打ち破られる。此奴は空気が読めないのか。侵入者と自分の部下が対峙しているこの状況で、そんなものなどお構いなしに声を上げるこの王はずいぶんと馬鹿なのか、それか肝が据わっているのか。
「……なんです、シャルロット様。今は貴方のどうでも良い話を聞いている場合ではないことをお察しいただけないでしょうか」
「どうでもよくないぞ! われの明晰な頭脳はとある結論を導き出してしまったのだ! 分かってしまったのだ!」
「何が分かったというのです……」
呆れを通り越し、もはや侮蔑をはらんだ細身の視線を物ともせず、王は自信に満ちた瞳を此方へと向けた。そして、思い切り高く振り上げた腕をすばやく振り下ろし、指を指す。
「先ほど言っていた我々の行動の妨害者、それはコイツなのだっ」
「は?」
突然何を言っているのか、理解に苦しむ。正義感をたたえたまっすぐな視線が腹立たしい。細身が何か言い掛けたが、それを無視して王は続ける。
「ジルドレは我々の行動を妨害している存在がいると言った。そして其奴によって我の部下達が毎回手負いの状態で帰ってくる。現に、今まさに、これがその状態なのである! 見よ! 其奴の後ろで怯える、ぼろぼろになった我が部下達を! これはまさに其奴の所行によるもの……! ゆるすまじ愚行なのだ。これによって我は結論づける。この男こそ、我らの侵略を脅かす存在、妨害者なのだ!」
「それは違います」
「なぬ!?」
針で刺すような部下の鋭い否定に、王はがっくりとうなだれる。非常にばかばかしい。この時間が無駄であることは言うまでもないが『妨害者』という存在は興味深い。この星でこの俺よりも早く、侵略者の存在に気づき、その行動を妨害する者がいるとするなら、それはこの俺の先をいく者の存在を意味する。そんな者が居るならば、放っておくわけにはいくまい。
「言ったでしょう。妨害者はステラステルの力を持って、我々の邪魔をしていると。この男を見てください。ステラステルの力を感じますか? 感じないでしょう。ステラステルの力を用いたのなら、その残滓が少なからず存在するはずなんです」
「うむ……そうであるな……」
大きく頭をうなだれて、王はあからさまに落ち込んでいる。その感情を体現するのか、頭部から伸びている癖毛のような触角もどんよりと俯いている。
「だが我は信じたくないのだ。我の部下達に裏切り者がいるなどと。ステラステルの民が、ステラステルの意志である王の試練を邪魔しようなどと考えるわけがない……我を裏切るわけがない」
「わかっています。だから今、情報を集めているのではないですか。まだ答えを断定するには情報が少ないのです。ですから少々お待ちいただきたかったのです。それに、貴方が余計なことをおっしゃるから、この侵入者にいらぬ情報を与えてしまったではないですか」
「残念ながらお前の側近の言うとおり、俺はその妨害者ではない。お前達の存在を知ったのも今日が初めてだ。残念だったな。これは俺の主観的判断だが、お前達の中に裏切り者がいることはないと思うぞ。妨害行為をして、その証拠を隠し通す能力がある奴はいなそうだ。そんなことをすれば、その側近が容易見抜いているだろう。それでも気になるなら部下達を集めて聞いてみればいい。お前達は感情がその頭から生えている触角に如実に現れるようだから、万が一この中に犯人が居たのなら一目で分かるだろう。まあ、感情を隠すことが王よりもうまい奴が部下の中にいたとするなら、話は別だが」
「まあ、そういうことです。シャルロット様」
悔しいですが、とため息混じりに細身が言う。
「情報が少なかったゆえ、まだ貴方にお伝えしてませんでしたが、妨害者を割り出す上で既に部下達への調査は行っております。その結果、現状では彼らの中に妨害者を見つけることはありませんでした」
「……本当か!」
「はい。ですから、妨害者はなんらかの形でステラステルの力を入手した地球人であると見ています。確証はありませんので、あくまで可能性ですがね。……貴方であれば、今後の活動がもう少し楽になったのですが」
そこまで言って、細身の視線が此方へと向けられる。
「ふん。俺が妨害者だったならば、このように敵の陣地に乗り込んだりはしないな。自ら正体を明かすような愚かなことはしない」
「……だというなら、お前は何の目的があってここまできた? 本当に、只の好奇心というのか?」
「ああ、本当に只の好奇心だ。結果、俺の期待はずれではあったがな。ステラステルという星も、大したことがないようだ」
俺の言葉に細身の肩がわずかに反応する。今まで無感情なようにも思えたが奴にも奴のプライドというものがあるのだろう。自身の星を侮辱されることは許せないようだ。
「貴様……自身が侵略される立場だということを解っているのか? あまり調子に乗らない方が身のためだぞ」
やはり、この男だけは他の侵略者とは異なる。放つ気迫があまりにも違う。その強さもまた、この俺の足下にも及ばなかった部下達とは異なる次元にあるのだろう。この船の中で、もっとも注意すべき存在はこの男に間違いない。そして、もっとも価値があるのもこの男だろう。
「お前は解っているのだろう。このままではこの地球を侵略することが困難であるということを」
「……何が言いたい?」
「言ってしまえば、この船の力を、お前の力を、お前達の王は持て余している。それは非常に嘆かわしいことだ。お前だってそう思うだろう?」
じっと此方を睨むものの、細身は何も言わない。それを肯定ととって、俺は続ける。
「俺はこの船に、お前達の王に期待をしていた。お前達こそが、この俺の世界を変える、頂の退屈な景色を新たなものにする存在ではないのかと、そう期待していたのだ。しかし、現状はこれだ。お前達だけでは、この俺の退屈を晴らすことは出来ない。お前達が地球を侵略しようとあがいたところで、それは滑稽な喜劇にしかなりえない。ありきたりな物語をなぞるだけのお遊戯会だ。そんなものほどつまらないものはないだろう? 俺はそんなものを求めてここまで来たわけではない。俺は俺の世界を変えるために、ここまで来た。お前達が望むのはお前達にとっての喜劇、すなわちこの星の悲劇だろう? その悲劇こそが、俺の求めるものだ。悲劇によってもたらされる、新たな景色。それを俺は見たい。お前達がこの俺の退屈を晴らしてくれる。そう期待していたが、それが間違いだった。俺の退屈を晴らすのは、俺自身だ」
「貴様、先ほどからジルドレとばかり会話しおって! 王たる我を差し置くとはどういうつもりなのだ」
ぷう、と頬を膨らませて、王は自分も混ぜろとじたばたとその手を動かしている。そんな王を見下ろすようにして、俺は宣言する。
「……聞け、侵略者共よ。この俺がお前達の侵略に力を貸してやる」
「なんだと……? 正気か、人間」
「むむ……? 全く話が飲み込めないぞ?」
当然のごとく、宇宙人共は困惑顔だ。王はクエスチョンマークを浮かべ、細身さえもその表情を歪ませる中で、今まで事態を見守っていた周りの下っ端たちもどよめきはじめる。
「これは好機だ。地球への侵略者、これはつまらない人生の最高のスパイスだ。未知なる文明を持ち、大きな力を有している。かつその力を持て余し、妨害者の存在によってその侵略の成功が脅かされている……最高に面白い材料が揃っているとは思わないか? 俺ならば、それらを正しく使うことができる。お前達を成功へと導ける。宇宙船の機能を復活させ、妨害者を排除し、侵略を成功させることができる。どうだ? 現状を続けるより、賢明な判断だと思うが」
「……そんなことが本当に出来るのか?」
王が目を輝かせてこちらを見つめている。仮にも船団を統べる王が、侵略対象に対してそのような期待に満ちた眼差しを向けることは適切であるとは思えないが。こうも単純であるならこちらとしては好都合だ。
問題は細身の方だ。理知的で用心深い。この王ほど単純に誘いに乗るとは思いがたい。
「……今の言葉、実行できるという根拠はあるのか」
「俺に不可能はない」
「何を根拠に言い切れるのか、まったくわからないが……まあ良い。貴様、自分が言っている事の意味が本当に解っているのか? 我々の侵略に手を貸すと言うことは、自身の星を我々に売ると言うことだぞ?」
「ああ、そんなことは解っている。俺にとっては、この星がどうなろうと関係ない。ただ、この退屈から抜け出したいだけだ。見飽きた頂点の景色を変える、俺の世界を変える。それだけが俺の目的だ」
「……面白い」
そう言うと、細身は少しだけその表情に笑みを含ませる。意外と容易いものだ。
「シャルロット様。最終的な判断は貴方様に委ねられます。どうぞ、このものの処遇をお決めになってください」
王に向けて細身が膝を着くと、周りにいた下っ端も同様に頭を下げ始める。全員の頭が王へ向く。俺はその光景を見下ろしながら、王を見やる。
「……うむ、わかったぞ。チキュー人よ。名はなんと申す」
「槙尚直央だ」
「ナオか、ではナオよ! 我が名を持って命ずる。お主は我々のチキュー侵略にその全身全霊でもって報いるのだ!」
「……ずいぶんな上から目線だが、まあ良いだろう。貴方様がその目的を果たせるまで、役立たせてもらおう。よろしく頼むよ、シャルロット王」
さて、これで決まりだ。
久しぶりに心が躍る。面白い退屈しのぎが見つかった。
ここまではありふれた小説のワンシーン。だがこれからは、それを俺の手で書き換えていく。
果たしてこの出会いは、俺の世界を変えるに至るのだろうか。
行き着く先の未来は、果たして俺の見たことのない景色なのだろうか。
俺は今、期待している。
まだ見ぬ先の未来、そこで見る景色が、全く知らない世界、俺の心を奮わす景色であることを。確かに、期待している。
いつの間にか頭を上げた下っ端共の喝采の中、俺は遙か彼方の星からやってきた使者と、その手を結んだ。