ヒーロー本編 | ナノ

3


 ◆


 この先に、いる。

 そう思うと、わずかであるが、期待に胸が躍るような感覚があった。今までとは全く違う、未知の世界、その邂逅。この先でそれが待っていると思うと、初めて手にする物語のページを開くような、忘れていた感覚が蘇ってきた。


 時は、すこしばかり遡る。
 
 襲い来る巨大蛸をコンクリートに沈めた後、奴の仲間だという奇妙な集団が俺に襲いかかってきた。数のほどは十数体。突如として現れた異形の群、多勢に無勢。しかし、かつて見たどの物語よりも退屈なほど、なんの見所もなく、俺は奴らを蹴散らした。時間にして5分もかからないくらいか。期待をあおる見た目に反して、その中身は残念なまでに期待はずれであった。
 
 こんなものかと興ざめたところで、興味がわいた。
 此奴らは一体何なのか。それは俺の好奇心を刺激し、そして、問いつめる。
 
 事実は小説よりも奇なりという言葉があるが、あながち間違いではないらしい。この場合、『よりも』というよりかは『同じくらい』といったところだが。つまるところ、ありふれた小説のワンシーンが現実にやってきたと言うのが正しい。

『地球侵略にやってきた宇宙人との出会い』

 もし、呼んでいた小説がこのような展開になったならば、俺は黙って静かにその本を閉じるだろう。しかし、空想の中ではありふれた情景も現実に具現化してしまったならばそれなりに突飛で新鮮な感覚をもたらすのだと。俺はその時まさにそう実感した。

 宇宙人などと言う存在を、俺はこれまで否定も肯定もしていなかった。この広い宇宙の中での、一つの可能性として考えていた程度であった。宇宙人がいるだのいないだの、そんなことにまったくと言っていいほど興味はわかない。可能性としてはあり得るが、今現在その存在は認知されていない。その事実だけで十分だと考えていた。
 しかし今、可能性は事実となり、宇宙人の存在が肯定された。目の前の奇妙な集団がそう言うのだ。口先だけでは信じるに値しないほど胡散臭いものだが先ほど五感すべてで得た情報を相対的に分析・判断してもそれが事実であると判断できた。宇宙人は存在する。その真実が今明らかになったのだ。


 その宇宙人が今、母星においての王位継承のための試練としてこの地球を侵略にやってきたという。
 実にありきたりだ。新奇性に欠け、全くと言っていいほど目新しさを感じられない。物語のテーマとしては弱すぎる。
 だがそれは、物語としての話。
 見飽きたはずの、ありふれているはずのテーマが確かに今、心拍を上昇させた。少しばかりの好奇心。どうせ期待はずれの結果であろうが、しかしこの目で確かめる価値がある。そう思わせた。


 そして、俺は今、奴らの母船に乗り込んでいる。
 宇宙の遙か彼方からやってきたというその技術はどれも今まで目にしたことのないものばかりで、何光年も遙かではぐくまれた文明には非常に興味が沸いた。
 これを見ればおそらく、宇宙の専門家共はその瞳を輝かせ、躍起になってその謎を解明したがることだろう。これは我が星の宇宙科学に大いなる進展をもたらす革命だと、声高に叫んでは衛星到達という過去の偉業を現代に再現せんと果敢な挑戦を始めるのだろう。その光も届かぬところからやってきた文明の活かし方にしては、少々ちっぽけである。そのようなちっぽけな大いなる進展のために、この技術が用いられるのはいささか勿体ない。ならば俺一人が有意義に占領し、孤高の高みをさらに彩ってみせようか。


 船内を進む。後方をぞろぞろと連なって付いてくる手負いの異形共から聞いた話では、この宇宙船は人の一生を持ってしても、それどことか小さな星の一生を持ってしても到達できないほどの銀河を人間が昼寝をする程度の時間で泳ぐことのできる能力をもっているらしい。遠くの星の住民が我々の昼寝の間に銀河を股に掛けている。そのように聞くと、我々人類が浪費してきた時間を省みるようで嘆かわしく思える。

 残念なことではあるが、人類をあざ笑う飛行機能は地球への墜落時に損傷してしまったのだという。そのような素晴らしい力を有しておきながら着陸に失敗してしまうところをみると、宇宙からの使者の底は存外深くないのかもしれない。最も、数の差を覆し、俺一人に一蹴されている時点で判ることだが。
 聞くと、奴らはただの下っ端であり、それを統制する支配者がこの船の最奥部にいるという。下っ端という時点でその実力はたかが知れたことだが、その支配者となれば話は違う。部下のありようが上司を物語る場合も想定できるが、この船の規模や秘めている能力から考えてある程度の実力者・知識人でなくては統制ができないであろうことが予測される。よって俺はこう考えた。この船の支配者は、それなりに俺を楽しませてくれるのではないかと。俺の求める景色を与え。退屈を葬り去り、世界を覆す存在になり得るのではないか。



 長い通路が終わり、歩みを止める。目の前には極彩色に輝く流星のような、おそらくこの地球上には存在しないであろう鉱石で作られた扉。堅く閉ざされたその扉は観音開きになっており、横の柱にはなぞめいた装置が設置されている。おそらくこれが扉を開くスイッチだろう。
 後ろにいた下っ端共の中から、影が一つ飛び出す。影に思われたそれは全身黒一色に包まれている宇宙人であった。背格好は人間のそれに似ており、全身タイツを着込みさらにその上から犯罪者がつける覆面をしたような、そんな姿をしている。宇宙人と一口にいってもその個性は様々で、最初に接触した蛸のような奴から、は虫類が二足歩行しているような奴、今銭湯に現れたような人型の者など、さまざまであることがわかった。


 全身タイツが扉の横の装置にその手をかざすと、謎の文字列がホログラムのように浮き出てきた。解読は出来なかったが、パスワードを打ち込むキーボードのようだ。全身タイツがホログラムの上で何かを描くように指を滑らせると、認証完了のアラーム音がする。
 ビカビカと、まぶしい光が瞬いたと思えば、扉の装置が勢いよく作動を始める。電子列の羅列が螺旋を描き、光彩を伴ってゆっくりと扉が開かれていく――



 真っ白な光が溢れている。映画のスクリーンのような、大きなモニターが視界に飛び込んできた。そのモニターを取り囲むようにネオンに似た輝きを放つさまざまなパネルが、シンセサイザーのように並べられている。
 最奥部のこの部屋は宇宙船の制御室の役割を担っているようだ。モニターの前に堂々と鎮座する、大仰な椅子。昔の皇帝が画家に描かせでもしたかのような、この空間では明らかに浮いている豪華絢爛に腰掛けて、奴はいた。


「ぴぎゃあああああああああああああああ」


 素っ頓狂な悲鳴とともに、豪華絢爛がひっくり返った。シルクで編まれた織物にさらに星をちりばめたような金色がふわりと舞う。


「シャルロット様、落ち着いてください」


「侵入者だ……侵入者がきたああ……」


 どうやら、部下のありようが上司を物語るケースらしい。聞いたことのない言語で、ぎゃあぎゃあとわめくその幼子の姿に俺がいままで味わったことのない勢いで肩すかしを食らったのは説明するまでもない。今日はかつてない勢いで期待はずれが続いていたが、その中でも最大級のそれであった。


「落ち着いてご覧になってください、シャルロット様。相手は只の、しかも生身の人間です。何の脅威にもなりません」


「ぬ……?」


 怯えながらうずくまる金色の塊。その傍らで細身の男がなにかを耳打ちしている。こちらは打って変わって落ち着いた様子だ。もしかすると、船の統率は此方の方が担っているのかもしれない。意志の疎通を図るならこちらが適切か。そう思った矢先、金色の塊が突然すくっと立ち上がった。


「貴様、ニンゲンよ! 我を誰だと思っている! 頭か高いぞ!」


「……何を言っている? 言語の翻訳は出来るのだろう。この国の言語で話せ」


 意気揚々声高々に何かを言っているが、遙か彼方の星の言葉で話されても理解が出来ない。部下共とは普通に意志疎通がはかれたので、異星の言語でのコミュニケーションが可能であると思っていたが。まさか一番の上に立つ物が部下よりも能力が劣っていることはあるまい。


「シャルロット様。地球の言語への変換を行わなくては、相手には伝わりませんよ」


「おっと、忘れていた……チキューの民よ! 我の船に堂々と侵入してくるとは、良い度胸ではないか。誉めてやろう! だがな、全宇宙を統べる王の御前であるぞ。少々頭が高いのではないか?」


 やっと聞き取れる言葉を話し始めたと思えば、やけに上から物を言ってくる。しかし、その振る舞いからは王たる物の威厳や知性は微塵も感じられず、見た目と言動の間にある隔たりが妙に癪に障る。


「普通に会話が出来るならはじめからそうしろ。要らぬ時間を使わせるな。それに、全宇宙の王? 只の人間の侵入者を前に泣き叫んでいたガキに宇宙を支配できるとでも? 笑わせるな」


「なっ……にい? 聞いたかジルドレ! 此奴、我を馬鹿にしておるぞ!」


「そのようですね。まあ、ごもっともかと」


「むぅぅぅぅー! 許せぬ!」


 自称、宇宙の王様は顔を真っ赤にして飛び跳ねている。今時の子供でもなかなかみない反応が王という単語とその存在をますますかけ離れたものにしていることには気づいていないのだろうか。きっと同様の考えに至っているであろう、傍らの細身は涼しすぎる表情で王様を見下ろしている。


「我に無礼を働いたことを後悔させてやるぞ! 者共、であえーっ!」


 ばっと大きく腕を振り上げて、小さな王は攻撃の狼煙を上げた。言ってしまえばここは王の城。侵入者ひとり、たやすく排除できる。城の主はそう思ったのであろう。しかし、その配下は王ほどうつけではないようだ。一度完膚なきまでの敗北を喫した相手に再び敗北しようという物は一人として存在しなかった。王のために侵入者を排除しようと体を張る部下はおらず、しんと静まりかえった部屋で、先刻の敗北の記録など知りもしない王様は一人困惑するのであった。


「……なぜだ! なぜ誰も動かぬのだっ! この意気地なしーっ」


 真っ赤だった顔は今度は青ざめて、その目には涙がにじんでいる。ずいぶんと感情豊かな王様だ。身の丈とほぼ等しい長さのある金色の髪が、嗚咽にあわせて揺れ動く。


「……何用だ? 地球人。只の好奇心でここまで足を踏み入れたというわけではないのだろう?」


 ぐずぐずと泣きじゃくる王に代わって、細身が開口した。はじめから意志疎通が容易そうな此方と会話をようと思っていたので好都合だ。淡々としたその口調からは感情が微塵も感じられず、迷いのない堂々とした振る舞いからしても此方を一番の権力者と言った方が違和感がない。


「いや、ほとんど好奇心だ。宇宙からの侵略者など早々お目にかかれそうもないからな。まあ、想像に描いていた侵略者とはずいぶん様相が違っていたが」


「……我々が侵略を目的にこの地球を訪れたことを知っているならば話が早い。我々が貴様等地球人を脅かそうとしていることを知って、それを阻止しようとでも考えたのだろう? 残念だが我々は手を引くつもりはない。この星も他と同じように王位継承の贄となる定めなのだ。試練の地として選ばれたこの星の不運を嘆くのだな」



 ほう。思ったとおり、無能な王様に反してこの男はなかなかに優秀なようだ。俺が王を完全に下に見ていることを見越して、それでも自分たちが優位であるかのようにみせる物言いをする。彼等の尊厳を、圧倒的な力の存在を思わせるかのように。これから自分たちの物になる哀れな星を、あくまで高みから見下ろしてくる。
 なぜこのような王の下に付くことになったのだろうか。地球よりも、この男の方が不運に思える。俺の下に付くならば、その力をもっと存分に利用してやるというのに。


「ふ……俺一人に負ける程度の戦力と、墜落程度で故障する飛行船……おまけに無能な王様。これで本気でこの星を手に出来ると思っているのか? ずいぶんとなめられたものだ」


 これまでのやりとりで確信したが、優位性は俺の方に有る。此奴等がどれほど高度な文明を持つ星からやってきた存在で、どれほど人知の及ばない力を有していようと、そんなものは俺には関係ない。
 今現在の主観的な情報からみても、誉められるべき点は彼等の技術の粋を集めた宇宙船と、細身くらいだろう。それらをうまく利用できる能力があれば、この星の侵略など容易いのだろうが。あいにくそれほどの脅威は感じられない。宝の持ち腐れとはこのことを言うのだろう。
 奴等がどうあがいても、この星の侵略はできない。頂にいる俺の景色を変えることは出来ない。

 宇宙からの侵略者であっても、俺の期待を越えることはできないというのか。だというなら、なんと世界は退屈で、つまらないものなのか。


「……ジルドレ! 我は分かってしまったぞ!」


 突如として、王が声を上げた。