ヒーロー本編 | ナノ

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「うむ。周辺探索ご苦労であった」

 見知らぬ地で探索活動にいそしむ、そんな部下をねぎらう言葉を忘れない。我はなんと立派な指導者なのだろう。
 満足感でお腹がいっぱいだ。いや、しかしこれは比喩というもので正直我のお腹は空腹の絶頂。お腹が減りすぎてつらいのだ。つらいなんてものではない、生命の危機という奴なのだ。

 父王様に命じられ、遙か彼方の田舎星であるチキューの侵略にはるばるやってきたのは良いものの。大気圏を抜けた辺りで宇宙船が突然こわれてしまったのである。詳しいことはさっぱり分からぬが、なにやら動力源のトラブルらしい。我のかわいらしさに大気が嫉妬したのか知らぬが、迷惑きわまりない。新しい支配者を迎える歓迎にしては、少々手荒すぎるのだ。


 我はぷりてぃなほっぺをぷうっと膨らませて、わたわたと動き回る部下達を眺めた。
 こわれてしまった宇宙船は墜落してしまったものの、運良くわんさか生えていた木々にひっかかり、チキューの大地にどかーんとぶつかってしまうことは避けられた。損傷も少なく、居住機能にはなんら問題はない。暖をとることもできるし、ひろーいお部屋のソファでのんびりすることもできる、ふかふかのベッドで眠ることもできる。王たるものの優雅な暮らしをおくるには何一つ問題はない。
 だがしかし、宇宙船が宇宙船であるためにかかせない機能、アイデンティティともいえる飛行能力が完全に故障してしまったのだ。これでは空を飛ぶことも、宇宙へと飛び立つこともできない。同然、我が故郷であるステラステルに帰ることもできない。これはすこしばかり、由々しき事態である。


 さて、これからどうするかのう。
 我は頭を悩ませていた。


 この星に降りたって、チキュー時間でいうと一ヶ月が経過しようとしている。故郷を出てからは一月半といったところだろうか。もっとも、我々の時間感覚とチキューの時間感覚は違いがあるので、正確な経過時間とは少し異なっておるだろう。まあ、そんなことはどうでもよいのだ。
 問題は、一月という時間をもってしても現状を打破できていないところにある。木に引っかかった宇宙船をなんとか地上に降ろし、ここを仮の拠点と定めたあの日から、部下達にチキューの情報を毎日集めさせているのだが。何とも嘆かわしいことに、現在地がニホンという国の小さな町であるということ以外、有力な情報が得られていないのであった。
 
 当然、宇宙船を修理することも困難を極めていた。
 ステラステルで綿密に練った我のチキュー侵略計画はこうであった。まずは父上から授かり、我が星の技術の粋を集めた宇宙船でもってチキューに向かって盛大な砲撃をかましてやる。時代遅れの辺境星は、突如やってきた高度な文明を持つ来訪者の前に為すすべもなく、恐れおののき、媚びへつらう。そしてあっという間に我がこの星のすべてを手に入れる。一番偉い、一番強い。神と等しき、否、神よりもさらに上の存在となり、すべてのチキュー人が我に頭を垂れるのだ。「シャルロット様、万歳」全生命の叫びでもって我の侵略は完了する。

 なんともパーフェクト。完璧きわまりない侵略計画であった。父上に命じられた日から、我は毎夜毎夜、このどんな物語にも引けを取らない洗練された侵略劇を頭の中で思い描き、未来の配下達の待つ星を目指して胸を躍らせていたのであった。

 
 それなのに。
 
 この侵略計画にかかせない、要であった宇宙船が壊れてしまったのだ。主役である我を輝かせる舞台装置。それが失われてしまっては、劇場は始まらない。始まらなければ大団円を迎えることもできぬ。万事休す、なのである。
 もちろん、我は宇宙船に頼らなくとも立派に侵略を果たすことができるし、部下達も重々それは知っている。彼らの期待のまなざしにはやく応えてやりたいと、そう思う心はあるのだ。
 しかし、これは王位の継承権を正式に受け継ぐための試練。そうあっさりと終わってしまってはつまらない。素晴らしい伝説の物語には、素晴らしい舞台と、素晴らしい演出があってこそ。宇宙船をつかったド派手な演出がなくては、我の門出にふさわしいものにはなるまいというに。
 とにかく、我にはこの宇宙船が必要なのである。居住空間としてではなく、我が手足となる豪華な演出家として。そのために一刻も早くもとの状態まで修復をしなければならないのだが、現状はこの通りである。


「シャルロット様。地球侵略計画に大幅な遅れが見られているようですが、このことはステラステル王にどのようにご説明されるおつもりですか?」


 規則正しく、一点の乱れもなく積まれた煉瓦のような、淡々とした声が背後から降ってくる。突然のことに、我の体は全身でもってその驚きをあらわにしてしまう。


「ひょっ!」


 素っ頓狂な、それでもかわいらしさには自身のある声を上げて。突然の声で脅かしてくる無礼者へと我は振り返る。


「と、突然背後から声をかけるなど、部下として失礼だと思わないのか!」


「ああ、これは。失礼しました。以後、お声掛けする際は背後以外からにさせていただきます。正面または真横、そのどちらか適切な方を選んでお声掛け致しますね」


 積み上げられた煉瓦は氷でできているらしい。ひんやりと冷たく、触れると痛みを覚えるような声からは、全く持って誠意が感じられない。その上此奴はひょろりと長い身体を折り曲げることもせず、悠然と我を見下ろしておる。こぢんまりと愛くるしい姿形は我の百あるチャームポイントの一つではあるが、今はそんな可愛らしさよりも此奴を見下せる背丈が欲しい。屈辱だ。このあんぽんたん。

「そんなことよりも、父王様への報告と現状の食い違いが甚だしくおありです。現状の目標達成率がわずか1%なのに対して、報告では65%の達成率とあります。ちなみに1%の内訳としては地球への着陸のみです。いくら自身を立派な後継者にみせたいとお考えであっても、虚偽はいけませんね。虚偽としても、ここまで事実と異なりますとあとあと苦労なさるのは貴方様であると推測いたします。なんにせよ、真実を告げるか、現状を報告に近づけるかしていただかなくては。貴方様の監視役として派遣された私の顔が立ちません」


「わ、わかっておる。だからいま、どうにかしようと考えていたのではないか。ジルドレ、貴様は父上殿に命じられた我の世話係であろう。普段は父上の配下かもしれぬが、今現在、オマエは我の直属の部下なのだぞ。もう少し、敬意を払ってその知識をもって手助けをしてくれても良いのではないのか」

 
「それは、命令ですか? シャルロット様。そうだとしても、お断りいたします」


「なぜだ!?」


「地球侵略は貴方様が貸せられた試練。ご自身のお力で乗り切らなくては、試練の意味がありません。私は王のご命令で仕方なく貴方を監視しておりますが、それ以上の命は与えられておりません。基本的には、監視のみに徹してお仕えさせていただきます」


 目の前の男の顔色はここまで何一つ変わってはいない。さらりと本心を口にして、淡々と氷のつぶてを投げつけてくる。今までの会話記録を父上殿に送りつけてやろうかと思ったが、ぬかりのないことに録音機能をはじめ、母星への通信機能諸々をシャットダウンされてしまっていたため、その計画は我の脳を解き放たれずして終了となってしまった。
 

 ああ、紹介が遅れた。この失礼な男はジルドレという。ひょろ長い細身の男で、顔は怖いが優秀な知能を持つ。我が父王様の側近であり、今回の侵略において我のお目付役という形で同行している。一応我の部下として扱うようにといわれておるのだが、この通り大変手厳しい。まあ、これもかわゆい我の成長を願っての愛の鞭なのだということを、我は理解しておる。ゆえに、このような不躾な態度からの冷徹な言霊を浴びせられても我は何一つ気にしたりはしないのだ。懐の広さも、我の魅力だからな。


「とはいったものの、これ以上の遅れは本当に私の面子も潰しかねないので、このようにお声掛けしておるのです。それに、収集された情報の中から気がかりな点を発見しましたので。まあ、優秀な貴方様であればもう感づかれておられるでしょうが」


 と、ここでジルドレの言葉が耳に付く。
 『気がかりな点』といったか。はてさて、ちっともピンとこない。優秀さでは他に類を見ない我が脳だが、チキューの環境にうまく適応できていないのか。


「……ジルドレよ。優秀な我はもうとっくにその気がかりな点とやらを理解しておる。しかし部下に活躍の場を与えるのも上に立つものの役目。さあ、言ってみるが良い。貴様の進言に、耳を貸そうではないか」


「そうですか」


 フッ、と笑うジルドレの口元にかすかに侮蔑の色が見えたような気がしなくもないが。寛大な心でもって今回は見なかったことにしてやろう。


「お分かりとは思いますが、我々の侵略を妨害しようとする者たちが存在しているようです」


「妨害だと……!?」


「おや? ご存じだったのでは?」


「も、もちろんだ。あえて驚くフリをしてやったのだ」


「それはそれは、有り難うございます」


 あぶないあぶない。ついつい素直に反応してしまった。知らなかったことがばれてしまう所であった。


「シャルロット様は、情報収集に出た配下の者が地球の生命体に接触した場合、攻撃行動をとるように命じておられますね」


「うむ。侵略者としての権威を見せつけてやろうと思ってな」


 宇宙船でもってチキュー人達に絶対的な我の力を見せつけてやるというのが侵略の最終段階であるが、宇宙船が使えない状態でも圧倒的な存在を見せつけることで、チキュー人の深層心理に我々の恐ろしさを植え付けてやろうという作戦である。我ながら名案であろう。成果が現れるのが楽しみで仕方がないが、それがどうかしたというのか。


「攻撃行動によって、少しずつ我々の存在が認知されていっています。道の存在がその猛威をふるっている。それは確かに実を結び地球人達に畏怖の念を抱かせることに成功しておりました。しかし、ここ数日間、それがうまくいっていない。それどころか、逆転現象が起きているのです」


「逆転現象とな」


 逆転、とは確かひっくり返ると言った意味であったか。ふむふむと我はうなずいて、ジルドレの言葉をしっかりと理解するよう、頭をフル回転させる。しかし此奴、もっと万人に理解できる言い回しができぬのか。


「つまり、我々が逆に畏怖の念を抱かされているのです」


「うむ? それは一体どうしてなのだ?」


「妨害を受けているんですよ。何者かによってね。最近、町に出た部下が手負いの状態で帰ってくることが多いのをご存じですか?」


「なんと……! 最近やたら怪我が多いと思っていたが……真新しいチキューの大地に興奮して遊びほうけていたあまり、というわけではなかったのか! どおりで遊びに誘えと頼んでも、皆そそくさと逃げていくと思っていたのだ……」


「……はい。シャルロット様のお考えは全く持って見当違いであります。彼等の傷は我々の侵略活動、主に住民への攻撃行動を妨害する者達に受けた攻撃によって負ったものなのです」


「なんということか……一体何者が」


「詳細は分かりかねます。しかし、私の推測ではありますが有益な情報が二つあります。一つは妨害者は複数人存在しているということ。もう一つは、彼らが並の地球人とは異なることです」


「普通ではないと言うのか?」


「はい。実際に私は彼等を見たことはないのですが、攻撃を受けた部下達の身体をみたところ、地球上には存在しないはずの力の残滓が残っておりました。その残滓を分析したところ、我々ステラステルの技術による者であることが判明したのです」


「なんだと? では、ステラステルの民が我々の妨害をしているということなのか? 裏切り者が……ここに?」


 ステラステルの民が我の侵略を妨害している。
 それが本当ならば、我が王位を次ぐことに反対するという者がこの中にいるという事だ。もちろん、ここにいる我の部下達は我が小さい頃より一緒におり、共に成長してきた信頼の置ける仲間達だ。そんな仲間達を疑うようなことはしない。目の前のジルドレも、時折反抗的ではあるがそれは愛故、我や星を裏切るようなことは断じてありえぬ。
 でも一体。誰が?
 我の脳味噌がくるくると回転し、からからと混乱していく。


「現段階では一つの可能性に過ぎません。私が今後さらなる情報収集を進めて参りますのでシャルロット様はご自身の脳味噌を酷使しないでくださいませ」


「う、うむ。かたじけない。任せるぞ、ジルドレ」


 オーバーヒート直前にまで追いつめられ真っ赤になった我の姿に、ジルドレは息を吐いた。きっと赤き実のようにかわいらしくなった姿に見惚れてだろう。
 こういった頭脳的な問題は、それを専門とする者に任せておくのが得策である。我は他にやるべき仕事がたんまりあるため、それらを滞らせないためにもジルドレに一任するとしよう。


「――む?」


 トレードマークが一通の電波信号を受信した。電波パターンから推測して、これは異常事態を伝える警報である。一体何事か。傍らのジルドレも同様の電波を受け取ったらしく、思案するような表情と目があった。


「何者かが侵入して来たようですね。しかし、おかしい。迎撃システムが作動していないようです。そのシステムは墜落による損傷を免れていたはずですが」


「進入? まったく、警備は何をやっているのだ……」


 大きな宇宙船を隠すため、我々は落下地点からほど近い森林の中に身を潜めるようにして陣営を作っている。ニンゲンが住む市街地からは距離のある、それなりに深い森の中であるため侵入者が現れることはほとんど想定していなかった。森の動物が紛れ込んだのか、とも思ったが船内の様子をモニタしている記録機関にアクセスし、その情報を解析してみたところ、小動物よりも遙かに大きい二足歩行の物体を感知した。


「どうやら、人間のようですね」


 同様の解析を行っていたのだろう、ジルドレが言う。
 どうしてニンゲンがここに。それ以上に、解析したデータにはさらなる違和感が存在した。先頭を切って船内を進むニンゲン。その後方に複数の影が。その影の正体が、ますます謎を深める。


「我が部下達ではないか……!」


 我は驚きを隠せない。くりっとした大きな瞳が、さらに大きく開かれる。
 ニンゲンが船内に侵入してくる、それだけならば奴だけを排除してしまえば良い。しかし、その侵入者が我が部下達、ステラステルの同胞を引き連れて、その先頭に立って歩いているのだ。侵入者迎撃システムはステラステルの民には作動しない。今回システムが作動していない理由は迎撃範囲内に同胞がいるからであろう。


「いったいどうなっているのだ……」


 先ほどまでフル回転させ疲れ切っている脳味噌に追い打ちをかけるように次々と謎が飛び込んでくる。侵入者はどんどんその足を進めて、船内際深部に向かっている。つまり、ここに!


「じ、ジルドレぇ……っ」


 侵入者がやってくる、そう思うといろんな不安が頭をよぎる。我はうるうるとジルドレに助けを求める。こう言うとき、彼はとっても頼りになるのだ。しかし、奴は全くこっちを見ようとしない。じっと、この部屋の唯一の出入り口である、ステラ鉱石でできた扉を見つめているのであった。

 どうやら、侵入者は此方の心の準備を許してくれないらしい。


 そして。
 ピピピ、という認証完了の電子音。開錠システムの作動音が静かに響き、ゆっくりと思い扉が開け放たれた。