タイトル未定
「嫌です」
わたしははっきりとそう告げた。
みんなの顔が歪むのがみえた。我が儘なのは解っている。
「わたしに力がないことはわかっています。ただの足手まといになることもわかっています。だけど、だからといって、このまま全部をあなたたちに押しつけて、全部を忘れてのうのうと生きるなんてこと、出来ない!」
「智沙子ちゃ……」
「あなたたちの邪魔はしません!」
たまきちゃんの言葉を遮ぎって、わたしは続ける。彼女たちが正論なのは分かっている。だからこそ、我が儘は勢いで押し通すしかないのだ。
「邪魔はしないし、必要以上に関わったりはしません。もちろん秘密は誰にもばらしたりしないし、自分の身は自分で守ります。危なくなったらすぐに逃げるし、すこしでも迷惑をかけた時点で関わることをやめます。だから、だから今だけ……! 今のすこしの間だけでも、わたしに出来ることをさせてください! わたしも、世界のために戦いたいの!」
言い切った。柄にもなく声を張り上げたので、荒くなった呼吸が肩を上下させる。
たまきちゃんも託仁さんも、何も言わずにわたしを見ている。身勝手なわたしの思いを。彼らは理解してくれるだろうか。
「……お、お願いします!」
最後のわるあがきにと、深々と頭を下げた。
ぎゅっと目をつむる。これで否定されてしまったならば、わたしはもう諦めるしかない。
「いいんじゃねーの?」
声をあげたのは、たまきちゃんでも託仁さんでもない、淳平だった。
緊張感のかけらもない、軽い声が、張りつめた空気の糸をためらいもなく両断したのだ。わたしは思わず顔を上げる。
「ちょ……淳平くん!」
勝手なことを言わないで、とたまきちゃんが淳平をにらむ。
「だってよ、俺らだってもともとは一般人だったわけで、たまたま正義の味方になっただけだろ? ちさは世界のために戦いたいって言ってんだ。力がないからって、その気持ちを無視するのは良くねえよ」
「だからって、わざわざ危険に巻き込むの? あなたの幼なじみなんでしょう? 幼なじみが危険な目にあうかもしれないっていうのに、あなたは構わないと言うの?」
「別に構わねえわけじゃないけどさ……ちさは危険が及ぶ前に逃げるって言ってんだろ、こいつ足は割と早いし、大丈夫だと思うぜ」
呆れた。なんて知性のかけらもない反論なのだろう。
淳平が同意してくれたことは嬉しいが、彼の物言いはちっとも嬉しくない。
しかし、彼のおかげで首の皮一枚繋がっているのだ。ここでうまくたまきちゃんを説得できるかに、わたしの今後はかかっている。
「緊急事態に足の速さが活かされるとは限らないわ」
彼女はなかなか手強い。見事に正論である。付け焼き刃の言葉では、簡単にはいかないようだ。万事休す……
「――仕方ない。いいんじゃないか、前園」
とおもいきや、救いの手は託仁さんから伸ばされた。
「智沙子さんは俺たちに迷惑をかけたら関わるのをやめる、と言っているし、迷惑のかからないうちは多少なら関わることを許してもいいんじゃないかな。本音を言うと協力者が一人くらいいてくれた方が有り難いし。もとはと言えば、彼女に秘密がばれたのは長谷の責任だ。万が一彼女に危険が及んだならば責任を持って長谷に彼女を守ってもらえばいいんだし」
「託仁さん……」
なんて力強いお言葉なのだろう。淳平なんかとは比べものにならない、否、比べるのも烏滸がましいほどに、頼もしいお方だ。なんだか後光が差して見える。
「俺も、どっちでもいいと思うよ……」
ぼそり、司令官がつぶやいた。正直声が小さすぎてよく分からなかったが、託仁さんのおかげで一気に形勢が逆転したみたいだ。
「……わかったわよ。ただし、本当に迷惑がかかった時点で関わるのをやめてもらうからね」
さすがにたまきちゃんも折れたようだ。不本意ながらも、といった様子だが、うなずいてくれる。
「あ、ありがとうございます!」
これで本当に一安心だ。これで、今まで通りいられる。ほっと胸をなで下ろした。
「明日から早速差し入れ持ってきますね!」
「え、明日も来るの?」
わたしの差し入れ宣言に真っ先に反応を示したのは司令官だった。心底迷惑そうな顔をされて、なんだか腹が立つ。
「秘密基地に人が集まるのは当たり前のことでしょう、由良さん。それに、いろいろと作戦会議をしなくちゃいけないんです。我慢してください」
「ま、マジか……」
託仁さんの言葉に、司令官は一気に意気消沈したような顔で「……イベント順位が……」などと訳の分からないことをぼそぼそと呟いている。これでは、どっちが年上なのかわからない。
「まあ、こうなった以上はよろしくね。智沙子ちゃん」
たまきちゃんが微笑む。先ほどのやりとりから、この笑顔が本物の笑顔なのかどうかすっかり判別がつかなくなってしまった。彼女はわたしが関わることに否定的であると思ったのだが、本当の所は一体どうなのだろうか。
差し出された手を握り返して、わたしは思う。人気モデルとの握手なんて夢のような話なのだが、最初たまきちゃんと出会ったときのような素直な感動が抱けなくなってしまったことがなんだか悲しい。
「智沙子ちゃんは今日の所はもう帰った方が良さそうね。淳平君、送ってあげて」
「え」
時計を見ると、時刻は六時半。いろいろと話を聞いているうちにすっかりと時間が経ってしまったようだ。カーテンの隙間から見える外の様子はもう薄暗い。
「そうだな。ちさ、帰るぞ」
「あ、うん」
ベランダの扉を開けて、淳平はさっさと外へ行ってしまう。
「それじゃあ、またね」そう見送るたまきちゃんたちに手を振って、淳平のあとを追いかけた。
来たときとは逆に、狭い階段を下りる。靴底が金属を踏む音は、行きのそれよりも幾分か軽いテンポとなっていた。
まさか、夢中で淳平を追いかけた先でこんなことが待っているなんて。八百屋の看板を見上げると、ここに来たときのことが遠い昔のことのように思えてきた。
「お前、チャリでここまで来たのかよ」
店先に停められたわたしの相棒−−薄桃色の自転車をみつめ、淳平は呆れ顔だ。
「というか本当、よくここまで追いかけてきたよな……お前」
「仕方ないじゃん。淳平が隠し事するんだから」
わたしが自転車の鍵を開けるのを待って、淳平が歩き出す。
夕方の商店街には、学校帰りの学生や仕事を終えた社会人の姿がちらほらと見える。これから家に帰って、あたたかい食事を家族とともにしながら、一日を振り返るのだろう。
「それにしても、正義の味方って。漫画じゃないんだから」
「仕方ねえだろ。なっちまったもんはさ。ていうか、格好いいだろ?」
隣を見上げると、にんまりとした笑顔。
世界の危機とか、そんなことを話していたけれど。彼はまったく気にしていなさそうだ。
ふと、昔のことを思い出した。
戦隊アニメのヒーローに、画面の中の存在に。目を輝かせていた、幼き頃のわたしたちを。
――正義の味方なんて、画面の中の話だと思っていたのにね。
「そうだね。格好いいかも」
隣を歩く幼なじみが、嬉しそうに笑った。
「そういやちさ、荷物は? 由良さんちに来たときから持ってなかったみたいだけど」
「……あ!」
忘れていた。荷物!
教室に起きっぱなしのまま、無惨にも忘れ去られたわたしの通学鞄の存在。
「やばい、さっき六時半だったよね……学校、閉まっちゃう!」
セキュリティうんぬんで、わたしの学校は7時をすぎると外から中にはいることが出来なくなるのだ。そうなれば、わたしの鞄たちを救出にいくことが出来なくなってしまう。
そして、今日出された宿題と明日の予習内容の多さを思いだし。愕然とする。
はじかれたように、わたしは自転車にまたがり走り出す。
「急がなきゃー! ほら、淳平も急いで! 正義の味方、わたしの宿題に危険が迫ってるぞー!」
「は? 何で俺まで走らなきゃならないんだ……っていうかずるいぞちさ
! お前ばっかりチャリに乗りやがって!」
日の落ちた町の上に、月が輝く。落ちた太陽は明日もまた昇って、そうやってわたしの日常は続いてく。
世界の平和とか、そのために戦いたいとか、ほんとうはそんなこと全部建前なんだ。
わたしの一番大切な日常は、君の側にいられる日常だから。君が隣にいて、笑いあえるこの世界だから。
あなたの側にいたい。それが本音だ。
絶対君には言わないけれど。