羽広げ鳥は未来の空へ
「本当に良いの?」
「はい」
ためらいがちに投げかけた声に、セージは迷いなくうなずいた。
やわらかい午後の風が、彼の長い髪をふわりと揺らした。優しく編まれた三つ編みは解かれ、ゆるやかにあとをのこす。陽光にきらめく銀の髪は風に遊ばれながら大地へと垂れる。
ふるえるぎこちない手つきで、わたしは彼の髪を撫でた。
綺麗な彼の髪が好きだった。
彼の歩んできた道程、時間とともに長く、長く伸ばされてきた。彼の人生を物語る、大切な彼の一部。
私が彼をいとおしく思うのと同じように、指の間をすり抜けていく滑らかなこの感触もまたいとおしく思う。
だからとてももったいない。
「お願いします、ミララ」
椅子に腰掛けて背を向けたまま、セージは優しい声で言った。
その表情はみえないけれど、きっといつものように微笑んでいるのだろう。
「うん」
うなずいて、名残惜しさを胸の奥に閉じこめる。きっとこれは彼の決意。だからわたしはその背中を押すことを決めたのだ。
わたしは深く息を吸う。
手にした鋏がゆっくりとその美しい絹糸と混じり合う。
シャキン。
歯切れのよい音が、長い髪をふわりと解き放つ。
やわらかな風が再び吹いて銀の糸はきらり、空へと舞う。
いつか、セージが私にしてくれた話を思い出した。
オリファと出会い、運命が彼の世界から光を奪った。
その嘆きにひしがれた心をすくい上げて、再びオリファが光を灯した。
伸ばした髪も、しっかりと編まれた三つ編みも、すべてその灯火の名残。いとおしい、友への敬愛だったのだ。彼と交わした約束。それを果たすために、掛けられた願い。
鋏の音が重なって韻律を生む。
募った時間に伸びた髪は少しずつ軽くなっていく。
願いを背負うのではなく、思い出として心の中に。新しい未来を優しい記憶と共に歩んでいく。そして、そこにいつまでも寄り添えたら。そんな想いが強くなる。
「――どうですか?」
涼しくなった首元を気にしながら、ほんの少し照れくさそうにセージが問う。
「ちょっと、不思議な感じ」
わたしは答える。ばっさりと切った髪。すっかり軽くなった首元は、少しの寂しさを感じさせた。
けれど、同時に自由を手にした鳥のようだとも思う。どこまでも、羽ばたいていける。
「でも、とっても素敵」
「ありがとうございます」
そこにあるのはうれしそうな飾らない笑顔。
その瞳はもう、闇の中の灯台にすがったりはしない。暖かな日差しの下、自らの力で進む道を選ぶのだ。
優しく閉じた瞳は晴れやかに、続く未来を見据えていた。