猫と君とにらめっこ
まんまるきんいろの瞳をこちらに向けて、しゃがみこんだ私と数秒間のにらめっこ。
なんの混じりけのない無垢なその色はまるで私のすべてを見透かすよう。きっとそんなことあるはずないのだけれど。
こっちにおいで。
そう手を伸ばすと、突然のことに驚いたのか焦げ茶の縞模様が跳ねる。
みゃあ! と声を上げたと思ったら腕を一振り。すぐさま何処かへと逃げ去ってしまった。
残されたのは私と、腕に傷痕三本線。
「痛っ……あのくそ猫……!」
思い切り引っ掛かれた右腕からはじわりと赤い色が滲んでくる。
猫が去っていった方向を睨むも、すぐに意味のない事だと思う。ため息。
「――ミレイ!」
上空から聞きなれた声が私を呼んだ。探しに来てくれたのだろう片割れに少しだけ視線をむけて、私は無言で応える。
「珍しいな。こんなとこで。何してたんだ?」
あなたはいつもそうね。
私がどこへ行っても、かならず探しに来てくれる。見つけてくれる。
「おーい、無視かよ?……っておい!ミレイ、怪我!」
突然驚いた声をあげて彼が私の腕を掴んだ。
ああ、さきほど猫に引っ掻かれた傷のことか。
「そんな、気にしなくていいのに。なめときゃ治るわよ」
心配しすぎよ。
そう言う私の言葉を遮って、彼の真剣な瞳が私を覗き込む。
「そんなわけないだろ、バカ。化膿したらどうするんだよ」
大きな瞳がふたつ。まっすぐに私を見つめた。
似ているけれど、同じでない。私のそれより穏やかな眼差しとにらめっこ。
「……わかったわよ」
耐えきれなくなって先に目をそらす。どこまでもまっすぐで、綺麗で、純粋で。
見つめあっていたら、汚い私の心が見えてしまいそうだから。見られたくないから。
「よし」
にんまり。満足したように笑顔を向けると、「立てるか?」なんて余計な気遣いとともに私の手を引く。
「帰ろ。怪我、手当てしてやるよ」
「これくらい自分で出来るわよ」
繋がれた手から伝わるぬくもりが心地いい。冷たい私の手が、すこしずつ温度を得ていく。
あなたは私がずっと守るものだと思っていたのに。
私の手を引くその背中は、いつの間にか大きくなっているのね。
寂しい、なんて思っていない。ただちょっとだけ、悔しい。
「ミレイ!猫!」
ソニィの声が跳ねる。指さす方向には先程の縞模様。
ほんの少しそのきんいろと見つめ合う。
その眼はすぐにそらされて、猫は小さくないて何処かへと走り去ってしまう。
にらめっこは、私の勝ちだ。
「なんか、ミレイみたいだな」
「え?」
「ミレイが猫みたいなのかな?」
にっと、眩しいくらい屈託のない笑顔に反論の言葉もなくなってしまう。
「なによ、それ」
言葉の代わりに、繋がれた手を強く握り返してやった。
「いてて」と、そう言いながらもどこか嬉しそうな表情につられて、私の頬も緩むのを感じた。悟られないように視線は後ろへ。
見つめ合えば合わせ鏡。あなたを通して、私は自分の心を知る。
繋いだ手は離さずに。今日は、あなたと帰ろう。