あんだんて | ナノ

トレモロ・ロンド

 小さな窓から注ぐ朝日が、薄暗い部屋の中で少女の顔を照らした。凛とした目鼻立ちは、すでに大人のものに近い。しかし、完全な成熟にはまだ遠く。少女と女性の過渡期、その不安定な時期で揺れ動く心が、少女の面影を、少女を未だ少女たらしめる幼さを生み出していた。

 ミレイはゆっくりと目を開く。

 本来ならば捨てられていたであろうぼろぼろのベッドが、古びたスプリングを軋ませる音。隣で穏やかな寝息をたてている片割れを起こさないように、ゆっくりとそこから起きあがった。


 少女の手の中に握られているのは、一つのナイフ。弟と共に生き延びることを決めたあの日から、この鈍色の刃を手放した事はなかった。
 どんなこともした。この刃が汚れるような事だって、幾度となくあった。それでも私は進んできた。守れるのなら、側にいられるなら、何だって良かった。

 ――私の、すべきこと。
 
 ナイフに映った自分の顔は、酷いものだった。
 幾度となく思い出される、昨日の光景。あの男の言葉。歪んだ笑顔が、脳髄にまとわりつくような声が消えない。



 別れ際、二人の距離が開いたところで、思い出したかのように彼はこう言った。

「そうだ。もし君が僕の望むとおりに動いてくれたら、君の知りたいことを教えてあげる。交換条件だよ。悪くないでしょう?」

 ――だから、君は君のすべき事をやり遂げてね。

「私、は……」

 瞼の裏に鮮明に残るのは、反吐が出るような笑顔。無垢な微笑みの裏に、怖気が走る狂気をはらんだ心奥を隠して。
 その笑顔の望む通りの展開を演じることが、私のすべき事なのか。

 迷いがない、といえば嘘になる。

 ただ言いなりになるというのも、面白くはない。

 だけど、示された道を進むことで、私の望みが叶うのならば……。

 ナイフを握る掌に力を込める。朝日を受け止めた刃先が、きらり輝く。

 何があってもソニティアを守る。それだけは変わらない。そのためなら私は、手を染めたとしても構わない。

「ん……ミレイ?」

「おはよう、ソニィ」

 それは頑なで、それゆえに歪んだ決意。
 
 目を覚ましたソニティアが右目をこすっている。握りしめたナイフを隠し、ミレイは優しく微笑んだ。


 私はソニティアを、彼とともにいられる未来を、手放したくないんだ。


 ◆


 いつも通り差し込む、暖かな午前の日差し。だけど今日はいつもとは少しだけ違う。
 ミララは手早く支度を済ませると、足早に町への道を踏み出した。普段ならば午前中に家での用事を終えて、それから町へ出ることが多いのだが、今日は違う。太陽が真上に昇るよりも少しだけ早く、ミララは町へと向かう。
 理由は、突然舞い込んだ約束だった。

 『以前の約束通り、貴女とお話の機会を持ちたいと考えております。明日の午前中、そちらへ伺います』

 昨日の夕方。買い物を終え帰ってきた後、鞄の中にそのように書かれた手紙が入っていたのだ。差出人はイリス・バルフリーディア。数日前に出会ったセージの弟だ。
 
 いつのまに。なぜ鞄の中に。
 といった謎が真っ先に頭に浮かんだのだが、彼は一般人という言葉をそのまま造形したような自分とは違う。自分の思う常識が彼にとっての常識だとは限らない。
 居場所を知り得るはずもない相手の鞄に気づかれずに手紙を仕込むことなど、有名音楽一家の家系にとっては造作のないことなのだろう……と無理矢理に納得して、考えるより従えと手紙通りに町へと向かうことにしたのであった。

 勿論、このことはセージには内緒だ。

 彼ら兄弟の仲は良好とは言い難い。理由はわからないが、セージはイリスのことを遠ざけようとしている。一方イリスは兄との仲を改善したいと思っており、そのことを聞いたミララが、彼の手助けをすることを約束したのだ。それ以来彼と会うのは初めてになるのだが、セージはミララがイリスと会うことに難色を示しているようだったし、こうして会うということは言わないほうが得策だろう。


 それにしても、なんだか落ち着かない。
 緊張だろうか、ミララは妙などきどきを感じていた。きっと、二度目とはいえ慣れない相手と二人きりで会うことと、それを皆に内緒にしていることが原因だろう。心を落ち着かせようと、一度歩みを止めて深呼吸をする。

 上空を覆う木々の隙間から、いつもとは違う角度で太陽が覗く。やわらかな午前の日差しの前を、薄く広がった雲が通り過ぎていくのが見えた。



 人々の話し声に、軒を連ねる露店の活気。関素でありがら、町はにぎやかな声で溢れている。小さい田舎町とはいえ、そこに住む人々の様子は他と違わない。強くたくましく、活気に溢れている。小さい町であるがゆえに同じ地域の人どうしのつながりは他の町よりも強いかもしれない。ここに来てからそれほどたたないミララだが、そんな彼女をもあたたかく受け入れてくれる。この町はとても居心地がよい。
 
 かつて自分の住んでいた町も、同じように小さくてあたたかい居場所だった。そんなことを思いだし、しかし、自ら望んで町を出た自分が懐郷の念にひたるのもおかしな話な気がして、ミララはそれ以上は考えるのをやめた。


 それはさておき、どうするべきか。
 小さな噴水を中心に置く、円形の広場まで来たところでミララは立ち止まった。あの手紙には、待ち合わせの場所までは書いていなかったのだ。 町まで来れば何とかなるだろうと思っていたが、やはり甘い見通しだったようだ。控えめながらも田舎町に似つかわしくない華やかな雰囲気を持つイリスの外見は、町並みの中でもすぐに見つけられると思っていたのだが、視界の範囲内にいないのであればどうしようもない。

 なんであれ、ここは町の中心だ。下手に動いてすれ違うより、ここで待っていた方が会える可能性は高いかもしれない。
 そう思ったミララがベンチに腰掛けようとしたところで、「すみません」と声がかかった。

「はい?」

 一瞬、イリスが来たのかと顔を上げるが、その声の主はまったくの別人、初老くらいの男性だ。
 しかし同じくらいこの景色には似つかわしくないと、そう感じさせる外見だった。きっちりと固められた白髪交じりの頭髪、綺麗に整えられた口もとの髭。身を包んでいる灰色のコートも、普段目にすることのない上質さが漂っている。一気に気が引き締まっていく感覚に、ミララはほんの少し背筋を伸ばした。

「貴女がミララさんかな?」

「は、はい……!」

 男性の口から自分の名が紡がれて、伸ばした背中にさらに力が入る。見ず知らずの老紳士が一体なぜ自分の名を知っているのだろう、そう思ったが、理由はすぐに判明した。

「イリス様がお待ちしております。どうぞこちらへ」

 一礼と共にそう言うと、男性はくるりと向きを変える。
 なるほど、彼はイリスの使用人らしい。彼に言われ、自分を迎えに来たのだろう。
 待ち合わせ一つで使用人が出てくるとは。バルフリーディア家は相当高貴な家系なのだということを目の当たりにして、ミララは内心唖然とする。
 普段一緒にいるセージの佇まいからもその一端を垣間見ることがなかったわけではないが、何となく感じているのと実際目の当たりにするのとでは実感が全然違うものだ。
 お金持ちの使用人にエスコートされて歩く。自分の人生とは今まで無縁だった状況に、力の入った身体は動作をぎこちなくさせる。数歩進んだ先で自分を待っている男性にそれを気づかれないように、あくまで自然な態度を装って後を付いていく。
 周囲の人の物珍しそうな視線を感じながら、案内されるがまま進んだ先は小さな喫茶店だった。

 男性が扉を開けると、備え付けられたドアベルがチリンと優美な音を立てた。そのまま扉を押さえてくれる男性にぺこりと礼をして、中へと入る。
 木の質感をそのまま残した木目の床に、四方を囲むのは白塗りされた木材の壁。所々に絵画や花瓶が飾られていて、それらとオレンジ色の照明が落ち着いた雰囲気を作り出している。そのまま奥へと進むと、外行きの衣服に身を包んだイリスが、笑顔でこちらを出迎えた。

「やあ、ミララさん。お久しぶりです」

「あ、はい。お久しぶりです……!」

 やはり綺麗な顔立ちをしている。彼の持つ高貴な空気感が、ただの田舎の喫茶店を王宮御用達の高級店のように錯覚させる。自分がここにいることが場違いなような、そんな気がしてしまう。

「突然呼び出してしまってすみません。はやく貴女とお話がしたくて」

「あ、いえ。大丈夫です。私も、イリスさんとお話したいなと思ってましたし。ちょうど良かったです」

「それは良かった」

 イリスは微笑んで、そしてミララを向かいの席に座るように促す。ミララは軽く礼をして、椅子へと浅く腰掛ける。
 ミララが座るのを待って、イリスは使用人に目で合図を送る。すると男性はきびきびとした動作で素早く一礼、喫茶店の外へと出て行った。

「驚いたでしょう? 前回勝手に出てきてしまったから、うるさくてね。今回は彼が付いてくると言って聞かなかったんですよ」

 眉を下げて軽く笑うと、イリスは目の前にあったカップを口元へと運ぶ。一口飲んだ後、ミララに「何か頼みますか?」とメニューを差し出しす。緊張からかあまり気は進まなかったものの、進められて断るのも悪いと思い、一番上に書いてあった紅茶を一つ注文することにした。

「それにしても、驚きました。昨日帰ったら鞄の中に手紙が入ってるなんて」

「ああ、それは彼に任せたんですよ。貴女に用件を伝えてほしいってね」

 彼とは先ほどの使用人のことだろう。最近の使用人は気づかれることなく相手の鞄に手紙を入れることが出来るというのが普通なのだろうか。あまりにも平然とイリスが言うものだから、ミララの感覚のほうがおかしいように思えてくる。でも、わざわざ鞄に手紙を入れるのではなくて、直接言ってくれたほうが良心的な気がする。

「そうなんですね。すごいです」

 とりあえず、そう受け応えておく。それから少し他愛のない会話をしていると、店員が紅茶を運んでくる。他に客が居ないからだろう、注文してからそれほど時間は経っていない。
 使用人連れという滅多にない客を相手に緊張してか、ソーサーを置く手が僅かに震えていた。テーブルに置かれたクリアブラウンが、ほのかに香りを伴って揺れている。

「さて、本題に入りましょうか」

 店員が去ると、細い指先を顔の前で組んでイリスが微笑んだ。
 協力する、とは言ったものの。具体的に何をどうすればよいのか、なにを話せばよいのか、分からないでいたのであった。ミララはほんの少し身構える。

「兄さんのこと、教えてくれませんか?」

「セージのこと?」

 思いがけない言葉に、肩の力が抜ける。
 セージのことを教える。予想していたより簡単な要求だ。思わず、ミララは聞き返す。

「はい。家を離れた兄さんがどうしているのか。僕が知らない兄さんの話が聞きたいんです」

 イリスにとっての実の兄の話を、自分の口からするなんて。なんだかおかしな話だ。自分などよりきっと、弟の方が彼のことを知っているに違いないはずなのに。

「わかりました。けど、私自身、まだセージのことがよく分からなくて。あまり大したことは教えられないと思いますよ」

「それでもいいんです。お願いします」

 にこにこと笑顔を浮かべるイリスに、ミララは少しだけ躊躇って話し始める。言ったとおり、ミララが話せることは少ない。それでもこうして伝えることで何か力になれるというなら。ミララは出会いから記憶を遡って、ゆっくりと語り始めた。


 ◆


「えっと、まあ、こんな感じです……大丈夫でしたか?」

 一通り話し終えて、ミララはイリスの表情を伺う。とりあえず、出会ってから今までの間にセージが話してくれたこと、自分が感じた彼のことを伝えてみたのだが、あまり話上手ではないうえイリスの反応はただあいづちを打つのみだったので要求に沿うことが出来たかどうか、不安なところだ。

「……はい。十分ですよ、ありがとうございました」

 大きくうなずいたイリスのその言葉を聞いて、やっと安堵する。乾いた喉が求めるままに、すっかりさめてしまった紅茶をすする。

 それから、沈黙。
 話すべきことは話してしまったし、イリスはなにやら少し考えるような表情をしていて、気まずい時間が流れる。どうしたものかと考えて、ミララは思い切って話を切り出すことにする。

「あの、イリスさん」

「はい。なんでしょうか」

 名前を呼ぶと、先ほどまでの難しそうな表情が消え、やわらかそうな最初の印象が戻ってくる。内心ほっとして、ミララはずっと気になっていたことを彼に聞いてみることにした。

「私もひとつ、聞きたいことがあるんですけど。いいでしょうか?」

「はい。いいですよ」

「セージの昔の話が聞きたいんです」

「兄さんの昔の話?」

「はい。あんまり多くのことは話してくれないから、少しだけ気になって。どんな風に暮らしてきたのかとか、あと……」

 その先を言うべきか、少しだけ躊躇う。
 自分が踏み入るべきではない、そんな境界線が引かれているような気がして。

「あと?」

 言葉を止めたことを不思議に思ってか、イリスがこちらを覗きこむ。はたして、ここで彼の口から聞いてしまうことが本当に正しいのだろうか。 躊躇う気持ちはある。しかし、それよりも知りたいという想いが強く在った。

「……あと、オリファさんのことも」
 
「オリファ……」

 こちらを覗く瞳が僅かに見開かれた。

「はい。親友だって、教えてくれたんです。どんな人だったのかなって」

「……そうですね。ずいぶんと、昔のことのように思います」

 視線をカップへと移して、イリスはその縁を指でなぞった。古びたページを開くように、ゆっくりと話し始める。
 速くなる鼓動を感じながらミララは静かに口をつぐんで、彼の声に耳を傾けた。

「オリファは、父さんの弟子で、うちで住み込みで修業をしていたんです。ある日突然やってきて、それから一緒に暮らしていました。父さんの下で音楽の勉強をしながら、僕たちの世話係としていろいろなことを教えてくれた……兄さんとオリファ、僕と。とても遠い日の思い出だけど、今でも、鮮明に覚えています」

 目線をこちらに合わせることなく、イリスは遠い日に思いを馳せる。長く繊細な睫毛に隠されたその瞳には、日溜まりのような優しい記憶と、木枯らしのような憂愁が混じり合う。

「兄さんも、僕も、本当にオリファを慕っていましたから。彼はかけがえがなくて、特別の存在でした。いろんなことがあったけれど、僕たちが今こうしていられるのは、間違いなくオリファの存在があったからです。僕にとってもそうだけど、その思いは兄さんの方が強いかもしれません。視力をなくしたばかりの兄さんを支えたのは、オリファですから」

「……」

 紡がれる過去の記録に、ミララの鼓動がさらに脈打つ。知りたいような、知ってしまってはいけないような。隠されているもの対する好奇心と、覗き見するような罪悪感。

「あの頃の兄さんは、とても不安定で。見ていられなかった。僕が代わりになって助けてあげたかったけど、それは出来なくて。だけど、オリファがそんな兄さんを救ってくれた。暗闇に閉ざされた兄さんを再び光のもとへと導いてくれたのは、他の誰でもない。オリファだったんです」

 ミララの知らない、かつての日々。愛おしむようなイリスの声色。それはけして触れることのできない。感じることのできない。でも、確かに存在した、かけがえのない記憶なのだ。

「でも、オリファは……」

 その表情に影が落ちる。そう、オリファという人間はもう。この世界には存在しないのだ。その事実に、鉛のような重さが心にのし掛かる。彼のことを知らないはずのミララのでさえ締め付けるような悲しみだ。それに直面した彼らの心は、張り裂けてしまいそうなほどだっただろう。

 これ以上は、踏み込んではいけない。

「……話してくれてありがとうございます。少しでも、知ることができて良かったです」

「いいえ。大したことは話せないけれど、僕の話でミララさんの力になれたのなら嬉しく思います。オリファとの思い出は、本当に大切なものなんです。だけど、やはり、記憶というものは生きていく中でだんだん薄れていってしまう、それが一番悲しい。記憶の中でしか存在できないオリファにとって、彼の存在を忘れてしまうことが、忘れ去られてしまうことが、一番残酷なことだと思うんです」

 語るイリスの瞳が、暗闇に陰る。何を思い、その言葉を吐くのか、その心中を完全に理解することは出来ない。けれど、彼が何を言おうとしているのかはなんとなく分かる。ミララは一度だけ頷いた。

「私は、忘れません。こうしてイリスさんが話してくれたこと、全部覚えています。オリファさんが居たっていうこと、覚えてます。だから、本当に忘れ去られてしまったりなんかしません……!」

 ミララはまっすぐにイリスを見つめる。ずっと視線を伏せていたイリスと、久しぶりに目が合う。ミララの言葉に驚いたように、見開かれた瞳がかすかに揺れる。それからややあって、再び瞳が伏せられるとともに、その口元には笑みが浮かぶ。それは優しくも、哀しくも見え、あるいはそのどちらとも違う感情が含まれているような笑みだった。

「……ふふ、そうですね。その言葉が、本当なら嬉しいです」

 今日はお話が出来て良かった。そう続けると、イリスはゆっくりと立ち上がる。

「僕はこれで失礼しますね。これから少し、用事があるので」

「あ、はい。こちらこそ、ありがとうございまし……」

 ミララもまた慌てて立ち上がり、お礼を述べようとした途端、イリスの身体が大きくよろめいた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 咄嗟に差し出した手で、イリスの身体を支えようとする。それよりも早く、イリスはテーブルに手を付いてなんとかその身を保つ。

「すみません、大丈夫です」

 こちらに笑いかけるその表情は蒼白。とても大丈夫には思えない。

「少し、疲れてしまったみたいです。昔のことを思い出して、感情が高ぶってしまったようで。……ご迷惑をおかけしてすみません」

「そんな! 謝らないでください。それより、座っていてください。わたし、使用人さんを呼んできますから」

「大丈夫、その必要はないですよ。ほら、もう平気ですから」

 慌てふためくミララに、イリスは落ち着いた様子で笑いかける。言葉通り、彼はもう平気なようで、顔色こそは普段以上に青白く見えたが先ほどのようにふらつくことはないようだった。

「お恥ずかしいことに、あまり身体が丈夫ではないものですから、こうなってしまうことはたまにあるんです。今日は本当にありがとうございました。またこうして、お話の機会をもたせてください」

 こちらに向かって一礼すると、心配するミララを余所にイリスは足早に店の外へと出ていってしまう。本当に大丈夫なのだろうかとその背中を見送った後、ミララは力の抜けたように椅子へと体重を預けた。

 使用人の元まで送り届けるべきだっただろうか。そんな小さな後悔を抱きながらも、緊張から解き放たれた反動で一気に気が抜けてしまう。大きく息をはいたあと、カップに僅かに残っていた紅茶を飲み干した。
 冷たくなった紅茶が喉を通り抜ける。思いの外、時間はあっという間に過ぎ去っていたようだ。