あんだんて | ナノ

不揃いカルテット




 深夜。寝静まった屋敷内に人影が一つ。暗闇の中、天井から垂らされた一本のロープ。それを伝って、彼はキッチンへと降り立った。密やかに息を殺して、あたりを注意深く見回す。そしてその中心部に位置する大きな円卓の上に、あるものを見つけた。

「ケーキだ」

 彼はその目をきらりと輝かせた。昨日はここでプリンを見つけ、今日はケーキを見つけるなんて、なんてついているんだろう。無意識のうちに足取りが軽くなる。あのプリンは今まで食べた中で一番の絶品だった、そんなことを思い返しながら躊躇うことなくケーキへと手を伸ばす。

「ミレイにも持ってってやんなきゃな」

 ぽそり、独り言を呟き、目の前の魅惑の一品に心が弾む。ふわふわの生クリームにしっとりとしたスポンジが包み込まれ、暗闇でもわかるほどの鮮やかな苺の赤が冠のように純白を彩る。みずみずしいその輝きと芳醇な甘い香りに思わず涎がたれそうになる。
 とてもおいしそうだ。持って行く前に一口くらいなら、つまんでも文句は言われないだろう。とクリームを指ですくい口へと運ぶ。

「!?」

 突如、稲妻が走ったかのように全身を強張らせ、急激に咳き込みはじめた。予想していたような至福の瞬間はいっこうに訪れず。容赦ない味覚の変化が彼を襲う。

「げほっごほ……っなんだこれ……しょっぱ……っ辛ぁ!?」

 苦悶の声を上げていると今度はいきなり何かが自分に覆い被さった。と思った途端暗転、なにかに引っ張られ身体が宙に浮かぶ感覚。ぐるりと視界が反転する。

「なんだあああああ!?」

 ぐるぐると、目が回りそうな急転に思わず声が上がる。しまった、と押さえた口元の感覚があまりの辛さに麻痺してしまっている。時すでに遅し。彼はもう、袋の鼠だった。

「貴方が犯人でしたか」

 突然部屋が明るくなる。それと同時に物陰から様子を窺っていたセージとミララが姿を露わす。

「男の子?」

 天井から吊るされた捕獲用の網の中でひっくり返りながらゆらゆらと揺れている犯人の姿は、ミララより少しばかり幼い顔立ちの少年だった。癖のある茶色の髪をヘアバンドでまとめており、同色の瞳は丸くまるで小型犬を思わせる愛嬌があった。
 じたばたともがく彼は、ミララたちに対する警戒心と自分の気の緩みが招いた顛末への後悔でその表情を歪ませている。
 『プリンを盗んだ極悪人』はミララの中では強面で屈強そうな男性というイメージがあったため、目の前の少年の姿とのギャップには戸惑いを覚える。

「成程、天井裏から侵入していたということですか」

 前々から様子がおかしいとは思っていたのです、と淡々とした口調で、セージは少年へと詰め寄る。目をぱちぱちとするだけのミララとは対照的に落ち着いた様子だった。

「二階の部屋から物を持って行ったりしていたのも貴方ですね。別段困ることはないので放っておいたのですが。潜伏場所は、さしずめ屋根裏部屋といったところでしょうか」

 にこり、セージは微笑んだ。
 だが、その笑みにミララは背筋が凍るような恐怖を覚えた。いつもミララに向けるそれと、表情自体は変わらない。変わらずそこにある落ち着いた雰囲気と、柔らかな物腰。しかし、言葉に出来ない威圧感がそこにはあった。
 捕らえられた少年が、びくりと肩を震わせる。いっさいの顔色を変えることをせず、セージは確実に相手を追い詰めていく。

「……」

 怯えた様子を見せながらも、少年の方も簡単には折れなかった。口を一文字に結んだまま、なにも答えない。セージから目を反らし、その視線は斜め下へと向いている。

「いや。貴方、と言いましたが正確には貴方達でしょうか。先程ケーキを前にした貴方の口ぶりからすると、もう一人、いるんでしょう?」

「――っ」

 途端、少年の表情が一気に強張る。セージの発言が図星だったのだろう。動揺は見て取れた。チェックメイトだ。その目的を聞き出そうとセージが口を開く一瞬前、事態は再び急転する。
 爆音とともに白煙が視界を覆い隠した。

「!」

「な、何っ?」

 突然の煙幕にミララは訳も分からず咳き込む。火事、ではないだろう。火を使った様子も、蒸されるような熱もない。とっさに少年の方を見るも、彼は捕らえられたまま何もしていない、あの状況で何かを出来るとは思い難かった。と、いうことは。

「ソニィ!」

 天井の排煙口を蹴り開けて、そこから一人の少女が現れる。白煙でその姿は見えないがおそらくあの少年の仲間だろう。
 その人物はすぐさま宙づりの少年の元へ駆け寄ると懐からナイフを取り出す。切っ先を少年へと向けると、その動きを封じていた網を切ろうと振り下ろす。
 しかしその手はすぐ側にいた人物によって食い止められる。ナイフを振りかざしたその腕を掴んだのは、セージだ。

「なっ?」

 信じられない、と少女は目を見開く。

「僕に煙幕は通用しませんよ?お嬢さん」

「ちっ」

 素早くセージの手を振り払うと、少女は標的を変える。手にしたナイフの切っ先はセージへと向けられる。ひゅん、躊躇いなく振り抜かれた刃は空を切る。

「!?」

 そんなまさか。至近距離の一撃を外して、動揺を隠せない少女に一瞬の隙が生まれた。それをセージは見抜いていた。緩んだ彼女の手からナイフが払い落とされる。

「あっ」

 キィン、金属の落下音。床に落ちたナイフを拾おうと、少女の注意がそちらへと向いた。途端、その身体は突如として宙に投げ出される。
 何が起きたのか、少女が自ら立っていた床が、ぽっかりとなくなっていることに気付いたのは、その下に空いた空間へと吸い込まれるように落ちていく頃になってからだった。

「きゃああああっ」

 その悲鳴はぼふん、というクッションの音に包み込まれて消える。やっと煙幕が晴れて明瞭になったミララの視界に映ったのは、いつも通りのセージと、彼の前に空いた大きな落とし穴であった。

 ひとまず、プリン食い逃げ事件はこれで幕引きとなったわけだが。

 翌朝、ミララが現場に戻ってみるとキッチンには相変わらず大きな穴が開いていた。よく見るとキッチンの床が左右に開く観音開きの蓋になっていて、その下に長方形に切り取られた空間があった。人が三人くらいは過ごせる程度の広さはあるが、その深さは三、四メートルほどだろうか。誤って落ちたら、自力で這い上がることは不可能だろう。いつも使っていたキッチンにこのような仕掛けがあったとは、戦慄する。
 のぞき込んだその穴の底には、昨日捕まえた二人の姿があった。こちらの様子に気付いたのか、下方から刺々しい少女の声がした。

「ちょっと! ここから出しなさいよ、馬鹿!」

 一晩閉じこめられて相当気が立っているようだ。迂闊に外に出したら無事では済まされない、そんな気がする。それ以前にその穴から助けだす方法をミララは知らないので、どうしようもないのであるが。
 誤って落ちてしまってはたまらない。ミララは穴から少しだけ距離を置いた。

「ちょっと聞いてるの!?」

 こちらの姿が見えなくなって、少女が大きくため息をつくのが聞こえた。ため息を付きたいのはミララも同じだ。彼女の、プリンを奪われた事による恨みは未だ消えてはいない。また買えば良いとか、そういう話ではないのだ。あのプリンは唯一無二だったのだ。一発殴ってやりたい気持ちだが、下に降りる勇気はない。仕方なく遠目から様子を見守っていると、キッチンにセージがやってくる。

「おはようございます。ミララ」

 いつもと変わらぬ、穏やかな挨拶を交わす。キッチンの穴やその中にいる侵入者たちのことがなければ、普通にいつも通りの日常がはじまりそうだ。

「セージ。この二人、どうするの? このまま放っとく訳にもいかないよね」

「ああ、そうですね。彼らには聞かなくてはならないこともありますしね」

 そう言うと、セージは落とし穴へとゆっくりと歩み寄る。目の見えない彼が落ちてしまわないかと一瞬不安がよぎったが、それも杞憂だったようで。セージは淵すれすれのところで歩みを止める。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「そんなわけないでしょ!」

 ふわりと下方へ笑いかけるセージに、すぐさま怒号の声が返ってくる。まあ、あたりまえの反応だろう。


「俺までいきなり下に投げ込まれて、おかげで体中痛いっての」


 殺気だった獣のように攻撃的な少女の口調に対してどことなく頼りない少年の声。少し離れた場所から、再びミララも穴を覗き込む。


「単刀直入に聞きましょうか。一体どうしてここに忍び込んでいたんです?」


 セージの問いに、しばらくして少女が口を開いた。


「……丁度良かったからよ」


「丁度良かった?」


 思わずミララは彼女の言葉を反復する。一体何が丁度良かったのだろうか、そんな疑問も続けざまの少女の説明からすぐに消え去る。それは、ずいぶんと簡単なことだった。


「私たちの住処として、丁度良かったのよ」


「住処、ですか?」


「そうよ。だって、目の見えない男が一人で馬鹿みたいに広い屋敷に住んでんのよ? 普通に考えて見つかる可能性は低いし、ご丁寧に良い感じの屋根裏部屋まであったし。食べ物にだって困らない。こんな都合のいい場所、そうそうないわよ。まあ、邪魔な存在が現れたせいで台無しだけど」


 邪魔な存在、それはおそらく自分のことだろう。ぎろりとこちらを睨まれて、ミララは再び顔を引っ込める。いきなりの邪魔物扱いにミララは内心穏やかではないが、文句を言うには下からの殺気がすさまじい。


「屋根裏部屋に潜みつつ、食事はこっそりキッチンから拝借してたんだ。俺とミレイ、交代で数日おきに忍び込んで、ね」


 ミレイというのは少女のことだろう。少年の言葉で、すべての回答が出そろった。冷蔵庫の中身が減っていたのは彼らが盗んでいたからだったのか。と、いうことはやはり――


「プリンも貴方達が食べたのね!」


「プリン? あれはおいしかったなあ……」


 よほど絶品だったのだろう、その味を思い出して少年の顔が綻ぶ。とろけんばかりに惚けたその様子に、ミララの怒りの炎が再び大きく燃え上がる。


「絶対にゆるさない!!」


「ひぃッ!?」


 その憤怒の様相がよほどのものだったらしく、少年は身をすくめて少女の後ろに素早く隠れる。


「ミララ、落ち着いてください。相手を殴る機会はたくさんありますから。あとでじっくりお願いします。ね?」


 どうどうと、こちらをなだめるセージにミララも一度その怒りをおさめることにする。後でじっくり、覚えておくがいい。


「……話はそれましたが、つまり貴方達は住む場所が欲しかった。そういうことですね」


「そういうこと。でも、見つかってしまったのならしょうがないわね。警察に突き出すなり、殺すなり、好きにしなさいよ」


「ちょ……いくらなんでも殺すだなんて。そんな」


 予想外に話が物騒な方向に行きだしたので、ミララは自分の怒りなんて忘れて慌て始める。まさかそんなことにはなるまいと思いつつ。

 

「往生際は良いんですね」


「セ、セージ!?」


 セージの言葉に不安が加速する。顔色一つ変えずに、何を言っているのかと、ミララの心臓が鼓動を速める。


「では――」


 判決を告げる裁判官のような、神妙な面もちでセージはゆっくりとその口を開く。 

 ばくばくと鳴り響く心臓は、とてつもない速さで。胸が苦しくなるほどだった。背筋を嫌な汗が伝う。

 命のやりとりなんて、そんなことして良いわけがない。止めなければ、そう彼女が決意すると同時に。開かれた唇は言葉の続きを解き放った。


「こうしましょう。貴方達は、ここに住めば良いんですよ」


「――え?」


 ぽかんと、この場にいる全員が口を半開きにしてセージを見つめていた。予想をはるかに超えたその提案に、皆きっとすぐにはその意味を理解できなかっただろう。意味など言葉通りなのであるが、それに気付くのにすら少しばかりの時間を要した。


「な、何を言ってるのよ! 馬鹿じゃないの、あんた!」


 ミララ以上に侵入者たちは驚きを隠せないようだ。床下の壁に反響して聞こえてくる少女の声は僅かに上ずっている。その傍らの少年は話についていけない様子で、未だに口が塞がらない。


「別におかしなことはないでしょう。屋敷の部屋は余ってますし、貴方達の存在には薄々感付いていました。確証はもてなかったので、放置しておりましたが」


 閉じられたままのセージの瞳からはその真意は読みとれない。しかし、いつもと変わらぬ落ち着いたテンポで語るその言葉から、嘘偽りは感じられない。


「なので、今までの生活とさほど変わりはありません。こそこそとされるよりは、堂々と過ごしてもらった方が良いですしね。あなた方が嫌だと言うのなら、無理強いはしませんが」


「ちょっと、待って。気づいてたの? 私たちが潜伏してたこと……いつから!?」


「そうですね……正確には覚えていませんが、ミララが来るより前から、ですよ」


「嘘!?」


 少女が疑惑の声を上げる。ミララもまた耳を疑った。自分が屋敷に来る前から、セージは二人の存在に気付いていたのだ。セージははじめから全部気付いていたというのだ。


「先程も言いましたが、確証はありませんでした。だから今回貴方達が証拠をたくさん残してくれたおかげで、やっと事実を確認することができましたよ」


「……」


 悔しそうにセージを睨むと、少女はすぐに俯いて肩を落とした。そして観念したように、深く息を吐く。


「さて、どうしますか?」


 促すようにゆっくりとセージが問う。

 しばらく黙って、そしてその沈黙を打ち破る強い声が少女から放たれた。


「わかったわ。あんたの誘い、受ける」


「ミレイ! いいの?」


 困惑した面持ちの少年に、少女はこくりと頷いた。


「何を考えているのか、それはさっぱりだけど。条件としては悪くない。しばらく利用させてもらうわ」


 隣の少年にだけ聞こえる、小さな呟き。それは地上の二人には届かない。


「そうですか」


 満足げにうなずいたセージは、ミララに協力を頼んで落とし穴の中へと梯子を降ろす。

 地下の二人は降りてきた梯子を確かめるようにじっと睨んで、やがてそれを伝い地上へと上っていく。

 改めて二人と対面すると、彼らの容姿は非常に似通っていた。昨晩は視界が悪く分からなかったが、両者とも癖のある茶色の髪と、同じ色の瞳を持っていた。少女の方は長い髪をポニーテールに結わえていて、凛とした瞳を鋭く輝かせている。一方少年の方は特徴的なヘアバンドをしており、穏やかな瞳に不安の色を写していた。

 

「何よ」


 じっと見つめていた視線が気に障ったのか、少女はその瞳を更に細めてミララを睨む。


「あ、いや。別に」


 その鋭さに、ミララはびくりとした。

彼らの年齢は一四、五歳くらいだろうか。いずれにせよ、ミララよりも年下であるように見える。しかし、その纏う雰囲気のせいだろうか。少女の方はその年齢よりも遙かに大人びているように思う。警戒心からか、幼さを隠すように引き締められたその面もちは、研ぎ澄まされた刃のような威圧感放っている。


「改めて、よろしくお願いしますね。僕はセージです」


 ぴりぴりとした空気をものともせず、軽やかにそう告げるとセージは会釈する。


「あ、ミララです」


 そんな彼につられ、ミララも倣う。


 ――そうなのだ。彼等もまたこれから一緒に暮らす一員となるのだ。

 

 ちゃんと仲良くしていかないと。それならば、相手の威圧に怯んでいる場合ではない。


「えっと、俺はソニティア。ソニィでいいよ」


 先に名乗ったのは少年の方だった。彼のほうはすでにこの状況を受け入れたようで。多少の不安を残しながらも、警戒を解いてひとなつっこい笑顔をむける。


「で――」


 ちらり、ソニティアと名乗った少年は少女の様子をうかがう。

 

「……ミレイ」


 促された少女は小さな声で言う。頑なに、視線をこちらへ合わせようとはしない。


「言っておくけど、あんた達となれ合う気はないからね」


 吐き捨てるように告げると、ミレイはくるりと背を向けてキッチンから去っていってしまう。


「あっ、ミレイ! 待ってよ」


 置いて行かれたソニティアも慌ててそのあとを追って行き、その姿は廊下の奥に消えていった。


 あっという間に、残されたのはミララとセージの二人だけになってしまった。

 プリン泥棒の犯人が見つかった。と思ったら、慌ただしくあっという間にいろんな事が決まってしまった。プリンを無断で食べたの罪を咎める暇もないとは思ってもみなかった。

 ともに過ごす家族――と言うべきなのだろうか。が増えたわけだがなんとも実感がわかない。本当に大丈夫なのだろうかという漠然とした不安だけがのこる。

 ミララはセージへと視線をやった。


「ねえ、セージ。いいの? これで」


「はい。どうせなら、にぎやかな方が楽しいと思いませんか?」

 

 にこやかな答えが返ってくる。

 たいへん気楽な様子だ。どうしてそんな平然としていられるのだろうか。なんのためらいもなく決断を下してしまったが、勝手に忍び込んでいた素性のしれない少年少女と一つ屋根の下で暮らすなどと、本当に良かったのだろうか。

 ソニティアと名乗った少年の方は、プリンを盗んだ元凶であるということをのぞけば別段悪害はなさそうだ。しかし、ミレイの方はどうだろうか。始終こちらに対して明確な敵意を放っていた彼女が、こちらが寝ている間に手にしていたナイフでぶすり、なんてこともあり得なくはない。

 セージの言うようなにぎやかに楽しく、という光景をどうしても思い描くことができない。殺伐サバイバル生活、と言ってしまった方がまだ的を射ているのではないか。

 そうだね。と安易にうなずくことはできないミララが沈黙してしまった

ので、セージは不思議そうに首を傾げた。


「心配、ですか?」


「そりゃあ、まあ」


「大丈夫ですよ」


 ふわりとした声だった。


「ほんとうに?」


「はい。彼らがほんとうに害をなそうと考えていたら、もっと早くに僕を殺しているはずですから。それをしなかったということは、大丈夫ということです」


 にっこりと、彼の形の良い唇がゆるやかな弧をえがいた。たとえが物騒なのが気にかかったが、その笑顔は自信の現れなのだろう。けれど、その根拠はいったいどこにあるというのだ。


「――なんといっても、最近はすごく良いことが続いてますから。だからきっと、これも素敵な出会いのひとつだと思うんです」


「素敵な出会い、かあ」


 よくよく考えてみれば、ミララ自身突然転がり込んでそれを受け入れてもらっているのだ。自分のことをすっかり棚に上げてしまっていたが、セージにとって新しい住人を受け入れることはそれほど大きな問題ではないのかもしれない。

 さらに考えてみると、彼女たちの方が先客なのだ。今まで隠れて住んでいた存在が正式に認められただけにすぎない。それだったら大丈夫であるという根拠にはならないものの、理屈にはかなっている。

 彼女たちも、自分のことも、セージにとっては同じ事なのだ。やってきた者を、受け入れてくれただけ。


 ――自分だけが特別というわけではないんだな。


 それを残念だと思う気持ちに気づいて、どうしてそうなるのだ、とミララは首を振る。邪念を振り払い、セージとの会話に意識を戻す。


「うん。まあ、いろいろと心配はあるけれど。もう決まっちゃったことだもんね。これから仲良くなっていけばいいんだし。うん。セージの大丈夫を信じてみるよ」


 言いながら、己に言い聞かせる。

 こうなれば、なるようになるしかない。きっと、大丈夫だ。

 もとはといえば、何かを変えたくてここまできたのだから。この出会いはきっと、セージの言うように素敵なもので。また新しい何かを運んでくれるのだろう。



 日々はまたはじまる。少しずつ色を変えて、重なり合う音を増やして。

新たな音は、新たなリズムを刻んでは心の色を変えてゆく。

 こうしてまた紡ぎ出される旋律は、調和かそれとも不協和か。それはまだ、誰も知り得ない。