雨、きみをさがして
さあさあさあ。
雨が世界を叩く音がする。
ぽつぽつぽつ。
水たまりは波紋を重ねて、生い茂った葉っぱからぽたりと滴がつたう。
屋根が雨粒をはじく。
真っ暗な空、分厚い雲は太陽を覆い隠してどんよりと沈んだ空気を町に降らせる。
こんな日はどうしても、あの日を思いだしてしまう。
机の上に開いていた医学の本をぱたりと閉じて、その脇に積み上げられた書物の一番上に積み上げる。
椅子から立ち上がり、おもむろに上着を身に纏う。
傘立てから一本、古びた藍色の傘を取り出してためらいもなく俺は雨の降る外界へと飛び出した。
湿った外気はひどく寒く、濡れた地面はスラックスの裾を濡らして、じわりじわりと身体が冷えていく。
そんなことはどうでも良かった。
この雨の中で、君が寒さに凍えているのではないか。
冷え切った指先を、届かない空に伸ばしてさまよっているのではないか。
そんな思いばかりが心臓を握りしめて、居ても立ってもいられなくなる。
――君は、どこへいってしまったのだろう。
降りしきる雨がその姿を隠して、すっかりみえなくなってしまった。
水たまりが跳ねる。傘から伝う滴が、肩を濡らす。
どれだけ探しても、君の姿はみつからない。
――君は今、どこにいるのか。
――雨に濡れてしまってはいないか。
どれだけ問いかけても、雨音がすべてかき消して。
この声は君に届かない。
しとしと、さあさあ。
どれだけ町をさがしても、彼女の姿は見つからなかった。
そんなことはわかっていた。
だけど、この雨が君の呼び声のように思えて。いかなくてはと思うのだ。もう二度と、あの日を繰り返したくはないから。
家の前の、見慣れた景色に帰ってくる。
ふと、ポストの中に一通の手紙。出るときには気づかなかった。真白な紙地に美しいアラベスクが描かれた上品な封筒だった。
一体誰からだろう。そう思って裏面を確認するも、差出人は書かれていない。
誰かのいたずらを疑ってみたが、わざわざ立派な封筒を用意してまでするとは考えにくい。捨ててしまう前に、中身を確認するくらいはした方がよいだろう。
ペーパーナイフを取り出して、丁寧に封を開ける。
中には一枚の便箋。丁寧な品のある文字が綴られていた。
その内容に、俺は目を疑った。
「これは……」
手紙をもつ指先が震える。
どくどくと脈打つ心臓が、今までにない速さを刻む。
「まさか、いや、でも」
にわかには信じがたかった。
けれど、もしこれが本当ならば――
ざあざあざあ。
雨音がさらに強く、屋根を叩いた。
――やっと手に入れた、彼女の手がかりだ。
これは、藁にもすがる思い。
雨に隠された君を見つけだす。
くしゃり。手紙をぎゅっと握りしめて、俺は再び雨降る世界へとその身を投げ出した。