例えば、シビュラシステムによって支配されたこの世界で、ある一人の人間に惹かれたとする。



だけど、もし、幸せを導くためのそのシステムが自分にとっての大切な人に不幸をもたらしてしまったら、自分はどうすればいいのだろう?



「お願い、やめて!」



そう叫んで自身の母親を庇うように覆い被さるなまえに向けられているのはドミネーターの矛先。



そしてそれを握る縢はなまえが庇っていることで対象を撃つことができない状況にいた。



彼女を無理矢理退けることもできただろう。しかし彼がそれをしなかった理由は、縢が彼女と知り合いだったからである。



縢はある店で働く女性と親しくなった。それがなまえだったわけだが、彼は彼女と話しているうちに次第に彼女に惹かれていった。



なまえの話によると、難病を患っている母親のために働いているということだったのだ。しかし、まさかこの様なことになろうとは当時の縢もなまえも予想しなかっただろう。



「銃をおろして!母は何も悪くないわ!母は病気のせいで人を殺めてしまっただけなの!」



金切り声をあげるなまえの目からは涙が滝の様に溢れている。それを見ていると彼女の母親に対する想いが伝わって、縢は思わず目を逸らすが銃口は彼女を定めたままだ。



なまえの母親は人を殺めた。きっと、難病が治らないことにストレスや恐怖を感じて誰かを道連れにしたかったのかもしれない。



だが、しかし、どれだけ病気のせいにしようとも、母親が人を殺めた事実に変わりはない。だから今こうしてシビュラシステムやドミネーターは母親を排除しようとしている。



せめて、なまえがいなかったら、彼女をこのように苦しませることもなく、母親を撃って任務完了だったのだが。



「なまえ、頼むからそこを退いてくれ…!」



ギリッと奥歯を噛み締める縢をなまえもキッと睨み付ける。



「縢こそ、銃をおろして!」



両者は一歩も譲らない。緊迫した雰囲気の中で縢は内心焦っていた。このまま時間が経てばなまえのサイコパスが母親の影響で濁ってしまうかもしれない。そうなれば彼女をもドミネーターで撃つことになる。それだけはなんとしても避けたかった。



「縢と母の何が違うというの!?貴方も同じ潜在犯なんでしょ!?たかが潜在犯が執行官をやっているだけじゃない!」



なまえの叫びに縢は一瞬目を見開く。



そうだ。自分は潜在犯で、今は執行官だ。執行官とは、潜在犯を狩る猟犬だ―――。



ガチャリとドミネーターをおろして、しゃがみこむと泣きじゃくるなまえをそっと片手で抱き寄せる縢。彼女は彼がドミネーターをおろしたことに安堵したのか彼の胸で糸が切れたように泣き出した。そんななまえの耳元で彼はただ一言言葉を残す。



「なまえ、ごめん。」



途端その場に響いたドミネーターの銃声。彼はなまえを抱き締めていないもう片方の手で彼女の母親を撃ち殺したのだ。



縢は、自分の腕の中で泣き叫ぶ彼女の悲鳴を聞きながら、自分が猟犬である限り潜在犯を狩らなければならないのだ、と自身に言い聞かせた。例え、違う誰かがその命を護りたいと思っていても。




僕が奪った命は、違う誰かが護りたかった命と知っていても






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素敵な企画に参加させて頂きました。ありがとうございました。