06



今宵は気分が良いから晩酌に付き合え、と。
顔色の良い晋作さんの笑顔に誘われるまま、屋敷の庭に出て2人っきり身を寄せ合うようにして桜の木の下に座っている。
月明かりが頭上に咲き誇る桜の花弁を白く浮かび上がらせていた。

「キレイ…」
「ああ、そうだな」

はらりはらり、誘うように此方に舞い降りてきた花びらを目で追っていると。
ちびりちびり、お酒を呑んでいた晋作さんの手の中のお猪口に吸い込まれるように落ちていった。

「…あ」
「桜酒だな」
「ふふ、只のお酒より美味しそうに見えるね」
「…じゃあ、お前も呑んでみるか」
「え」

花びらの浮かぶお猪口の中身を、花弁ごとグッと一気に煽る晋作さんに目を瞬かせた。
次の瞬間、ズイッと間近に迫られて。

「!!」

睫毛の生え際まではっきりと見える距離に、ゴクンと息を呑む。
お酒の香がクンと鼻先を掠めて、反射的に後ろに退こうとしたけれど、それよりも早く晋作さんの手が伸びて顎を捕らえられる。
触れた部分からパーーッって身体の内側に晋作さんが流れ込んできたような不思議な感覚を味わっていると唇を塞がれた。
柔らかいその感触は、お酒で少し湿っていて、直接口内へ流れ込んでくる香りにクラクラ眩暈がした。

「…んっ」
「…どうだ?」

美味かったか?と聞いてくる晋作さんは少し意地悪な笑みを湛えている。

「…わ、わかんないよ」
「なんだ、わからなかったか」

残念だな、と言って空になったお猪口を差し出されて、視線でお酌を要求された。

「えっと、でも、あんまり呑まない方が…」
「小娘の酌で呑む酒は、美味いからいくらでも呑める」

不味い薬よりよっぽど身体に良いぞ、と満面の笑みを向けられて、何も言えなくなってしまった。
色素の薄い前髪の間から覗く、髪より更に色の薄い双眸が、不意に真剣な色を浮かべ真っ直ぐに此方を見据えた。
意志の強さを現してるこの眼に捕らえられると、私は未だに胸が波立つ。
これを注いだら…頭の片隅で予想したその後の行為は、私の欲に溺れた願望だろうか。
ドキンドキンと、その存在を主張する心臓を晋作さんに悟られないように。
必死に平静を装って、ゆっくり徳利を傾けた。
トクトクと注がれる透明な液体が杯を満たし、偶然か必然か、再びそこへ舞い降りた一片の花びら。

「今度は、しっかり味わわせてやろう」
「!」

ちらりと視線を寄越した晋作さんが、私の手から徳利を取り上げて身体を引き寄せると、再びお猪口に口をつけた。
此処は外だし、とか。
でも、周りに人気はなくて、夜桜の下…2人っきりだな、とか。
晋作さんの纏う雰囲気に酔わされて、鈍くなった脳内を色々な思考が駆け巡った。
だけど結局、そんなの全部関係なくて、晋作さんと近付く距離を拒む術など私の中には存在しないのかも知れない。

「ふっ、ん……」

重なった唇は先程よりも長く、私の体温を上げていく。
晋作さんがくれる口付けはいつだって私の頭の中を真っ白にするから、お酒の味がどんなモノかなんて考える余裕などない。
心臓の鼓動と唇の触れあう音しか聞こえなくなる。

「小娘、唇を閉じるな。ん、あーん…」

晋作さんの親指が私の濡れた唇に触れて、促されるまま唇を薄く開くと。
呼吸もままならないほど、何度も深く口付けをされた。

「んっ…ふ」
「おっと…」

全身の力が抜けて、晋作さんの胸に寄りかかった私。
晋作さんはそんな私の腰に腕を回して支え、抱き寄せた。

「小娘の唇は甘くて桜酒よりも美味いな」
「……もぅ」

耳元で囁かれた言葉に、頭のてっぺんから湯気が出そうだ。

「もっと欲しくなる」

晋作さんが再び親指で私の唇の輪郭をなぞった。

「………私も………もっと、欲しい」

晋作さんと心が繋がってるって感じるとすごくホッとするけど、身体が触れるのってなんだかすごく強烈だ。
他の人じゃ何も感じないのに…この指だけ。

この唇だけ、感じる。

私の一言に驚いたように目を瞬かせた晋作さんの頬がさっきよりも赤く見えるのは、お酒の所為か…。
一瞬止まった時間の流れがもどかしくて、自分から晋作さんの首の後ろに手を回して引き寄せた。












仕掛けたのは貴方か、私か。







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