ふたつ
※恋人未満だけどとても仲の良い二人です
4号がちゃんと学園にいるほのぼの時空
「エランさんのお顔、きれいですねぇ」
ほぅ、とため息をつくように目の前の少女は言った。
地球寮に行った彼女から化粧品の話をされたときになんとなしに出た話題だった。
この顔は借り物だから、と声には出さず少しだけ気持ちに影が差す。スレッタが悪いわけではない。彼女が「自分」を褒めてくれていることはわかる。わかるからこそ複雑だ。
「もしこの顔じゃなかったら、君はそう思った?」
「えと、どういう…?」
意地の悪いことを言ってしまった。これでは性格の悪い「エラン」になってしまう。今まではなんとも思わなかったけど、スレッタには借り物の自分を見てほしくなかった。本でしか見たことのない気持ちを誰かに抱くなんて、と自分でも思う。
「ううん、でもわたしきっとエランさんがエランさんでなくても、きっときれいだなぁって思います!」
ふんす!と彼女は息巻いて言う。
「どうして?」
「ええと、なんていうか。わたしはエランさんの優しさに助けてもらいました。ご飯を届けてくれたり、寮に来ないかって言ってくれたり…」
それは彼女が自分と同じだと思っていたからだ。自分と同じように苦しみながらガンダムに乗っていると思っていたから。彼女に八つ当たりのように鬱陶しいと吐き捨てたのに、スレッタは更に鬱陶しさを超えてきた。でもそれほどまでに他人に気にされたのも興味を持たれたのも、持ったのも初めてだった。
「作戦だったとしても!わたしは嬉しかったので!!わたしすぐには気づいてあげられないかもだけど…。エランさんの、優しさは変わらないと思います」
だから見つけに行きます!とスレッタは笑った。
「君は不思議だね」
「そ、そうですよね!!ごめんなさいへへ」
恥ずかしがるように手でぱたぱたと顔をあおぎながら、スレッタはエランから視線を外した。
「作戦じゃない」
「え?」
「君に話しかけたのは君を知りたかったから、誰かの命令じゃない」
僕の、意思と声には出さずに思う。
「そ、そうなんですか…?」
「うん」
スレッタはまた視線をこちらに向けて、僕の顔を見る。大きくてつぶらな瞳は純粋で、難しいことなんて知らないみたいだった。
「あの時は、ごめん。怒鳴ったりして」
「い、いえいえいえ!わたしが悪いんです。わたしこそ聞かれたくないこと聞いて、鬱陶しくしてごめんなさい!」
ぺこり、とお互いに頭を下げる。周りに人がいたら不思議な光景に思われたかもしれない。会社の調整であの日は間に合わなかったけれど、今日は待ち合わせに間に合ってよかった。
「あ、あの!エランさん!ケーキ食べに行きませんか!」
「ケーキ?」
「エランさんがよければ…」
「…うん、いいよ」
「!」
「君のやりたいこと、教えて」
「は、はい!」
彼女は魔女だ。こんなにも人のことをかき乱しておいて、何にも知らないみたいな顔で自分に勝って、なんでも持っていて。
ーー自分からも奪っていく。
こんなにも鬱陶しいのに、彼女は自分に向かって飛んできた。みなが「エラン・ケレス」の外側の話をするのに、彼女は中身の話をする。
優しいなんて言われたこともない。大抵は御三家だからと遠巻きに見つめるくらいだ。
立ち上がり、スレッタを振り返って手を差し出す。おずおずと伸ばされた手は、自分より小さくてあんな強い機体を操っているとは思えなかった。
「…そうだ」
「?」
「約束してほしい」
「はい」
「僕の見た目が変わっても、また」
「…はい」
「また見つけてくれる?」
「…!はい!ぜったいぜったい!エランさんのこと見つけます!」
繋いだ手が暖かい。友達ってくすぐったい。目を閉じれば生まれたいつかの祝いの日を思い出せた。何もなかったはずの自分にも持っているものはあるのだと教えてくれた彼女の手を握り返す。
彼女のことを知っていけば、いつか自分のことも知れるだろうか。そんな期待を胸に秘めて。