子どもみたいな君、
大人っぽいあなた


 ヘマをした。素材を集めてきてほしいという単純な任務で指定された場所に来てみれば、思ったよりも敵が多い。ギュインギュイン機械の音がして、けたたましい鳴き声が聞こえて、とてもうるさい。バットで蹴散らして、槍でいなしてあちこち駆け回って、ふとした段差で躓いて腕スレスレを敵の光線が掠めた。
 打った膝はそこまで痛くはないが、腕はジンジンと痛む。路地裏になんとか滑り込んだはいいものの、このままでは終わりだ。連絡を誰かに取ろうにも、傷を押さえるのに手一杯で動かせない。
 だんだんと路地の入り口に影が増えて、飛び交ってくる敵もいる。いよいよおしまいだと目を閉じた瞬間。
 どこからか伸びてきた紫の一線が敵を切り裂いた。

「やほ、カフカ」

 じっと、マゼンダの瞳がこちらを見つめる。美人が、それも自分の中で特別な存在に無言で見つめられるとこうも怖いのかと場違いなことを考えたりして。けれど私はどうすることもできずにただうずくまった状態から顔と片手だけをあげて、挨拶を返した。
 こんな姿を見られたくなかったような。でも見つけてくれたのが彼女で嬉しいと思ってしまうような。複雑な気持ちは声に滲ませることはしなかったけれど、痛みに歪む顔には出てしまったのだろうか。カフカは少しだけ表情を曇らせた。

 彼女の足元には先程まで星に襲いかかってきていたモノ達がいた。砕けた結晶や、部品、燃料の油かなにかの液体が散らばり、カフカという存在がどれほど強いのかを知らしめている。もしこれが人だったらあまり直視できない光景が広がっていたのだろう。

「カフカ」
「………」
「カフカ?」
「……場所を移しましょう」

 名前を何度か呼ぶとハッとしたように口を開きかけて、そしてため息をひとつした。近づいてくる彼女のコツコツとした固いヒールの音が、静かな路地裏に響く。迫力に思わず後ろずさろうと体がのけぞるが傷つけられた腕が痛み、やっぱり前屈みになってしまう。
 ドクドクと血が流れていくのを汗ばむ手でなんとか押さえカフカの一挙一動を見つめる。しなやかな足取りで、優しく細い指先は戦闘で汚れることもなく私に伸ばされる。気恥ずかしくなって下を向いているとそっと輪郭をなぞるように撫でられた。

「聞いて」

 言われなくても、と目を閉じる。……当たり前のように目を閉じてしまったが、どうしてだろう。私が頭の中をぐるぐると回しても、答えは見つからない。記憶を失う前の記憶からなのだろうか。目を再び開く気力もないからそのまま黙り込む。

「あなたは少し…そうね、眠りに落ちるわ」

 言い淀むように柔らかな声が降る。とたん、頭がぼんやりとして、瞼が落ちそうになるくらいの眠気が奥底からやってくる。
 眠気で落ちる意識の最中、少しパサついた髪を撫でる感触がして、ずっと昔の私も撫でてくれていたのかななんて思う。だってその手つきはやけに慣れていて、それで、とても懐かしかったから。



 ツンと鼻につくような薬品の匂いに目を覚ます。ここはどこか、天国か、それとも地獄か。腕には何かがしっかりと巻いてある感触がして、誰かが手当てをしてくれたことがわかる。
 起きたばかりで霞む目を擦りながら体を起こし、隣を見るとカフカがいた。体が驚きでびくりと跳ねる。こちらをじいっと、それも無言で見つめてくるものだから眠る前の光景を思い出せた。

「…助けてくれてありがとう」
「ここは一度拠点に使ったことがある場所なの。君が倒れたのがこの近場でよかった」

 噛み締めるような声色でそういいながらカフカは水を手渡してくれた。透明なガラスに揺れる水面を見ていると、ボロボロな自分がよく見えてしまった気がしてすぐに飲み干す。
 オアシスに出会った旅人の気分になれるくらい乾いた喉に冷たい水は沁みた。コップをカフカに返し息をつくと、くすくすと笑うような声がリップを塗った綺麗な口から溢れる。

「そんなに美味しかったかしら?」
「うん。すごくおいしい」
「ふふっ、そう…」

 カフカは私の髪にそっと触れて耳にかけてくれた。嬉しさ半分、敵にこんな体を許してもいいのかという気持ち半分。ぐるぐると考えが渦巻く気持ちを飲み込むように唾を飲む。
 今日のカフカは、なんだかいつもと違う気がする。いや、「いつも」なんて知らないけれど、前会った時以上に観察をしているみたいに見つめてくることが多い、ような。濁っているわけではないのに、底の見えない澄んだ瞳が何度もかち合う。石を打ち合わせたときのようにちかちかと眩しくて、逸らそうとしても惹きつけられてしまうものだからとても困る。

「あんたは大丈夫なの?」
「あら、心配してくれるの?」
「べつに…、仕事じゃなきゃあんなとこいないでしょ」
「銀狼が近くの監視カメラをハッキングしてたのよ。それで追いかけられている君の姿を教えてくれてね。ふふ、間に合ってよかったわ」

 なるほど。私と会うことは許されているということなのだろうか。おそらく、脚本とやらには何も書かれていないからこうして側にいてくれるのだとは思うのだが。
 カフカは一方的に連絡を絶ったかと思えば、また一方的に話しかけてくることが多い。気にかけてくれているのかよくわからないけれど、嫌な気分ではないからやっぱり困る。ほんとに。
 またふらりといなくなってしまう前に何かを話したくて口を開くが言葉が出てこない。話したいことがたくさんで何から話せばいいかわからなくなるなんて。カフカをちらりと見れば子どもを見るみたいな優しい目をしていて、ちょっぴり悔しくなる。

「今日はこれ以上やることもないの。……まだ話をしていられるわ」
「なっ、そんな、話すこと、ないし」
「そうなの?悲しい…」

 全然悲しくなさそうでむしろからかうみたいな声色。口元にやった手の隙間から見える口角は上がっている。

「聞かせて、君は最近どんな経験をしたの?」
「む……」

 言霊を使ってしまえば早いのに、と思いつつも悲しませるのは本意ではなくて。カフカって案外さみしがりや?とか拗ねたことをいう気持ちにもならなかった。
 ぽつぽつと私の口は最近の出来事を語り始める。依頼を受けていく中でたくさんの人生を見てきたこと、実験のお手伝いをしてきたこと、素人なのにお手本になったこと、美味しかった食べ物、見たことない奇物、列車のみんなとの思い出。
 最初のもやもやとした気持ちはどこへやら話し終える頃にはさっぱりとした気持ちになっていた。身振り手振りを交えて写真を見せたりなんかして、カフカが子どもを見るような目になるのも当然なくらい子どもっぽかった。

「君は随分面白い経験をしたのね」
「あったりまえだよ。銀河打者だからね」
「君の成長が楽しみよ、……怪我を作るところはまだまだだけれど、すぐに強くなれるわ」

 力こぶを作って強さをアピールする。もうこんなに強くて大きくなったのだと、覚えていないかつてに胸を張るように。でもカフカには見破られてまた頭を撫でられた。その視線は端末に一度落ちて、ため息をひとつ。

「こどもじゃないよ」
「ええ……知ってるわ。ごめんなさい、そろそろ行かなくちゃいけないの。また今度続きを聞かせてちょうだい」
「うん、またね」
「また会いましょう」

 そっと額に落とされた口づけは優しさに溢れていて、さみしくなる。カフカはそのまま窓を開けて降りていく。その後ろ姿を見たりはしない。きっとまた会えるという確信があるし、今の子どもっぽい私なら追いかけてしまいそうだったから。
 毛布をもう一度頭から被り直し、列車のみんなに連絡を入れる。『夜ごはん一緒に食べようね!』というなのの言葉にスタンプを返して枕に顔を埋めた。きっとまた生活すれば紛れてしまうこの気持ちを今だけはもうちょっと、抱きしめさせてほしいと思いながら、目を閉じた。

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