しあわせ滲む瞳


※女先生、最終編後の話


 うららかな春のお昼時、対策委員会の部室には二つの人影がある。
 ひとりは黒髪の優しげな印象の大人の女性。もうひとりは桃色の髪をしたのほほんとした雰囲気の少女だ。二人は何をするでもなく、机や椅子をよけて窓際に引いたシートの上で日向ぼっこをしていた。

 透明なガラス越しの陽の光はぬくもりに溢れていて、どこからかはいり込んでくる風も心地がいい。降り注ぐ陽の光をたっぷりと浴びてぬくぬくと手足を丸めるホシノの頭を、先生が静かに撫でる。
 まるで猫にでもなった気分、とホシノは目を細めた。

「先生、寝てる?」
「ねてないよ」
「眠そうな声だねえ」
「ホシノもだよ」
「そぉかなあ〜」
「そぉですよ〜」

 先生の声はねむいというより気が抜けているような声色だった。いつもの溌剌とした姿から少しだけ離れた、オフな調子。みんながいないから肩の力を抜いてくれているのだろうか。
 うつ伏せになって肘をつきながらホシノを撫でる真剣な瞳は普段と変わりがなくて、安心する。

「うへへ」
「ん?」

 胸の奥がなんだかくすぐったくなるような、むずがゆい、でも決して嫌ではない気持ちでいっぱいになる。
 先生はきょとんとした顔で私を見た。少し遠くを見ていた目が、やっと合う。
 こんなふうに、大人の人と穏やかに過ごす日が来るなんて思わなかった。かつての自分なら信頼できないと吐き捨てただろうし、実際先生のことも信用なんてできなかった。
 先生の目は出会った時と変わらず、まっすぐで優しい。私たちが困難に立ち向かう度にきっと、いや必ずその身を削ってでも守ろうとしてくれるだろう。
 違う世界のシロコちゃんと共に立ちはだかってきたときみたいに。……普通の人間である先生は銃弾一つで死にかけてしまうのに、それでも、何度でも私たちの手を取ってくれるのだと私は確信している。
 ぬるい風が先生の髪を揺らしてふわりと舞う。風は少し砂っぽくて乾いた匂いがする。わ、と砂が目に入ったのか先生は目元を覆った。私もつられるように目を閉じる。

「そろそろ、窓閉めようか」
「そうだねー。よいしょ、っと……よし」
「ほ、ホシノさん?」

 起き上がって座る先生の膝に、隙をついて頭を滑り込ませる。先生はびっくりしたようにまんまるい目を向けてきた。

「もうちょっとおじさんとお昼寝しようよ〜」
「ええっ、今日は午後から砂掃除するんじゃなかった?」

 ふにふにとした感触を頬に感じながら、返事を返さずに目を閉じる。慌てるような口ぶりの先生も私がてこでも動かないとわかったのかやがて静かになった。
 さっきよりもおそるおそるといった様子で、頭がまた撫でられる。
 ふとなぜか、ツンと目の奥にさみしさが滲む。夢なんかじゃない優しさとぬくもりが、いつか失ってしまうんじゃないかという怯えが、ふと顔を覗かせた。

「大丈夫だよ」
「……どうしたの?先生」
「なんとなく」

 先生には見えていないだろうか。ぎゅうと口を噛みしめてこらえる。無責任で、根拠もない、大人の「大丈夫」。でも、先生はきっと本当にしてくれるんだろう。

 校庭のほうから騒がしい声が聞こえてきた。みんなが帰ってきたのかな。シロコちゃんを止めるセリカちゃんの大声や、その様子に笑っているのだろうノノミちゃんとアヤネちゃんの声もする。
 窓の外を見る先生の顔もあたたかなもので、やっぱりいっぱいな気持ちになった。声を出したら、言葉にできない気持ちが雫となって溢れてしまいそうで、何も言えない。

「みんなが一息いれたら、やろうね」

 頷きを返して、ホシノは今度こそ考えることをやめる。
 今日の夢は、優しい手のひらとアビドスの眩しい明日たちが笑う、美味しいものだけ詰めたお弁当みたいな夢を見られるような、そんな気がした。

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