夢のぬくもり
「逃げたら一つ、進めば二つ!です!」
そう笑った少女の両の手のひらは彼女の髪色よりももっと鮮烈で、鮮明で、異常さを際立たせている。ターコイズブルーの瞳は爛々と輝き、どこまでも真っ直ぐに目の前に立つ少年を射抜いた。
少年はその変わらぬ表情を少しだけ険しくさせてこう問うた。
「君は怖くないの?」
少女は瞳をくるくると少年をなぞるように動かし、思案した。
「怖くないです!」
「失ってしまうよ、君が傷つく」
間髪入れずに少年が返し、返り血滴る少女の手を優しくとった。少女は何か言おうとして、口をはくはくと動かしたが声になることはなかった。
「スレッタ、スレッタ・マーキュリー」
「…はい!」
「君が傷つくのを見たくはない」
ーーお母さんは言っていた。わたしが、私が戦えばみんなを助けられると。お母さんは人を殺していた、私を守るために。だからわたしも同じことをする、私を助けてくれたお母さんみたいに。そうしないと割り切らないと進まないと救えないものがあるのだと。
ーーだから、
「傷ついたりなんて、しないです!それでみんなを、大事な人を守れるのなら!」
少年はついに困ったような顔をした。頑固者のこの少女の頭には母親の言葉がずっと住み着いている。少年がファラクトに乗るとき脳をかき乱されていたように、彼女はすでに母親の愛と言葉に魔法をかけられていたのだろう。
言葉の代わりに繋いだ手にぎゅっと力を込める。もう何も言えなかった。きょとんとした彼女の額に自分の額こつん、とぶつけて目を閉じた。少女は頬を赤くしてひゃーだなんて情けない声を出している。
「え、ええええらんさん!!ちか、ちかい!」
変わってしまったのは少女なのか、少女の周りなのか少年にはわからない。でも、どうか今はこの夢が覚めないでほしいと思った。
「うん、ちかいね」
ちかい、近くて、とおい。
「あたたかいね」
「エランさんはちょっとつめたいです」
首筋に顔を埋めて背中に手を回すと彼女もおずおずと背中に手を回してきた。
どうかどうか。彼女が暖かいままで、また会えるようにと少年は力を込めて少女を抱きしめた。
起きてしまっても、このぬくもりを覚えていられますように。