冬にちかい
※冬の子の幻影が出張
いずれ冬箒に繋がるのかもしれない
ファーティ、きょうはさむいね
傍らの父親は目を丸く開きどうしたと問いかける。
古ぼけたランプのぼんやりとした光を見つめている愛娘は、問いかけには答えず静かに黙っている。いつも航海から帰ってきた日の夜は興奮しながら父親の話をねだっていたというのに。
父親は娘の金髪を撫でながらどこか調子でも悪いのかと観察した。ほてったように赤く見える頬、熱があるのかと額に手を当ててみるとひどく熱い。すぐに水場へ走り、濡らした布とコップを持って部屋に戻る。
「わたし、今日おみずを被ってしまったの」
「低脳め早く言いなさい」
静かに怒りを含んだ父親の声にも反応を返さず夢を見ているように娘は続ける。
「そうしたらね、しろい…ううん銀色の髪をしたお兄さんに会ったの」
「どこのどいつだ…?」
「間抜けな姿をみられたのが恥ずかしくて下をむいていたらね、その人が手拭いをわたしてくれたのよ」
冷たい布が心地いいのか娘は目を細め、ため息をついた。父親が頬を撫でようと伸ばした手を小さな手が掴む。向けられた顔にふたつ揃った愛らしいまなこはどこか遠くを見ていて気味が悪い。
「その人はすごく冷たかったの。冬が人の形をしていたらきっとあんな姿をしているのね」
娘の話を聞いているとまるで死神のような男がイメージされて、父親は大きく顔を顰めた。
「今ねファーティ」
「なんだね」
「その人のこえが聞こえるの」
窓の外がやけにうるさい。
まるで吹雪でもやってきたかのように窓が軋んでいる。娘は外をうっとりと見つめベッドを這って窓へ近づく。
すかさず父親は娘を抱き上げて決して渡すまいと外を睨んだ。指はかじかんだように冷えて赤くなり気を抜いてしまえば娘を離してしまいそうだった。
「娘は渡さんぞ。このイドルフリート・エーレンベルクの目の届くうちは決して」
吹雪はしだいに収まりちらちらと雪が降り積もる。
もがいていた娘も気がつけば腕の中ですぅすぅと寝息を立てている。
冬に魅入られたのか死に近づいていたのだろう。一日も経てばこのことなどすっぱりと忘れて父親にお伽話をねだってきた。
「ファーティどうしたの?」
「知らない男にはついていくんじゃないぞ」
うん!と何も覚えていない娘は返事をした。
一人置いて行くことに不安がないわけではないが、それでもイドルフリートは行かなくてはならない。額に口づけくすぐったがる愛娘を抱きしめる。
どうか死んでくれるなと祈りを込めて。