先生は私の心臓にわるい!


※女先生、百合、ちょっといかがわしい、なんかもういろいろ許してくれる人向け


 それはある日の朝のことだった。
 シャーレの当番のために朝早くから意気込んで出かけた陸八魔アルがシャーレのオフィスに着いたとき、最初に目に入ったのは先生がソファでこんこんと眠っているところだった。
 おそらく徹夜で書類を片付けていたのが手に取るようにわかる机の散らかりよう。流石はうちの経営顧問だと鼻高々になるのと同時に先生の体が限界を迎えていないか心配になる有り様に、今日の当番として最初の仕事は片付けだと意気揚々と手をつけた。
 一通りまとめ終わり、椅子にお気に入りのコートをかけてコーヒーを入れに行く。
 多くの生徒が訪れるここには生徒の好みに合わせて飲み物やお菓子が常備されている。今度は私も何か置きにきてもいいかもしれない、と思いながらカップにお湯を注ぎあたたかいうちに口に含む。
 棚を見ていると、端の方に不思議な小瓶が一つ置かれていた。研究者がいかにも使いそうな白い粉入りの小瓶は特に何か書かれているわけではなく、用途は不明だ。もしかしたら他の生徒が置いていったのかもしれない。こんな見るからに怪しげなものを飲む人もいないだろうと気にとめることもなかった。
 ひと息入れてそろそろ先生を起こそうかとソファに近づく。
 本当に寝入っているらしい先生の寝顔は綺麗で、同じ女性として憧れてしまうものだ。椅子をカラカラと先生の側に転がし、じっと見つめてみる。もう少ししたら起こそう、そう思って時間が経った。

「う……あれ、アル…?おはよう…」
「ふふっ、おはよう先生。ごめんなさい、起こしてしまったかしら」
「ううん、こんな美人さんの顔を朝から見られるなんて幸せもんだぁ…」
「なっ、なな何を言っているのかしら!も、もう!!」

 かっこよく挨拶ができたと思ったのに先生のペースに巻き込まれると、自分のペースを保つこともできない。
 まだ寝ぼけ眼な先生はあくびをひとつ噛み殺すと「飲み物入れてくる…」と、とぼとぼキッチンへ歩いて行った。先生が起きたならそろそろ仕事も始めなくてはいけない。前の当番だったらしい生徒の、ネズミマークが書かれたメモを見るために机の書類の確認に向かったその時。
 ガチャン!と固い物がぶつかり合うような音がキッチンから聞こえた。

「先生!?」

 キッチンに駆け込むと、先生が飲み物の入ったカップの縁を持ってしゃがみ込んでいた。先生は口元に手をやり、ぎゅっと目をつむっている。

「先生、大丈夫かしら?一体何が…」
「からだ、へん」
「えっ?」
「ココア、入れたんだけど、寝ぼけててこの瓶落としちゃって、いっかと思って飲んじゃった」

 カップの近くにはさっき見かけた小瓶が倒れている。先生に危険が及ぶようなものを見逃してしまった自分に嫌気がさす。だが、今大事なのは先生の体調だ。

「先生、立てるかしら。……失礼するわね」
「はずかし、から」
「そんなこと言ってられないわ!」
「ありがとう…アル」

 私と同じくらいか少し小さい背の先生を、俗に言うお姫さま抱っこで運ぶ。……思ったより軽い重みに益々心配が重なる。
 今度報酬が手に入ったら先生を労わるためにディナーに招待できたらいいなと考えながら部屋に向かった。



 殺風景な印象を与えるシャーレの部屋も、先生という存在がいればそこは宝物の溢れる場所になる。丁寧にボードに貼られた生徒たちの写真、身の守り方や経営についての本や最近流行っていた漫画の入った本棚、趣味なのだと話していたフィギュア。
 気になるものもあるがとにかく安心して横になれる場所へと運ぶ。先生は熱に浮かされたようにとろんとした目をしている。手を先生の額に当てると酷く熱い。何か冷やすものを探しに行こうと後ろを向いたとき、ぐいっと袖が引っ張られた。
 振り向くと先生が服の裾を掴み、アルを見ている。うるんだ瞳は捨てられた子犬のように無垢にきらめき、心に矢のように刺さる。先生はハッとしてすぐに手を引いた。衝動的なものだったようで恥ずかしそうに顔を隠している。

「すぐに水を持ってくるから待っていてちょうだい、先生!」

 キッチンでタオルを濡らし、ガラスのコップに一杯水を入れて、救急箱から薬を取り出し、ついでに小瓶の蓋を閉めて「注意!」のメモ書きを残しておく。そして限りなく早く先生のいる部屋に戻る。あんな弱々しい先生は見たことがなかったから、思ったより動揺しているのかもしれない。
 部屋に戻るとはくはくと息を吐き出しながらベッドの上で体を丸めた先生がいる。

「ある…あるちゃん、アル、きちゃだめ…」
「せ、先生…?」
「アルに何しちゃうかわかんない…おねがい…」
「そ、それって…!?な、う、で、でも」

 私はアウトローとして、便利屋68の社長として、そしてなにより先生の頼れる生徒として取り繕いたかったが、こんな状況は生まれて初めてだ。どんな顔をすればいいかわからないし、形容しがたい気持ちを向けている先生の発言を頭の中で反芻してしまう。
 とにかくコップと薬をテーブルに置き、タオルを片手に先生に近づく。

「先生?タオルだけでも、どうか当てさせてちょうだい」
「だ、だいじょうぶ、だから」
「うっ……だめよ!先生が危ないじゃない!」

 ブランケットを無理矢理ではあるが剥ぐ。力無く先生の手を離れた布をそっと置いて、やっと先生のことをまともに見つめられる。
 先生の赤くほてった頬はさっきよりもりんごのように艶やかで、布の隙間から覗く指先は頼りなくシーツを掴んでいた。扇状的というかなんというか、とても、よくないものを見ているような罪悪感にどぎまぎとしてしまう。

「せ、先生。これ、タオルよ。首でも、おでこでもいいから当ててちょうだい。あと苦しいかもしれないけれど、薬も飲むべきよ」
「………うん」

 テーブルに腕を伸ばし薬を一粒取り出す。指先でつまみ、先生の口元へと手をやった瞬間。先生がアルの指先を舐めた。

「ひゃ……!??なっ、せ、せんせい!?」

 薄いピンクの柔らかなものが指先を這う。その奇妙な感覚にくすぐったさを感じるとともに、現状を理解しきれない頭が体の動きを止めた。ちろりと小さな口から覗く舌は薬を器用に受け取り、喉奥へと流し込む。
 先生は惚けたようにアルの手首を握り、まるで赤子のように指先を舐めている。

「ん、む、んぅ」
「あの…、ひ、せん、ひゃ…」

 今自分はどんな顔をしているのだろう。先生の熱が移ってしまったみたいに顔が熱い。ちゅうちゅうと一生懸命に指先を吸う姿を見ていると母性なのか、力の弱いものを守らなきゃと言う気持ちにすらさせられる。
 先生がアルの手首を握っているが、そんなものすぐに振り解いてしまえることも忘れてしまっていた。

「ん…ん、ぢゅ、あむ、あ」
「せ、先生!それ以上はいけないと思うわ…!?休みましょう…?ひあ、あぁ」

 ぷるぷると涙目にすらなってアルは力無くベッドの淵にいた。大好きな先生にこんな風に迫られて動揺しない人などいない。指先を甘噛みしながらこちらを熱のこもった目で見てくる先生はアルの心にとてもとてもキていた。
 一筋の理性という蜘蛛の糸を登るアルに先生の手が常に重なっているようなものだ。頭の中で社員たちを思い浮かべてなんとか耐えようにも、特に幼馴染のからかうような姿が想像できて落ち着かない。
 そうやってアルが頭を回転させている間にも、先生はふやけてしまうのではないかと思うほど指を口に含んでいる。ちゅ、と唇を押し当てられることもあって、アルはそれがもし自分の唇だったら…と想像してパンクしてしまいそうだった。

「アル……」
「ひゃい!?な、なにかしら!!」

 掠れた声で名前を呼ばれると知らない響きにも聞こえる。数秒遅れて返事を返すと、先生は安心したように笑った。その力の抜けた屈託のない笑顔があまりに、あまりにやわらかで。
 この瞬間、最も安全な場所にいるみたいに笑うもんだから。やっぱり先生はずるい。
 そして先生はそのまま舐めていた手を握って目を閉じた。嵐が来たかのように静かになり、どきどきと鼓動の音が止まらぬ心臓を持つアルだけが今この瞬間を記憶していた。

「ぜ、絶対、この借りは返すわ…!先生…!」

 締まらないセリフを言う姿に、覇気はなかった。



 後日、あの日はごめんねと謝りにきた先生に小瓶のことを聞くと、ある生徒が置いて行ったものらしいとのことで、先生の記憶も曖昧らしい。

「アルが来てくれてたことは覚えてたんだけど、起きたら誰もいないんだもの。でもタオルと水があったからお世話してくれたんだなと思って。ありがとう、アル」
「そんなこと気にしなくていいのよ!………先生、あの時何があったか覚えているかしら」
「えっ?うーーん、アルが途中まで側にいてくれたことは覚えてるんだけど……。な、何かしちゃった?」
「お、覚えてないならいいのよ!」
「ど、どういうこと?アル?アルちゃん!?」

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