ハニームーンが溶ける夜
※女先生、百合、独占欲?ましましのヒナ
今日のキヴォトスにのぼる満月は、いやに煌めいていた。十五夜もまだだというのに丸く、太陽の光をこれでもかと飲み込んだような金色は多くの市民の注目を集めた。
ところ変わってシャーレの一室。夜も遅いとシャーレに泊まることを当番の空崎ヒナに進めた先生がヒナとお月見をした後のこと。
「っひな…ヒナ、どうしたの…?」
先生がきゅうと肩をすくませ目を閉じる。いやいやと首を振りながらも私を押し返すことができていないところがかわいそうで、かわいい。背の小さい私にも勝てない非力な先生。私みたいなかわいくないヤツにも優しくして、こんなふうにベッドに押し倒されて、かわいそうなひと。
すくめられた肩から胸元に置かれた腕と手へ視線をずらせば私が少し手を捻るだけで折れてしまいそうなほど細い。下敷きにした薄い体は私たちとは違って弾丸をいとも簡単に貫通させてしまう。
私を抱きしめて幸せそうに目を細めた顔。私をからかうときのいたずらっ子の眼差し。私を真剣に心配してかけてくれる優しい言葉。
私以外のみんなにもきっとそうで、だからたくさんの人に愛される。他の人も多かれ少なかれアプローチをしていることなど容易く想像できた。
先生は押し倒すだけして私が何もしないことに気がついたのか、目を恐る恐る開けて私を見つめた。私と目がかち合うと困ったように眉を下げて口を開く。
「ヒナ……?」
私は何も返さない。ただ先生を見つめる。
いつもの私ならこんな大胆な行動はできなかった。なぜだろう。先生と二人、お月見をしてからだろうか。きんいろの、蜂蜜を固めて光を透かしたように綺麗な月。いつもよりずっと魅力的に、食べたくなるようなほどまあるい月を見てからか。
長いまつげがふるふると揺れ、潤んだ瞳が私を見上げる。理性よりも感情が先に来て、思わず羽を動かす。押し倒されて情け無い先生を隠すように、羽を広げる。可愛げのないこの羽が私にあったことにこれほど感謝する日もないだろう。
私のもの。私のせんせい。私の。
ふと他の人といる先生の姿を思い出して頭がどんどん働かなくなる。先生の腕を掴み、ベッドに押し付ける。びくりと跳ねた先生の体を押さえるように力を少しずつ強くする。
「ヒナ…?大丈夫…?」
何にもわかっていない先生が間抜けな表情で私を見ている。先生も、私もおかしい。今日は体が言うことをうまく聞かない。理性と本能がぶつかりあって、ぐらぐらと心を揺らす。少しだけ勝った理性の中で、窓から降り注ぐ光に照らされた先生の首筋が目に入った。
「せんせい」
「ん…?」
「ちょっといたいかも」
え、と気の抜けた先生の声を尻目に顔を近づけて、うっすら汗の滲んだ首筋にそっと歯を立てた。先生の体に緊張が走るのが手に取るようにわかる。流石に先生の理性も戻ってきたのか、抵抗するように腕に力が込められる。
でも全然押し返せていない。何度か強張るような感覚がして、無意味だとわかったのか次第になくなっていく。圧倒的な力の差の前には先生もなす術がないのだろう。
腑抜けた脳では頭の悪い感想しか出てこない。ああ、もっとかわいげがほしい。ふわついた意識とは裏腹に歯は先生の肌をなぞる。ぐにぐに、かぷかぷ、力を入れても良さそうな場所を探す。しばらく吟味してなんとなく位置を見つける。先生は息も絶え絶えにぼんやりとしていた。その吐息すらなんだかもやもやとした感情を湧き上がらせて、私は勢いのまま歯を立てた。
「ッ!?ううぐぅ」
先生から悲鳴が漏れる。
そこまで力を入れたつもりはないけれど、うっすらと血が滲んできた。月光に照らされて青白く見える肌に血の赤はよく映えてごくりと喉がなる。
舌でそっとそれを舐めると、先生は小さな悲鳴をあげた。ちろちろと血が止まるまで舐めとっていると、ヴァンパイアにでもなった気分。ぼーーっと無心で、ゆだった頭で先生の肩口を噛む。今度は力加減をして、口寂しさを紛らわすように歯に当たる感触を楽しんでみる。
そうしているとなんだか眠気が襲ってきて、先生を押さえつける力も弱まってしまった。背中に手を回すと先生も私を抱きしめ返して、眠たそうな顔で瞬きをする。何か言いたそうに口を開いて眠気に勝てなかったのかまぶたが閉じている。
「おやすみ……せんせぃ…」
「おやすみ…」
体温が混ざって溶けるみたいに、元からひとつだったみたいに眠りに落ちる。起きたら謝らなきゃ。だるさと熱、そして満足感の残る頭で私はそう考えて、目を閉じた。