ひとしずくの勇気
※ふわふわ時空
「つ、ついに作ってもらっちゃった…」
フォンテーヌで一番の人気者、水神フリーナは自室で何かを抱き上げながらぽつりと呟いた。
物珍しいものには目がなく、街の新作スイーツ情報にはいち早く反応する好奇心旺盛な水神様。親しみやすさから誰もが彼女と一目会いたいと予定はひっきりなしに詰まってばかりだ。
彼女の気を引くために今水神様が何に一番興味を持っているかを追いかけるスチームバードの記者もいるらしい。
水神様の今一番、いちばん興味があるもの。それは異邦からの旅人だった。
モンド、璃月、稲妻、スメール。数々の国で旅人がその地を後にするときに、彼女の名前を知らないものはほぼいなくなっている。風のようにやってきては雷のように一瞬でいなくなり、岩のように固い意思の中につる草のような柔軟な思考。
連れている愛らしい少女の印象に引きずられやすいが、かわいらしいその見た目から引き出されるギャップもあって、忘れられない人間になっていく。
そんな彼女の信頼を得ようとしたり、仲良くなりたいと思う人はここフォンテーヌでも多い。フリーナもまたその一人だった。
そして今、フリーナの目の前には旅人を模したぬいぐるみがある。それはフリーナがこっそりと作ってもらったものだ。腕利きの職人を見つけだし、まごまごとしながらも旅人のぬいぐるみを作ってほしいと頼んできたフリーナに、頼まれた職人は暖かな視線を向けた。「あの水神様がお友達を模した人形を欲しがっていらっしゃる」と。
職人のおまけでフリーナに似た帽子を乗せてもらい、フリーナに渡されたぬいぐるみはかわいらしいものだった。自室の椅子にちょこんと座らせ、フリーナが旅人を招待したことを想定したお茶会の練習相手にもなった。
旅人と友人になるために、シミュレーションを重ねた上のこの現在。フリーナはすっかりぬいぐるみの旅人と話すことに慣れていた。そう、ぬいぐるみの蛍とは。
▽
とある日のよく晴れた午前。フリーナは悠々と噴水の側にいた。遠目から人々の視線を受けて自信たっぷりに噴水のふちに腰掛けている。付近をパトロール中のメリュジーヌも今日はちょこっと巡回多めに、至っていつもの光景だった。
「おーい!フリーナ!」
遠くから声が聞こえて、フリーナはびくりと肩を震わせた。振り向かずとも手に取るようにわかる。きっと彼女も一緒のはずだ。フリーナは意気込んで顔をあげた。
「なんだい?キミたち、この僕を呼ぶなんて…」
「どうしたの?」
「うわああ!」
あんまり近い琥珀色に今度こそ情けない声をあげてフリーナは後ろに倒れかけた。咄嗟に蛍がフリーナの手を引き、背中に手を回してくれなくては真っ逆さまだったろう。
「おい!大丈夫か?フリーナはうっかり屋なんだな」
パイモンがふわふわと近づいて、フリーナをからかうように見てくる。一言なにか言ってやろうと思ったが、それ以上に今の状況はフリーナの心臓に悪かった。
「だっ、大丈夫さ!この僕が水に落ちるなんてありえないからねっ!」
「うん、怪我がなくてよかったよ」
「むしろ水の方から僕を受け止めようとするさ!」と言葉を続けようとしたところでフリーナは止まる。蛍が安心したように掴んでいた手を離していくことがなんだか名残惜しい。なぜ自分が一瞬にもそう思ったのか、自分自身がわからなくなったのだ。
いつもの流暢なセリフも言えず、人形で練習した喋りも出来ず、フリーナは口をぎゅっと結んでしまう。
「今日のフリーナはなんだか静かだな…?」
「調子が悪いのかも?また今度こようか」
ひそひそと自分を気遣う声が聞こえて情けなくなる。こんなはずではなかった。座り込んで下を向いたフリーナを覗き込むように、蛍は顔を合わせてきた。
「また来るね?」
ふるふると震える色違いの瞳。フォンテーヌの水神の威厳はなく、そこにいたのは友人を欲しがる可憐な少女だけだ。蛍はなんとなく放っておけなくてそっとフリーナの返事を待つ。
「……も、」
「も?」
「新しい紅茶を手に入れたんだ!お茶会をしよう!!断るなんてないだろう?なんて言ったってこの僕が誘ってるんだから!」
次の瞬間にはいつも通り、自信たっぷりに喋り始めたフリーナに蛍は思わず笑ってしまった。近くの掲示板を見ていたパイモンを呼び戻し、フリーナのお茶会へ行くことを伝える。
「ケーキ!ケーキはあるのか…!?オイラもうお腹ぺこぺこだぞ!」
「ああ!あるとも、真っ赤なイチゴが乗った、僕にぴったりなケーキがね!」
「おーい旅人ー!早く行くぞー!」
「パイモン早いよ」
フリーナはなんとか取り繕うことができたことに安心した。そして勢いだけではあったけど、お茶会に誘うことが出来たことに浮ついていた。だからすっかり忘れていた。招待しようとしているパレ・メルモニアの部屋には練習に使っていたぬいぐるみの旅人がいることに。
ぬいぐるみがバレて、二人にからかわれるまであと数分。期待に胸を躍らせるフリーナの足取りは軽やかなものだった。