猫の香り


 今日もキャッツテールは七聖召喚で賑わっている。
 ディオナもまたそれを楽しむ客のために酒を嫌々ながらも作っていた。早くモンドの酒造業を破壊しなくてはここにいる人たちがもっとダメになってしまう、と決意を固くしながら。そんな変わらない毎日の続いたある日、珍しいお客がやってきた。

「こんにちは、ディオナはいる?」
「いらっしゃい旅人。うちのかわいいバーテンダーさんをご所望なの?」
「うん、忙しいならまたくるよ」
「あたしに何か用?」

 ディオナは耳をぴくりとさせながら会話を聞いていた。旅人は酒を飲まずにディオナに構ってくれる数少ない人だ。とげとげとした態度をとってしまっても彼女は困ったように笑って相手をしてくれる。ディオナにとって好ましい人間と言っても過言ではない。

「ディオナ!こんにちは、忙しいとこに邪魔してごめん」
「丁度いいわ、ディオナ。昼休憩してきなさい。ここは大丈夫だから」

 マーガレットはそう言うとディオナの小さな背中を押した。

「仕方ないわね。旅人外に行こう!ここは酔っ払いだらけでうるさいもん」

 そっと旅人の手をとり外に出る。子どもっぽい自分の手とは違いすらりと伸びて綺麗な手だ。彼女の側にいつもいる小さな非常食も今日はいないらしい。精いっぱいの力で手を握りなおし、近くのベンチへと向かった。

「よし、ここなら静かだね。それで旅人、あたしに何の用?」
「うーんと、えーと、怒らない?」
「なによ。あたしに怒られるようなことなの?」

 スライム退治の手伝いでもするのかと思えば、なんだか煮え切らない表情。うーんうーんと彼女は悩んでいるようだったが、ついに口を開いた。

「ディオナの耳触らせてほしいなって」
「……それだけ?」

 ぽかん、とディオナは照れ臭そうな表情をする蛍を見つめた。そういえば彼女はスメールの森や砂漠をもっと深くまで探検するのだ、と言っていた。

「何かあったの?あたしには話せにゃいこと?」

 耳がそわそわと忙しなく動き、しっぽがぶわぶわと毛が逆立つ。落ち着きなくディオナは蛍へ身を乗り出した。

「何にもないよ。スメールでいろんな人に会ってたらディオナに会いたくなっちゃった」

 ディオナには旅人がどんな冒険をしてきたのかわからない。でもきっと悲しいことがあったのだとわかった。琥珀の瞳が少しだけうるんでいて、微笑んだ表情とは裏腹になんだか泣きそうだった。

「し、仕方にゃい。特別に触ってもいいよ。痛くしたら噛みつくにゃ」

 ぐい、と頭を蛍に押しつけてディオナは下を向いた。きっと旅人は疲れてしまったのだろう、その癒しに自分が選ばれたことになんだか優越感を感じてしまった。会いたい、と思ってもらえたことに満たされるような気持ちになった。

「ありがとう」
「…べつに」

 ゆるゆると髪を梳かれ頭を撫でられる。本物の猫だったら喉をならしてしまっていたかもしれない。今この瞬間は、この瞬間だけは蛍を独り占めできる。ディオナは目を閉じた。目が覚めてもこの暖かさがどこかに行っていませんようにと願いながら。

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