キュートアグレッション
最近、エランはスレッタの顔を見られなかった。なぜか?と問われると言葉につまる。
エランはスレッタの瞳が好きだ。僕を一心に見つめて、目は口ほどに物を言うを体現したかのような眼差しで、エランさんエランさんと言わんばかりに自分を見上げてくる。ひたむきに、時には鬱陶しいほど、スレッタが真っ直ぐに想ってくれることがエランはくすぐったくて、嬉しかった。
少し話が逸れたが、スレッタの瞳が好きなのだ。…それこそ口に入れてしまいたいと思うほどに。青い瞳は飴玉のようで、どんなに甘い味がするだろうか。こんな自分を想ってくれる彼女の一部を食べてしまいたいだなんて、自分はおかしくなってしまったのだろうか。彼女の顔を見ているとますます本当にどうにかなってしまいそうで、つい逸らしてしまう。その度にしょんぼりとさせてしまうのは心苦しかった。
もだもだと食欲のようなものを持て余し、ついに飴を舐めながら歩くようになった。ころころと口の中で転がす。舌でくるりと包んだり、ともすれば歯でがりりと噛む。油断すると思考が口の中の飴玉をスレッタの瞳と勘違いさせる。
ころ、ころ、ころん。
かり、がり、ばり。
「エランさん!こんにちは!」
「こんにちは、スレッタ・マーキュリー」
頬を赤く染めてスレッタはエランを見上げる。エランはたまらなくなってしまいそうだった。ただでさえ彼女といるとくらくらと世界の鮮やかさに酔ってしまうのに、こんな、こんなこんなこんな。
ふい、と顔を逸らす。思考が溺れてしまう前に目を背けなければスレッタをどうにかしてしまいそうだ。
「エ、エランさん。わたし何かしちゃいましたか。最近目を合わせてもらえない…」
不安そうに胸の前で手を合わせるスレッタ。悲しい顔をさせたかったわけではない。だが、こんなに不誠実に何も言わないのは良くない。意を決して向き直す。
「いや、違うよ。その…」
「…はい」
「君を食べてしまいたくなって」
「…はい……え?」
言葉を選んで伝えたつもりだ。難しい。スレッタはしばしその言葉について考えた後、勢いよく真っ赤になった。
「えっ、え?あの、」
「…きみの、綺麗な瞳が飴玉みたいで」
なんだか言っていて恥ずかしくなってきた。嫌われたくない、という気持ちが今更湧き上がる。…自分はスレッタに何を言っても嫌われないと思っていたのか。なんだか頭がぐるぐるしてくる。
「ごめん。それで今日はどうしたの?」
「そ、その!!わたしいいです!」
「え」
「エ、エランさん、に!食べられるなら!いいです!」
夢かな。自分に都合のいい夢を見るなんて僕も随分と幸せものになったな。両頬を思わずべちりと叩く。
「エランさん?!」
…痛い。夢じゃない。じんじんと頭に痛みが届くたび、これが現実であることを理解する。ずい、と前に踏み出してきたスレッタの顔をまじまじと見つめてしまう。青い瞳はもちろん、特徴のある眉も、目いっぱいに笑う口も、赤い髪も、健康的な肌も、全部ぜんぶにくらくらしてきた。
「大丈夫。そういうこと簡単に言ってはいけないよ」
「簡単になんて言ってない、です!」
もしかしてチョコレートボンボン…?くらり、と思わずよろめく。
「わっ!!」
思ったよりも力のあるスレッタが倒れかけの体を支える。判断力を失った頭がスレッタの背にそっと手を回す。側から見れば抱きしめ合っているように見えるだろう。
ああ、まだ今日は始まったばかりなのに。酔っ払いってこんな感じなのかな。色ボケた自分に笑ってしまう、でも嫌な気持ちではなかった。