春はすぐそこ


 赤くくるりとした癖っ毛を撫でながらエランは深い考え事に没頭していた。それは今朝読んでいた本の内容だったか、先程までスレッタと話していた会話の内容だったかは口になどしないが。
 アフターヌーンティーの余ったクッキーをサクサクと頬張りながらちょこんと座ったエリクトは、少しつまらなさそうに二人を見ている。
 じっとりとした視線に身じろぎをしながらも、スレッタの枕となる栄誉を渡すわけにはいかない。それがたとえ姉であるエリクトであっても。エランはささやかな抵抗をし続けていた。

「スレッタが頼れる人は僕かお母さんだけだったのになあ」

 ため息をつきながらも嬉しそうな様子のエリクトは大切なものを見るようにスレッタを見ている。スレッタの元となる存在なのは確かなようで、そのまなざしはよく似ていた。

「彼女は人によく好かれているよ」
「あったりまえ!スレッタはいい子だもん」

 胸をふふんと張りながら自信たっぷりにエリクトは笑う。少女の周りをくるくると浮かぶ光も呼応するように点滅している。

「君たちも思うよね!そう、あれは寒い日の朝のことなんだけど……」

 エリクトはかわいい妹の自慢が心置きなく出来ることが楽しいのか、気を緩めてしまえばすぐに思い出話を差し込んでくる。幸いエランはスレッタのことを知ることができてお互いが得をする関係ではあるが、スレッタ本人は恥ずかしそうに俯いていたような気がする。

 穏やかな午後、エランもスレッタに釣られるようにうとうとと夢の世界へ旅立つ。残されたのはエリクトだけだ。美男美女が揃って眠っている姿はお伽話の中のよう。このあくびが出てしまいそうなほど穏やかな世界はまさに理想を詰め込んだように居心地がいい。
 お母さんもここにいたら尚のこと良かったけれど、ずっと張り詰めていた心を休ませるときなのかも。今は目を閉じてただこの幸せに浸らせていたい。
 エリクトはぷらぷらと足を揺らしながら午前を思い出した。
 おはようのあいさつをしてストレッチ。
 朝ごはんのパンケーキに合わせてスレッタが入れてくれたココア。暖かな味に頬を綻ばせながらいちごをスレッタのパンケーキの上に乗せたりして。スレッタの嬉しそうな顔が一番大好きなのだ。どんなことをしたら喜んでくれるだろう。やっと触れられるのだから、なんでもしてあげたい。
 そんなエリクトのにんまりとした顔に引っ張られるように、スレッタも笑顔になっていたことに気づいたのはエランだけだったが。
 紅茶でぽかぽかと暖かくなったおかげか眠くなってくる。ぐぐっと一つ伸びとあくびをしてエランの膝で眠るスレッタのお腹に頭を寄せる。どうかこのまま幸せな世界で、みんな生きられたなら。目を閉じれば悲しそうな顔をした母を思い出す。もう決めてしまったから、かわいい妹を突き放してまで進むことを決めたのだ。

 大好きだよスレッタ。君の幸せを一番に願ってる。起きたらおしゃべりしようね。

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