瞬きの星


もし夜空を飾る星が砕けたら、それはきっとあなたの瞬きになる

 少女は隣に座る儚げな少年の瞳を見ることが好きだった。前回赤点ぎりぎりだったテストの予習に勤しむ傍に、本を読む端正な顔を見つめている。そんな熱烈な視線を受けてしまえば、流石に本に集中し続けることは難しく、少年は目線を手元から少し上にずらした。

「どうしたの?」
「あっ!い、いえ!」

 目が合ってしまったことに照れたのか目を逸らし、少女は止まっていた手を動かす。少年の目はしばらく少女の動きを観察するように眺めた後、再び文字をなぞり出した。
 最後まで問題を解き終わり、少年に丸つけと見直しをしてもらっている間も少女の視線を釘付けにしていたのは少年の目元だった。冷ややかに、しかして優しく伏せられた目の瞬きを少女は1秒も逃すまいとしている。

「…レ…タ…。…スレッタ・マーキュリー?」

 意識が遠くどこかに行っていたらしい。少年は返事をしないスレッタに顔を近づけて呼びかける。至近距離に近づいた顔が触れ合わぬようスレッタは思わず体を後ろへとそらした。

「ひゃい!すみません!」
「丸つけ、終わったよ」

 ひとつひとつ丁寧に赤いペンでしるしがつけられている。チェックマークがつけられたところをエランの指が示し、何が間違いなのかを説明してくれる。優しい声。柔らかな若草の上に降る雪のように少年の声はスレッタにとって心地のいいものだった。
 しかしうっとりと音に聞き惚れてしまったせいでそこに込められた意味を聞き取ることを忘れてしまったことは良くない。頬を叩き、緩んだ頭に喝を入れる。

「つまりここは…どうしたの?」

 スレッタは少年のこんなところが好きだった。問題で躓いたときも、うまく言葉が出てこなくて吃ってしまったときも、少年はスレッタの言葉を待ってくれる。スレッタが困ったとき手を差し伸べてくれる優しい人だ。
「エランさんは、星みたいです」
「…?」

 スレッタは確かに自分と同じではなかったが、それを抜きにしても不思議な子だとエランは最近思う。鬱陶しいと言われて引き下がらず、真っ向からぶつかってきた。その真っ直ぐさはエランにはないもので眩しくて健やかなものだ。決闘を終えて今、こうして緩やかに交流し続けていることはエランにとって有意義なものになっていた。
 うわの空なスレッタはエランのことを星みたいと言っている。今までの問題の解説を聞いていたのか、先程までの熱視線はそういうことだったのか等、言いたいことは頭の中をぐるりと一巡し、ようやく言葉になったのは

「ありがとう…?」

 なぜスレッタが夢見心地なのか、エランには全くわからない。ただスレッタが自分を褒めているのだろうということは声の調子からわかる。

「えへへ…」

 ぽやぽやと返事をしてスレッタは返されたテストを見返している。わからないところはもう一回解き直して理解を深めてもらう。エランはスレッタがペンを持ち再び紙に向き合うのを見届けて、その真剣な顔を眺めた。
 もし自分が星ならばスレッタは太陽だ。口には出さないがエランはそう思っている。眩しいくらいの笑顔はいつだって周りの人間を惹きつけてやまない。その瞳は未来への希望に満ち溢れていて、誰もが彼女に手を伸ばしてしまうのだろう。
 あの決闘に負けた日、誘蛾灯に惹かれた蛾のように自分は焼き尽くされてしまうはずだった。計容量を超えた体はもう廃棄するしかなく「エラン様」にも可哀想なやつだという目で見られたことを覚えている。
 されど何の因果か気まぐれか、エランはここにいる。もう少しエアリアルのパイロットから情報を聞き出せるだろう、というベルメリアの進言があって任務の続行が決まった。後続が決まってしまうまでの僅かな間なのだろうとはわかっている。今は1分1秒も無駄になんてしていられない。
 スレッタが拙くも一生懸命に文字を書いているところを見ていると、ずっと昔に売れ残りのマッチを擦って夢を見る子どものお話を読んだことを思い出した。
 雪の降る中、暖かな団欒の外にいる子どもが本当は売らなくてはいけない商品を使ってでも夢を見る姿に自分を重ねていた。ガンダムに乗り、命を削って諦めの中生きていた自分にとってこの現実はマッチで手に入れた夢のようだ。スレッタの輪郭を目でなぞりながら、ぼんやりと思考の海に浸っているとふいに目が合う。

「やっぱりエランさん、お星さまみたいです」
「多分君くらいだよ。そう言うの」
「そ、そんなことないです!エランさんはいっつもきらきらして見えます!」

 前のめりに体を乗り出してスレッタは力説してくる。衝撃でかたりとテーブルが揺れてペンが落ちそうになるのを止めた。

「解き直しは終わった?」
「あ、これ!あってるはず…」

 手渡された紙を見ると、確かにチェックマークをつけた部分が直されている。スレッタは水星でこの学園に来るまでどこかで学んだ経験がないと聞いた。すぐにこんな問題もすらすらと解けるようになっていつかこうやって教えることもなくなるのだろうか。それは少し…。

「ど、どうでしょうか!」
「うん。合ってるよ」
「よ、よかったあ」

 へにゃへにゃと安心したようにスレッタは笑い、テーブルにぺたりと突っ伏した。

「お疲れ様、次のテスト満点だといいね」
「はい!エランさんのおかげで頑張れそうです」
「頑張って…今日はうわの空なことが多かったけれど、何か困ってる?」

 また誰かにいじめられたりしていないか。スレッタは我慢をするきらいがある。かつては自分と同じだから、という淡い期待から積極的に声をかけていた。違うということがわかってもエランは決闘をしたあの時以外態度を変えることはなかった。下心が混ざっているのか、そうではないのかの区別は今の自分にはつけられなかったが。

「いえ!違うんです!そのぉ、わ、笑わないでくださいね」

 薄く赤くなった頬を隠すようにスレッタは手を当てた。そして一息ついて話し出す。

「え、エランさんはいつもきらきらしているのですが、目がその、今日は一際綺麗で、瞬きするたびにちかちか光って、お星さま…一番星みたいで」
「僕が、光ってるの?」

 困った。初めて言われた。パーメットリンクを行った際に体は光るがそれとはまた別らしい。思わず両手両腕を確認する。スレッタは自分を「優しい」「親切」とよく言うがそんなことはない。今日に至っては「星」だなんて。

「ご、ごめんなさい!あの、気にしないでください」
「…ありがとう」

 「一番星」という単語を噛み締める。無意識に溢れた言葉なのかもしれない。それでもそう例えられたことに心が落ち着かない。胸いっぱいに満たされるような気持ちになる。開いた両の手を握る。まだ、生きてる。もう少し輝けるだろうか。せめて、彼女の側にいる間だけでも。

 まだマッチは燃えている。
 代わりがいくつあろうとも彼女が手に取ったものはこの一本なのだと、胸を張れますように。

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