金平糖


※6話後if
雰囲気で読んでください


甘い星の落ちる先

 ころん、と甘い砂糖菓子が地に落ちる。

 スレッタが自分の涙が地面に落ちる時「甘いお菓子になる」ことに気づいたのはまだ学園に入学したばかりのころ、ホルダーとなってすぐのことだった。退学処分を間逃れ、エアリアルも廃棄されずに済んだときの安心を忘れることはない。
 決闘の次の日に整備されているエアリアルの元へ行き、無事を確認した。
 静かな格納庫でコクピットに乗り込むと

「決闘、なんとか勝てたね。…こわかった」

 ぐしぐしと目元を擦り、スレッタは涙を堪える。やっと学校にこれたのだ。お母さんの顔を潰さず、お金も無駄にさせず、なんとかグエルを退けられた。
 逃げたら一つ、進めば二つ。
 お母さんの呪文をたいせつに抱き締める。怖いと怖気付く心を進ませてくれる大切な言葉。
 拭っても拭っても怖さは消えない。目から雫がとめどなく溢れる。
ーーこん。
 おおよそするはずのない音がして、スレッタは辺りを見回した。薄暗く光るコクピット内でも目のいいスレッタには関係ない。膝を見ると小さな星がいる。

「なんだろう、これ」

 水星では見たことのない…お菓子?だろうか。先の丸いとげがたくさんついた薄桃色の塊。匂いはあんまりない。漫画でこんなお菓子を見たことがある気がする。なんだっけ。
 普通なら落ちてるものなんて食べちゃだめなのに、その時は「大丈夫だ」と思って口に入れてしまった。
 甘い。
 飴みたいに舐めていたけれど、噛んだら砂糖がほろほろと崩れて不思議なお菓子。食べているうちに気持ちが落ち着いて涙も自然と止まっていった。クリアになってきた思考でもう一度下を見ると、いくつかお菓子が浮いている。
 一つ一つ手のひらに乗せながらこのお菓子の名前を考える。
 あ、思い出した。金平糖。地球の漫画に描かれていたお菓子。
 でもどこからやってきたんだろう。地球になんて行ったこともないし、昨日から整備をしてもらっているから誰かの落とし物のわけもなく、何よりコクピットでお菓子を食べていたのは水星にいた頃だ。
 謎のお菓子の出どころを思い浮かべていると、怖かった気持ちも涙もいつのまにかなくなっていた。

 再試験にはなってしまったけれど、エランさんが声をかけてくれて、ミオリネさんに助けられてチュチュ先輩と仲良くなれた日。
 誰もいない階段に座り込み一息つく。
 そっと小さな包みを取り出す。金平糖が生まれるたび、この中に入れていたのだ。今日は黄緑色の金平糖。口にぽいっと放り込んでからころと転がす。
 初めて金平糖を見つけてから数日。涙が金平糖になっている、ということが最近わかった。そして必ずしもお菓子になるわけではなく、むらがあるみたいで、ただの涙のままのときもある。
 不思議なお菓子。
 舐めると心が落ち着いて一人の時はよく口にしている。水星には少なかった甘い味。頬をぺちぺちと叩き気合を入れ直す。また試験の復習をして、再試験に今度こそ受からなくては。
 ふと、取り出した端末に映った自分の顔を見る。泣き晴らしたから目元が赤い。それに殴られてしまってあんまり綺麗じゃない頬。
 へこたれてしまいそうになった私に喝を入れてくれたみんなに報いるためにも頑張らなくちゃ。
 でも…こんな風に悪目立ちして、また、みんなに迷惑をかけたらどうしよう。
 悪い想像が頭を駆け巡る。そんなことない。エアリアルがいる。一人じゃない、大丈夫。
 ぼーっと端末に転がる金平糖を見つめていると声がかかる。

「スレッタ・マーキュリー?」
「えっあっ、エランさん!!」

 かけられた声に反射的に顔をあげるとエランさんが立っている。

「試験、お疲れ様」
「あ、ありがとうございます!そっ、その再試験にはなっちゃいましたが…」
「そうなんだ、再試験受かるといいね」
「はい!…あっ、あの!声、かけてくれてありがとうございます!その、これ!」

 金平糖の包みを握りしめた両手を突き出して渡す。エランは表情を動かさず突き出された包みを受け取った。

「これは…?」
「お菓子です!あ…、ごめんなさい門限だ…!」
「ありがとう、気をつけて」

 一礼して走っていくスレッタを見送った後、エランはスレッタからもらった包みを開いた。星のような型の砂糖菓子が数個。ひとつ摘んで口にいれる。
 甘い。なんだか懐かしい気持ちになるような不思議な菓子。
 …怪我。どうしたのか、聞き忘れたな。
 しばらくその場から動かず、懐かしさに耽るようにエランは金平糖を舐めていた。

 スレッタと決闘して数日後、待ち合わせには会社の調整で行けず、彼女に直接謝るためにエランは校内を歩いていた。
 久しぶりの登校、学園の新聞には何かおもしろいことが書かれていたらしいとシャディクが言っていた。そのせいか自分の姿を見てひそひそと話す生徒たちが多い。
 普段はなんとも思わないが、彼女の行方を探すために人に声をかけることすらままならない。
 地球寮にいるだろうか。長い廊下をスタスタと戻っていくと、ずっと先に赤い髪。教科書を積み上げて、ゆらゆらと足元も見ずに歩いているようだ。
 教科書の山が倒れて落ちてゆく。「すみません!」と大きな声で言いながら、彼女は散らばった本を拾い集めている。

「大丈夫?」
「あ、ありがとうござい、ま………」

 こちらに景気よく跳ね飛んできた本を受け止め、スレッタに手渡す。
 本を受け取ったスレッタが顔を上げる。
 元から大きな彼女の瞳は、手渡してくれた人間の顔を見てさらに開かれた。

「どうしたの?」

 スレッタは口をぱくぱくと動かし、何か言葉にしようとして声になっていない。周りの人の目も気になってきたので、とりあえず教科書を拾い集め彼女の手を引いてその場を後にした。
 以前約束の場所に決めたベンチにやってきて、荷物を置く。

「これで全部?」
「は、はい!ありがとうございます!」

 スレッタは荷物を確認し終えたようで額に浮かんだ汗を拭っていた。

「久しぶり、スレッタ・マーキュリー」
「お久しぶりですエランさん!」
「元気そうでよかった。…会社の都合であの日、行けなくてごめん…」
「だいじょうぶですよ!エランさんが、げんき、 なら、」

 俯くように僕が謝っていると、スレッタの言葉がふいに震えていることに気づき、顔を上げて目を合わせる。
 スレッタの目から涙がとめどなく溢れていた。ぽろぽろと溢れる雫が瞬間、固い塊に変わる。星が落ちてゆく。

「あ、あれ?なんで、すみません」

 スレッタは制服の袖で目元をごしごしと擦る。ぐすぐすと顔を隠しながらついに泣き出してしまった。

「ごめん。君を傷つけてしまった」
「いいえ!エランさんが、理由なく約束破る人だなんて、思ってないです」
「でも、君を泣かせてしまった」
「ちがいます!これ、これは。嬉し泣きですから!」

 泣きながら彼女は笑う。
 涙が星に変わり、太陽みたいな光が見える。
 鬱陶しいくらい眩しくて真っ直ぐな君。

「ありがとう。僕を待っててくれて」
「はい…はい!」

 ころころと膝に落ちる星を拾う。彼女が泣き止むまでいくつもいくつも拾う。
 しばらくして落ち着いた彼女に聞く。

「ずっと前くれたこのお菓子。君の涙だったんだね」
「お、覚えててくれたんですか…?!」
「うん。美味しかったよ」

 本当に。
 甘い、彼女の光を閉じ込めたみたいなお菓子。

「口、開けて」
「?…あ」

 無防備に開けられた口に、砂糖菓子を放り込む。自分も一粒。
 優しい彼女の悲しみを半分こ。

「エランさん。エランさんのこと、教えてください」
「僕も、僕も知りたい。君のことちゃんと」

 エアリアルのこと、ガンダムのこと、水星のこと、そして何よりスレッタ・マーキュリーという存在のこと。
 知りたいことだらけ。

「…このお菓子」
「金平糖っていうらしいです!地球の漫画で見たことがあって」
「こんぺいとう…。また頂戴」
「いいですよ!でも泣かないと作れないので…」
「じゃあ、泣くときは僕のところへ来て」
「へぁ」

 真っ赤な顔のスレッタ。なんだか面白くて笑ってしまった。つられて彼女も笑う。
 生き延びたんだ。
 次は自分のやりたいことリストを作ってみよう。

 手のひらの金平糖は仮初の空の下、きらきらと光っていた。

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